『伊周、速記を見下して配流のこと』速記談2051
元内大臣藤原伊周の配流は、長徳二年四月二十四日のことである。罪状は、花山院を射奉ったこと、東三条の女院を呪詛し奉ったこと、個人に許されていない大元法を行ったこと、と記録されている。速記の練習を嫌がったとか、速記者をばかにしたとか、人としてあり得ない言動があったとも言われるが、後に赦免されたときに削除されたものと思われる。伊周は、太宰府に赴任せずに中宮のもとに身を寄せていたため、追い出して太宰府に向かわせようとしたが、既に逃げた後で、しばらく後に都に舞い戻ってきた後、本当に大宰府に送られたという。赦免されたのは五年後の長保三年のことである。
教訓:速記を大切にしない人は、配流されて当然。