転生させるトラックだった件
異世界転生、という言葉をご存じだろうか?
うだつの上がらない人生を過ごしていたモブキャラが不慮の事故で命を落としたあと、違う世界に転生してチートスキルでさしたる努力もせずに無双で俺TUEEEEー! のハーレム勝ち組楽勝人生☆というような社会不適合者が夢見るTHEご都合主義の売れ残り福袋みたいな物だが、実は異世界転生は存在する。
とはいえ、先ほど例にあげたようなテンプレの物ではない。そもそも、それまでモブ・オブ・モブの陰キャコミュ障野郎が異世界に転生したくらいで順風満帆モテモテ人生になる訳がないじゃないか。それができるなら転生前でももっと上手く生きていたはずさ。
異世界転生というのは、いわば「イレギュラーの修正」なんだ。
日常や人間関係で上手く行かず、生き辛さを感じることはないかい? カエルに砂漠で生きていけというのも、赤道直下でペンギンに暮らせというのも酷な話だろう。ところが、世界に10億も100億も生き物がいればそんな風に環境と自分の適正が合致しないヤツも出てくる。そんなイレギュラーな生き物を適合する場所に連れていってあげる。それが異世界転生だ。
まあイレギュラーな存在ってのは自然環境における特定外来生物みたいなもんだから、生かして移動させるのは禁止されている。そのため、現地で絞めてから移動させないといけない。異世界転生物の作品において冒頭で主人公が不慮の事故で死ぬのはこれが原因だな。
異世界転生にも流行り廃りはあるが、やっぱり異世界転生といえばトラックだ。死因が刃物で刺されたり病気で亡くなったりだったら「神様なら何とかなるんじゃない?」って思うかと知れないけど、トラックに轢かれて粗びきミンチになったら「あ、そりゃ蘇生とか無理だわ」って納得するだろ。説得力が違う。
そして俺の生業はそんな転生者たちに新たな生を届ける素敵な転生トラックってわけだ。ドキドキワクワクの新生活にトラックは付き物、死神マークの引っ越しセンターってなもんよ。
ああ、勘違いしないでくれよ。転生トラックドライバー、ではない。転生トラックだ。トラック、そのものだ。俺自身が前世では世界に適合できず無念のまま亡くなり、転生してきたクチだ。
前世の俺は身体が弱く、物心ついた時からずっと入退院を繰り返すような子どもだったんだ。同い年の子どもたちが楽しそうに駆けていく声をベッドで聴くような生活。そんな時、たまたまテレビで中継していたラグビーの試合に俺は目を奪われた。
屈強な男たちがフィールドをパワフルに駆け回り、豪快なタックルで相手を引き倒す。力と速さが織り成すショーに夢中になった。自らの身体で叶うことのない夢だからこそ、俺はそんな世界に憧れた。夢見て、憧れて……そして、それは叶った。
俺は転生し、なることができたんだ。パワフルかつスピーディー、燃費も良くて大容量、そんな、トラックにーー
と、まあ紹介が長くはなったがそんなこんなでトラックになった俺は、転生予定者を適合世界へと送る転生トラックとして働くこととなった。何せ、俺はトラックだ。どこの世界にも事故を起こした運転手を罰する法はあっても事故ったトラック本体を縛る法は存在しない。しかも俺は製造会社も所有者もいない野良トラック。リコールなんて怖くない。
今日も今日とて食パンを咥えた転校生に交差点で運命的な衝突をして一仕事を終えた後、いきつけのガソスタでディーゼルを傾けていると仕事の無線が入る。依頼は無線でしてもらうのがルールだ。運転中に通話してたら違反になっちまうからな。
おいおいマジかよ……思わず俺はブルリとエンジンをふかす。コイツは久しぶりにヘビーな仕事だ。
次のターゲットはーーとある世界に君臨している、魔王。本来生きていくハズだった世界とあまりにかけはなれた世界に生まれ落ちてしまったせいで魂がよくわからん化学反応を起こして暴走しているそうだ。本来の世界ではマフィンと紅茶を好むお嬢様になるはずだったのに今では勇者のハラワタを食らいつくす化物だ。それはあまりにも可哀想ってもんだろう?
OK、やってやろうぜ。魔王だろうが、田舎道で急に飛び出す猪だろうが、ウインカーを入れずに前に割り込んでくる名古屋ナンバーだろうが。俺に吹き飛ばせないものなんてない。どんなヤツでも俺にかかれば一撃だ。
俺はイカした転生トラック。生き辛さを抱えている時は呼んでくれ。君のもとへと飛んでいくぜ。もちろん、法定速度以内でな。