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小さな話

作者: 緋西 皐

 「あの日の敗北を僕らはずっと引きづっている。桜が散り、蝉が落ち、紅葉が虫に食われ、枯れ木の枝が折れる、季節の風も忘れて。なにもせず、たまに空を眺め、たまに文を書き、そこに意味を求めている。何に意味があるのか、もしくは意味などいるのか。あの空が赤かったころ、雲が掻き消されたころの人にたまに聞いてみたくもあって」

 「大概どこでも同じだと思う。どこかで自分以上の力を求め、限界な精神を無謀な努力の渦で誤魔化し、鬱になっている。目の前のことに夢中になったり、逃げたりしている間に重要な何かを見失って生きている。君にもあったはずの青春をどこか天秤にかけて、今を捨て未来に投資するふりして現実逃避している。」

 「そうやって先送りして何が悪い」

 「何も悪くない。ただ悲しいだけだ。誰かが誰かを誤魔化すために言葉で殴った、説教と偽った、たんなる傲慢に怯えているだけなら、それでいいのに。どちらかもわからない。洗脳であるか、自分であるか、真の意思などそんな高貴なもの、小さな自分に求め過ぎないのもそれらしい」


 「僕には彼らの心理がわからない。特別な根拠なんてない。だから偏見だけど、きっと彼らは高度経済成長、バブルを経て、今の有様を見て、その批判もあって、怯えている。自己防衛のために、過去を肯定するためにそこにあった努力理論をまだ押し付けている」

 「人のせいにして、奪われたのだと、他人を呪うのか。いや、あのときの何も知らない少年に何ができたというのか。それも事実。大人を過大評価して、それほどでもなかったから今があり、ならば少年の持っていた力もそれより小さかっただろう。無理はするものじゃなかった。見栄を張っていただけなのか。けれどそう冷静になれと諭しても止まれるたちでもなかった。すれば余計に悲しくなると怖がったからだ」

 「そうかもしれない。でも退屈だったから求めてもいた。でももっと退屈になった」

 「人生は退屈なものだろう。むしろ退屈なほうがいい。平和だから退屈なのだ。日本のGDPは今や世界四位であるが、一位のアメリカや二位の中国と見比べれば治安はいい。フェンタニルや銃で人が死ぬわけでもなく、乱暴な政策で国民が弾圧されもしない。もちろん知らないところではいるだろうが。自殺する人も増えてるし、アホな犯罪する人も最近あった」

 「けどそれは良くも悪くも僕の意志じゃなかった。ほんとうに国を管理しているのは、その方向性を決めているのはたったの数人で、どこかみんなそれをわかっていて、政府に縋ってみたり騙されてみたりするけど、だんだんと悪くなっているだけ。もちろん少年はまだ意見もできなかった。大人の都合だった」

 「君が不幸なのも、幸せだったとしても、それは全て政府や大衆のせいだと、僕がそう言わせてしまったのなら謝ろう。もちろん行き過ぎた政策は自由を損ねるし、そもそも与党が宗教と関わっている時点でその思想寄りの政策をされてしまう。知らない間に違う思想を強制されているなんてのもある。でも僕はその前に根本的に、個人としてその幸福は決まるべきだと思う。他人によって幸も不幸も決まるべきじゃない。いや、幸福はいいかもしれないけど」

 「ある意味それだって自己責任と努力のカルト宗教の思想だ」

 「なら君だって他力本願と放棄の思想になってしまう」

 「でも大きな力が小さな人たちを貶めてきたのは事実だろう。戦争だってそうだ。運命だってそうだ。世襲じゃないか」

 「……そうだな。生物である以上、強い者が弱い者を支配できる。社会であれば富のあるものが貧乏な人を支配できるだろう。」

 「そうだ。そうだろ。何が努力というのか。受験だって結局は出来レースだ。なら就職だってそうだった。学習塾は高値で他より知識を与えるだろ。金のある人が努力においても有利だった。そして大学に入ったらどっかのアメリカ人大統領みたいに、推薦が貰えるんだ。ある意味、大学が一種の秘密結社で」

