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9.決意

「いい? ずっと魔族と戦ってきた人類にとって、聖女とは特別な存在なの。聖女が存在していたからこそ今ここにエリシアが居られることを忘れないで」


「はい。お母様」


 エリシアは、一人丘の上で遠い昔の記憶を思い出していた。


 まだ幼かった頃から聖女として自覚を持つために、父や母に厳しく躾られ何度となく聖女がどれ程特別で大切な存在なのかを教えられてきた。


 だからこそ、自分が聖女として国のためにその身を捧げることを当然のこととして受け入れて生きてきたのだ。


 学院に居場所がないならいっそ家に帰ろうかとも考えたが、冷静に考えてみれば聖女として第三王子に嫁ぐことを使命として自分を育ててきた両親に、婚約を破棄されたから帰ってきましたなどと言えるほど、エリシアは強くなかった。


 なら、やはりオルトの言うように自由を謳歌しようかとも思ったが、今まで聖女として国に身を捧げるのが自分の産まれた意味だと、そう考えて生きてきたエリシアに、『自由』の二文字がとても恐ろしく感じられたのだ。


 エリシアの頭上を二羽の鳥が飛んでいく。


 その光景にエリシアは、ただただため息をつくばかりだった。


「こんなものあったって、婚約一つまともに出来ないんじゃ意味ないし......」


 左手の刻印を恨めしそうに見つめながらエリシアは、また遠い目をして延々と続く空を見上げるのだった。


 ただ、消去法ではあるがエリシアの中で既に答えは出ていた。


 学院にも戻れず家にも帰れないとなれば、取れる選択は一つ、聖女としての人生を捨てるというもの。


 分かってはいたが、今までの人生を捨てるというのは昨日まで学生だったエリシアにはなかなか決意出来ることではなかった。


 結局、分かりきった結論を出すためにエリシアは長い間現実から逃れるようにボーッと空を見上げていたのだった。


 なかなか戻ってこないエリシアに、オルトはやきもきしながらもいつ戻って来てもいいように朝食の準備だけはしていた。


 あんなことしなければ良かったのかもしれない、そう考えないでも無かったが、あんな窮屈な場所にいるよりも彼女はもっと自由に生きる権利があるはずだと、そう言い聞かせるのだった。


 ふいに扉が開きエリシアが小屋に入ってくる。


「......ただいま」


「おう、おかえり。お腹空いてるか?」


 エリシアは、黙って頷く。


「まぁ座れよ。聖女様が普段食べているようなものは用意出来ないが、まぁ悪くはないはずだ」


 そう言ってオルトはエリシアの前にスープとパンを用意する。


「ありがとう」


 思い詰めた顔で無心に食事を口に運ぶエリシアに、オルトは彼女の胸の内を聞き出すことが出来なかった。


 会話の無い食事の時間は、エリシアの一言で終わりを告げる。


「オルトの言う通りだと思う」


「言う通りって」


「私には帰れる場所が無いし、このままウジウジしてても仕方ないから、だからオルトの言う通り自由を受け入れようと思う」


 エリシアの言葉に、オルトは自分のしたことは間違っていなかったのだと一気に心が晴れる。


「そうか! いや、俺もそれが良いと思ってたんだよ。なら、もう一つ寝床を作らなきゃいけないなぁ。ま、しばらくは俺のベッドを使ってくれればいいから」


「ここには住まないよ」


「へ?」


 舞い上がっていたオルトの心が一気にどん底に突き落とされる。


「やり方はどうであれ、私のことを思ってあそこから助け出してくれたことには感謝してるけど、だからってオルトに頼って生きていくのは違うと思うの」


「いや、いやいや別に俺は一人増えたところで何とも思ってないからさ」


「オルトがどうのこうのって話じゃないんだよ。ただ、いくら扱いが酷かったとは言え、聖女の身を捨てて生きていくのに人の力を借りて自由気ままに生活するのは、その、なんと言うか罪悪感があるし、だからせめてこれからの人生は自分の力で生きていきたいの」


 力強く話すエリシアの姿に、オルトはそれ以上何も言えなかった。


「そうか。そうだよな。分かった、ならせめて旅立ちの手伝いくらいはさせてくれ。エリシアがこんなことになったのは俺のせいでもあるんだから、せめてその罪滅ぼしにさ」


「分かった。ならお願いがあるんだけど」


 エリシアは、小屋の外に椅子を置くとそこに腰掛ける。


「なあ、本当にいいのか?」


「いいって言ってるでしょ。それに、少しでも見た目を変えないとどこかで聖女だってバレちゃうかもしれないじゃん。ほら、早く!」


「やればいいんだろやれば」


 オルトは、エリシアの髪を束ねると意を決してハサミを入れていく。


 しばらく、髪を切る小気味良い音が聞こえ、エリシアの長く伸ばした髪はバッサリと切られてしまった。


「ほら、終わったぞ。プロじゃないんだから出来映えに文句は言うなよ」


「その内どこかでキチンと切り直して貰うから大丈夫。ありがとね」


 エリシアは、短くなった自分の銀色の髪を確認するように、片手でふわふわと持ち上げる。


 その後、オルトから布の切れ端を貰って左手の刻印を隠すようにグルグルと巻き付けていく。


「さ、これでどこからどうみても普通の女の子だね」


「いや、まだ一つ」


 オルトがじろじろと自分の体を見つめてくるため、エリシアは恥ずかしくなって身を隠すような素振りをみせる。


「な! 何勘違いしてんだ! 服だよ服! 見てみろ学生服のまんまじゃねえか」


 言われて初めてエリシアは自分が学生服のまんま、オルトに誘拐されたことを思い出した。


「女物の服なんてないよね?」


「あるわけ無いだろ。男の一人暮らしだぞ。仕方ない、買いに行くか」


「で、でも私お金なんてないよ」


「お前、よくそんなんで自力で生きていくとか言えたな。いいよ、今回は俺が出してやる」


 そう言うと、オルトはエリシアを連れて町に向かうのだった。

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