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8.丸太小屋にて

 学院から遠く離れた森の中で、小高い丘の麓に丸太小屋がある。


 オルトは、その小屋の二階にエリシアを運び込むと、そっとベッドに彼女を寝かせる。


 穏やかな寝顔を見せる彼女に、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、オルトは今まで我慢していたものが噴き出しそうになり急いで小屋から出ていく。


「痛ってぇ! マジで痛てぇ! まさか撃ってきやがるなんて何考えてんだあいつら!」


 そう叫びながらオルトは、羽の無くなった背中をさすりながら痛みから逃げるようにウロウロと歩き回る。


 出血こそしていないものの、無いはずの羽がガンガンと痛む。


「羽の展開が間に合ったから良かったが、普通あの状況で撃ってくるかね!? マジで人間の考えることは分からんわ」


 ようやく痛みにも慣れてくると、オルトは地面に腰を下ろして星空を見上げる。


 星の輝きを眺めながら、オルトの頭には不安が影を作っていた。


「しっかし、流石にヤバイよなぁ、聖女の誘拐なんて......」


 今さらながらに仕出かしたことの大きさにオルトが頭を抱える。


「しかも悪魔バレのおまけ付き。あーあー! マジで何してんだろ。いや、そもそもあの糞王子が婚約破棄とか言い出したのが悪いわけで、俺は悪くない。むしろ責められるべきはあの王子だろ!」


 オルトは、ついさっき自分がやってきたことを思い返しながら、色々な感情がわき上がってくる。


「てか、かっこつけてオデコにキスとかしてたけど、今考えると滅茶苦茶恥ずかしいことしてるじゃん俺。あーやだやだもう考えたくない」


 ズルズルと重い体を引きずるようにしてオルトは小屋に戻ると、自分のベッドをエリシアに貸したことを思い出して、ブランケットにくるまりながら仕方なく床で眠りにつくのだった。


 翌朝、外から聞こえてくるカランとした乾いたものが転がるような音でエリシアは目を覚ました。


 ぼんやりとした意識の中で、自分が今知らない天井を見ていることに気が付くと、ゆっくりと起き上がり部屋を見渡し、自分の部屋とは似ても似つかない光景が目に飛び込んでくる。


「どこここ。てか、確か私......」


 徐々に意識がはっきりとし始め、自分がオルトによって学院から連れ出されたことを思い出す。


 どっと全身から汗が噴き出し、エリシアはベッドから飛び上がると勢い良く部屋を出ていく。


「ヤバイヤバイヤバイ!」


 その勢いのままに階段を駆け下りて小屋を飛び出す。


 目の前には木々の連なる景色が広がり、明らかに学院ではないどこかに自分が立っていると重い知らされ、エリシアが呆然と立ち尽くす。


「おうエリシア起きたか。気分はどうだ?」


 振り返ると、それまで薪を割っていたオルトが手斧を片手に立っていた。


 顔をひきつらせるエリシアに、オルトはまだ彼女の体調が良くないのではと思い、心配そうに近づいていく。


「大丈夫か? まだ気分が悪いなら寝てても」


「あんたねぇ!」


 エリシアがグッと彼に詰め寄る。


「自分が何したか分かってるの?! 誘拐よ誘拐! しかも堂々と皆の前で!」


「お、おいそう怒るなって。誘拐なんてそんな大袈裟な、俺はただお前を助けたかっただけで」


「誰が助けてほしいなんて言った?! それに、もう会わないって約束したじゃない! いや、そんなことよりも今はどこかで学院に連絡しないと......。ここ、電話はないの?」


「無いけどって、おい! どこ行くんだよ?」


 エリシアは、ここに電話が無いと分かると森の方へと歩いていく。


「決まってるでしょ! 帰るのよ。今頃学院は大変なことになってるはずだし」


「帰ってどうするんだよ?」


「どうするって決まってるじゃない! 私は聖女なんだから」


「聖女だからって、捨てられた男のところに帰るのか? それで何になるって言うんだよ」


 エリシアの足がピタッと止まる。


「覚えてないのか? あの糞王子はお前を捨てて他の女を選んだんだよ。そんなところに戻ったって誰がお前のことを待ってるって言うんだ?」


「そ、そんなこと言ったって、聖女は国に必要だし」


「だから! その聖女も代わりを見つけて来たんだろうが。もう、あそこにお前の居場所は無いんだよ」


 オルトの言葉に、昨夜のやり取りの記憶が鮮明に甦り、エリシアは魂が抜け出たようにその場に膝をつく。


 そんな彼女の悲痛な姿に、オルトは歩み寄るとそっと背中から抱き締めた。


「もういいんだ。お前は今までずっと頑張ってきたんだから、これから自由に生きていけばいいさ」


「......自由に?」


「そう。聖女じゃなくて一人の人間として。行くところもないだろうし、なんだったらしばらくはここに居ても」


 エリシアは、オルトの言葉を遮って彼の腕を振りほどいた。


「エリシア?」


「そんなの、無理だよ。だって私、産まれてから今までずっと、ずっとずっと聖女として生きてきたんだよ。それなのに、そんな急に、こんなことって......」


 エリシアが肩を震わせながら、ボロボロと涙を流し始め、オルトがまた彼女を抱き締めようとするが、今度は振りほどかれて拒絶されてしまう。


「ごめんなさい。今は一人にして」


 そう言うと、エリシアは丘の上へと歩いていった。

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