 「半分は都市伝説みたい……まぁ正常に学習塾が機能してて、企業の人事が適当だったらそうだろうね。前者については特待生を無料にして実績釣りあげたりしてるからどうとも言えないけど」

 「だったら最初から生まれだったってことだ」

 「極端だよ。別にそうかもしれないけどさ、そうやって考えて楽になったのか。むしろさらに寂しくなったのなら、それは過去に君が努力した証だろう。頑張って生きた自分を傷つけて楽になるものか」

 「……」


 「きっと僕はなんでもいいんだ。どうやって生きるのか、死ぬのか。生きる意味とか価値とか、そんなのどうでもいい。持ったところで仮初の自尊心は、また現実逃避をさせるだけ。きっと人生の本質は悲しいものだろ。努力して資産を積み上げても、死ねば無くなるかもしれない。産まれた時も裸で、死ぬ時もそう。想い出だって認知症で消え去る」

 「あと残った資産も税金かかるしね。何で持ってくんだろうね。まぁそれはいいけど。でも怖いはずだ。生き物は産まれた以上、一人では生きていけない。必ず誰かの力で生きて、その資産を貰うものだ。無謀に生きてその資産を受け継げなかったとき、君は後悔する。家系の歴史を踏みにじった。そう実感する」

 「僕だけじゃなく、政治家もそうなのかもな。傲慢になって怖さ隠してるだけかも」

 「こうもどうしようもなく悲しいのも生きているからなんだね」

 「だから死にたくなるものだ。死んだ方がマシだと思うものだ。けどそう、その前に考えてもみるんだ。さっきも言ったけど、僕はたまに戦争していた先祖に聞いてみたくなるんだ。なぜそこまで生きようとしたのか」

 「そうするしかなかったからだろう。生きるには。最終的には負けたけど、だったら無意味だったかって、そういうことじゃない。生きるために戦い、死んで、生き延びた。大事なものを失って、でも今がある。今のこの国がある」

 「……別に悪い意味で言ったわけじゃない。僕は靖国神社で批判するタイプの人間じゃないし、むしろそういう人が嫌いなタイプだ。そういうことじゃなくて、そうまでして生きる理由が、その本能だったからなのか。こう思うと悲しくなるのだ。本能とは、意志によるものじゃない。自由じゃない。だから悲しくなる。何人も人が死んで、生きる理由が、そんな機械的な誰かが決めたかもわからない原理のせいでしかないなんてさ」

 「例えば君の大事な人が車に轢かれて亡くなった。そしてその理由は、運転手の奥さんが妊婦で急いで病院に行かないといけなかったからだとか、悪質な飲酒運転や暴走族のせいみたいな最悪だったら満足するのかい。大切な人が無くなった理由が、人が無くなった理由が価値のあるものだと。価値があるべきだと。でもそんなのは嘘で、どこにでもある確率的な、交通事故で、等価性だとか悪も善もなく、意義もないものだったら悲しくなるのか。いや、嘘だ。きっと意味なんてどうでもいい。大切な人が無くなった時点で悲しいものだろ。大切だったから悲しいんだ」

 「……あのときもそうだったのかもな。だから後悔しているのか」

 「それに人間の意志は脆い。簡単に騙されるし、欲望に負けるし、怠惰だし。でもそれが善か悪かなんて誰にも分らない。腹が空けば判断できなくなるし、巨大な国から睨まれたら怖気るものさ。正義とか善とかよりも、そういう本能が勝っちゃうものだろう。窮地に陥れば自分の信じたいものしか信じなくなったり、逆に全てを信じなくなったり壊したり。昔はそうだったかもしれない。それで人が死んだ。でも今は違う。僕らが自由を語れるのは自由だからだ。少なくとも昔よりは断然。自由に意思を持てる。本能で戦ったとしても、その意義が機械的だったとしても、歴史は今まで続いて意志を持った。なら意味はあったはずだよ」

