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プロローグ

 ルイグラム王国とレーヴァイン王国。

 長年小競り合いを続けている両国の国境では、(いくさ)と呼ぶほどでもない小規模な戦闘が毎日のように繰り広げられていた。


「そこの傭兵ども、何をチンタラしている! 右手から回り込もうとしているカスどもがいる! 金が欲しけりゃさっさと迎撃に向かえ!」


 度重なる戦闘で廃墟と化した街の中で、胴間声(どうまごえ)が響き渡る。

 この戦闘の指揮を執っている、レーヴァイン王国騎士団の部隊長の声だった。


 騎士とは思えない部隊長の物言いに傭兵たちは辟易しながらも、言われたとおりに迎撃に向かう。

 統制も何もあったものではない傭兵たちの動きに部隊長は鼻を鳴らすと、椅子代わりに使っている木箱に腰を下ろした。


 実のところ、この戦闘において矢面に立って戦っている者の多くが、ルイグラム王国とレーヴァイン王国――双方が金で雇った傭兵だった。

 小競り合いを続けてきた影響か、いつの間にか両国には、食い扶持を求めた傭兵が数多く流れ着くようになっていた。

 主力たる騎士団の兵力に限りがある以上、両国が、流れ着いた傭兵を当てにするようになるのは必然的な流れだった。


 実際、この場にいるレーヴァイン王国騎士団の人員は、部隊長とその部下の数名のみ。

 ルイグラム王国側も似たり寄ったりだろう。


 部隊長は矢継ぎ早に指示を飛ばし、目に届く範囲に待機させていた傭兵を全て前線に送ったところで、人心地がついたように深々と息を吐く。

 そんな部隊長に水を差すように、後ろに控えていた部下の騎士が諫めるように訊ねてくる。


「こちらの守りにつかせていた傭兵まで前線に送って、よろしかったのですか? この場にはもう、我々三人しか残っていませんよ」


 その言葉どおり、本営となっているこの場には、部隊長と部下の騎士二人しかいない。

 敵集団がここまで攻め上って来ようものなら、ひとたまりもない戦力だった。


「よろしかったに決まっとるだろうが。傭兵なんぞはさっさと前線に送って、適度に敵を殺してからくたばってもらうに越したことはない。死なれてしまっては、こちらとしても報酬の払いようがないからなぁ」


 まあ、そういった政治もわからんルイグラムの女王様は、傭兵に前金を払うなんて馬鹿な真似をしてるけどなぁ――と付け加え、部隊長は馬鹿笑いする。

 

 だが――


 虫の知らせとでもいうべきか、なぜだかわからないが、突然背後から身の危険を感じた部隊長は、己の直感に従って笑っていた口を閉じ、弾かれるようにして振り返る。

 その時にはもうすぐそばまで迫っていた〝敵〟が、その手に持った片刃の短剣で、後ろに控えていた二人の首筋を一閃のもとに斬り裂いていた。


 何が起きているのか理解できないまま、部隊長は木箱から立ち上がる勢いを利用して、〝敵〟から遠ざかる形で飛び下がる。

 半瞬遅れて振るわれた〝敵〟の短剣が、首の皮一枚を斬り裂いていく。

〝敵〟との間に木箱がなければ、より深く踏み込まれて部下たちと同じ運命をたどっていたところだった。


 何者だ? どこからやってきた? 見張りの部下は何をしていた?――湧き出てくる疑問を頭の隅に追いやりながら、部隊長は剣を抜いて〝敵〟を注視する。


〝敵〟は、女だった。


 肩には届かない程度の、ぼさついた金髪。

 もともとは白かったであろう肌は薄汚れており、その身に纏った旅装も薄汚れているせいで、遠目から見た場合は女だと気づけたかどうかも怪しい――そんな風体(ふうてい)だった。


 しかし、こうして間近で相対すれば、女は女でも相当な上玉であることを窺い知ることができた。

 ツリ目がちの碧眼に、整った鼻筋、薄紅色の薄い唇が織り成す調和は、紛うことなく美女のそれだった。

 旅装の下からでもわかる胸の膨らみは、戦場でなければ劣情を禁じ得ないほどに豊かなだった。


 薄汚れた身なりからして、ルイグラム王国の騎士ではない。

 となれば、女は傭兵と見て間違いないが……女だてらに傭兵をやっている人間がいること自体は珍しくないが、これほどまでの器量好しが傭兵をやっていることは、何百人もの傭兵を見てきた部隊長からしても珍しい話だった。


(しかもこの女、誰かに似ているような……)


 そんな考えが鎌首をもたげるも、(ナンパの常套句でもあるまいし)と、内心で呆れを零す。


 このエヴリカ大陸において、金色の髪と碧色の瞳は最もありふれた組み合わせの一つ。

 上玉とは言っても、レーヴァイン王国の王都を歩いていれば、金髪碧眼の美女などそれなりには見かけるので、ただの考えすぎだと思い直す。


 そもそも、そんなどうでもいいことに気を取られている場合ではない。

 部下二人を瞬殺した手並みに、猛禽の爪を想起させるほどに鋭い剣筋。

 見た目に惑わされていては、次の瞬間には喉笛を斬り裂かれていてもおかしくない――そう己を戒めながら剣を構える。

 油断も慢心もなく、最大限に集中力を高め、木箱の後ろに立つ女を見据える。


 だからこそ、だった。


 だからこそ部隊長は、視界の中にいたはずの女の姿が、唐突にかき消えたことに驚愕した。

 両手を垂れ下げ、自然体で立っていた女が、ゆらりと右に体を振った直後に、姿を消したのだ。


 どこに、どうやって消えた?――と思うよりも先に、部隊長まで昇り詰めた騎士としての勘が、無意識の内に視線を下に向けさせる。が、それでもなお全てが遅すぎた。

 地を這うほどの低姿勢で肉薄していた女を視認した時点でもう、女が立ち上がりざまに繰り出した刺突が、部隊長の喉笛を貫いていた。


 返り血を嫌った女が飛び離れた直後、部隊長の喉笛から噴水のように血が噴き出す。

 肺が血で溺れるよりも早くに酸素を失った脳が、部隊長の意識を途絶させる。

 力なく倒れ伏した時にはもう、その命さえも途絶えていた。


 女――ロミア・スターツは、横に振るって血を払った短剣を、腰の後ろの鞘に収める。

 敵の指揮官を仕留めた。

 それは傭兵にとって、雇い主に報酬を上積みさせるに足る戦果。のはずなのに、ロミアはその戦果に背を向け、現れた時と同様、静かに、影のようにこの場から立ち去っていった。


 それから一五分後。


 部隊長の死に気づいたレーヴァイン王国側が撤退したことで、今回の戦闘はルイグラム王国側の勝利に終わった。

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