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6.婚約破棄

 自分の気持ちに終止符を打ったエリシアは、その日から自分を追い込むような勢いで花嫁修業に精を出すようになった。


 自分にはこの道しかないのだと、そう言い聞かせながら王家の花嫁として恥ずかしい思いをしないように、ハリンドに愛されなくとも花嫁として認められるようにと、その一心で身を削った。


 それから更に数週間、ハリンド全く機嫌を損ねる様子を見せず、そこに愛は無いながらもエリシアとハリンドは以前に比べればずっとマシな関係を続けていた。


 そんなある日、連日の無理がたたったのかエリシアは体調を崩していた。


 熱はないものの、倦怠感が全身を覆い喉にも違和感があった。


 きっと風邪をひいてしまったのだろうと、軽く考えていたエリシアは、授業に出席したが時間が過ぎる毎に徐々に体調が悪化していった。


 だが、この日は自室に籠っているわけにいかなかった。


 実は、ハリンドが大事な話があるからとこの日の授業が終わった後に生徒達を講義室に読んでいたのだ。


 皆、ハリンドの話しなどに興味は無かったが、国の第三王子の召集を断ることが出来るはずもなく、それはエリシアにも同じことだった。


 辺りも暗くなり約束の時間が迫った頃、エリシアは重い体を引きずるように講義室へと向かう。


 講義室にはすでに多くの生徒が来ており、ようやく空いている席を見つけるとエリシアはゆっくりと腰を下ろす。


 ハリンドは改まってなにを話すつもりなのだろうと、生徒達が騒いでいると講義室の扉が開かれ堂々と主役が姿を現す。


 静まり返る講義室でハリンドは、教壇に立つと部屋を見渡して多くの生徒が来ていることに満足すると、話を始めた。


「いや、わざわざ俺のために皆すまないね。だけど、これから俺が話すことはこの国にとってとても大事なことなんだ。国の未来を担う君達貴族にとっても聞いて損は無いはずだ」


 ハリンドの言葉に、それまであまり興味を示していなかった生徒達が急に姿勢を正す。


「まず、我々人類が魔族と何度も戦い、勝利を収めてきたのは皆知っての通りだが、その勝利には聖女によってもたらされたものと言っても過言では無いだろう」


 ハリンドがエリシアに視線を向ける。


「エリシア、側に来てくれるか?」


「え?」


 突然のことに困惑するエリシアに、ハリンドが優しく微笑み手を伸ばす。


 エリシアは、戸惑いながらも席を立つと教壇に向かいハリンドの手を取った。


「ありがとうエリシア。皆知っての通り、俺の婚約者はこのエリシア・ブレイデントであり、彼女は聖女だ。だが、残念ながら彼女は聖女であるにも関わらず力を使うことが出来ない」


 まさか、この場で自分を罵り辱しめるために生徒達を集めたのではないかと、エリシアの肩が震え始める。


 しかし、ハリンドの話はエリシアの想像とは違っていた。


「それでも、彼女は自分の境遇を悲観することなく、今日まで王家にそして聖女として相応しくなろうと努力を積み重ねてきた。周囲から出来ないの聖女と蔑まれてもだ。そして、恥ずかしながらそんな彼女に俺は辛く当たってきたのも事実だ」