 「今の僕はどうだ」

 「少し窮屈だね。固執するものを探している。自由を恐れている。意思を持てば、自分で考えれば、他人のせいにはできない。自由だったのなら、洗脳で無かったのだから、真の自己責任になる。まぁその責任から逃れるのも自由かもしれない。自由とは恐ろしいものだよ。カルト宗教も束縛されることで安心したいだけさ。生きる意味もそうだろう」


 「僕がこの話を書くのも実は本能なのだ。悔しいことに。どこかで意義を探しているけれど、意味を求めなくなって、そういう主義が馬鹿馬鹿しくなって、感情移入できない。その癖にこう書いてる理由は感情的なもの、本能的だ。なんでもいいからキーボードで文字を打って書き込みたい。だけどやっぱり意義がないのだから、無意味だと空虚になる。どれほど人物を描いても物語を綴ってもそれの意味を求めていない、そこにいるはずの人物の人生を蔑ろにしている。ひどい人間だ。読者にも寄り添えない。僕の手は所詮キーボードの一部で、その役割しか持たない。ピッタリとマスにハマれば気持ちのいいだけ、快適なだけだ。キーボードで釘を打てば崩れて痛み、不快になる。産まれに僕は支配されている」

 「そうだよ。感情のままに僕らはこうして語り合っている。本能のままに読者は文を目でなぞる。子供の時に無理やり書かされた漢字のノートや作文とは違う、好きだからやっている。でも意義はない。そして君はやめられていない。意義や意味なんてちっぽけで、自由だってそんなにいらないのかも。正義や善だってどうだっていいのかも。文をこうして書けるのなら。その癖に意義がないのだから、悲しい。夢中になっても無意味なのだから」

 「何文字書いたところで読まない人からすれば無いもの。興味のない人からすれば文字の塊。別の動物からすればただの紙だって食べられ、機械からすれば二進法の数字。大まかには何ビット、何ギガ、何文字か。内容そのものは文字にあるわけじゃなく、文字はただの形で、どっかの世界に想像はある。きっとそれは現実世界じゃない。有事となれば、紙が足りなくなれば、無くなるものだ。きっと生きるだけならトイレットペーパーのほうが価値がある」

 「けれど面白いのは、何も書いて無い紙が誰かが文字を書くだけで物語ができて価値がつくこと。魔法みたいだ。こんな特別な力があるのはきっと人間だけだよ。宇宙人でも僕らの物語は読めないし、綴れない。アイツらがそれで尻を拭いたらナンセンスだと笑ってやろう」

 「宇宙人はそもそも紙なんて使って無さそうだし、翻訳機くらいあるだろ」

 「そのツッコミはナンセンスだろ」

 「まぁいいかもな。そうだ。それがいい」

 「てかそうだ、知覚で世界は変わるものってことだ。作る人も受け取る人も、どっちも知覚がないと共感は難しいもの。音も人が歌えば曲となるし、紙も書いたり描けば物語や絵になる。木や石だって組み合わせれば椅子や机、家になる。僕らは意味を持たせられる。芸術においては知覚があって意味がある――――ごめん、一人で勝手に話してた。なにがいいって?」

 「ああ、意義の話。僕の書く物語には意義はない。ただなんでもいいから書きたいだけ。けどやっぱりちょっとくらいプライドがほしい。じゃないと悲しくなる。だから、くだらないけど、一つだけ持ってみようと思ったんだ。”トイレットペーパーよりも高い物語を書く”って」

 「同じ紙でも尻を拭く紙より価値がある。そんな話を書きたいんだね」

 「そうだ」

 「なるほど……じゃあそうしよう。でもその前に注意しておかないと」

 「なにが?」

 「物価高でトイレットペーパーも高くなったから……経済との勝負でもあるね!」

 「トイレットペーパーに勝とうとしてたら政治家が敵になっていた件について。まぁ頑張ろう」





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