 まさかの言葉に、エリシアがハリンドの顔を見上げる。


「それでも、彼女は文句の一つも言わず俺に着いてきてくれたんだ。まず、そのお礼を言いたい。ありがとうエリシア」


 ハリンドがエリシアにそっと笑顔を向ける。


 エリシアは、体調を崩していることも忘れ、ようやく自分の気持ちがハリンドに届いたのだと泣きそうになってしまう。


「だから今日、俺はそんな苦しみから彼女を解放しようと思う!」


「え?」


 狼狽えるエリシアをよそに、ハリンドはスッと前方の席を見る。


「おいで」


 その言葉に、一人の女性が立ち上がり教壇へと歩いていく。


 異様な雰囲気に、生徒達が釘付けになる。


 あどけない空気を纏ったその女は、明るい茶色の髪をなびかせながらハリンドの横に立つと、落ち着かない様子で周囲を見渡す。


「紹介しよう。彼女の名前はクイース・マルディレント。僕は今日、この場において彼女との婚約を宣言する!」


 空気が凍りついた。


 生徒達も、そしてエリシアも自分の耳を疑う。


「婚約、婚約ってハリンドあなた何を言ってるの?!」


 自体を飲み込めていないながらも、エリシアがなんとかハリンドに食らいつく。


「そう騒ぐなよエリシア。折角のめでたい舞台なんだ、もっとおおらかにいこう」


「そんな、だってあんまりにも」


 エリシアは、言葉が詰まってうまく話せない。


「ハリンド様、やはり私などではあなたの婚約者として相応しくないのでは」


 周囲の生徒達の反応で、不安を感じたのかクイースがハリンドに訴えかける。


「落ち着け、皆はまだ君の価値を分かってないだけだ。君達が思わず口をつぐんでしまうのもよく分かる! だが、これを見てくれ!」


 ハリンドがクイースの左手を掴み、高らかに掲げると、手の甲には聖女の証が刻まれていた。


 それを見た瞬間、生徒達がざわめき始める。


「そう! 皆も分かったように彼女は聖女なんだ! そして、何よりも彼女はエリシアと違って力を使うことが出来る!」


 ハリンドがクイースを見つめて頷くと、彼女は証を光らせて見せる。


 その光景に更に騒がしくなる生徒達。


「これで分かっただろ! 彼女は正真正銘の聖女であり、出来損ないのエリシアと違って、俺の婚約者に相応しいのはクイースなんだ!」


 ハリンドは、声高らかに宣言するとクイースを抱き寄せる。


 騒然とする講義室の中で、一人の生徒が立ち上がった。


「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、このことについて王は知っているのかしら?」


 声を上げたのはララだった。


「いいや、父にはまだ知らせていない。だが、そんなこと彼女の力の前では些細なこと。それに、きっと父や母も喜んでくれるだろう」


「しかし、そもそもハリンド様には出来損ないとはいえエリシアがおりますし、いくら第三王子と言えど勝手にこんなことを宣言するのは」


「くどいぞララ。私がいいと言えばいいのだ。それとも何か? ガレンディール公爵家は王家に聖女の力がもたらされると不都合でもあるのか?」


 それまで笑顔だったハリンドがきつくララを睨み付ける。


「い、いえそう言う訳では。私はただ」


「なら黙っていろ」


 ハリンドの圧にララは席に着く。


「そう言う訳で、エリシアお前との婚約は無しだ。今まで酷いことをしてきて悪かったな。体調が悪いんだろ? もう帰っていいぞ」


 エリシアは、混沌とする頭の中に次から次へと情報が流れ込んできてそれを処理出来ずに頭が真っ白になる。


 言われるがまま、とぼとぼと講義室の出口を目指して歩き始めるエリシアだったが、次第に頭が落ち着きを取り戻し、代わりに怒りの感情が芽生える。


 ハリンドからの辛い仕打ちも、国のためと思ってきたからこそ耐えてきたというのに、代わりの聖女が見つかれば自分は用済み。


 なら、今まで自分が辛い思いをしてやってきたことはなんだったのか、なんのために今日まで耐えてきたのか。


「ふざけんじゃないわよ......」


 エリシアが立ち止まり、うつむきながらそう呟く。


「え?」


「ふざけんじゃないって言ったのよ! この糞王子!」


 エリシアが髪を掻き乱し振り返りながらハリンドに叫ぶ。


「何勝手なこと言ってんのよ! 私が誰のためになんのために今までやってきたと思ってるの!? 出来損ないと罵られても、私の血が国の平和のためには必要なんだと、そう思ってたからあんたの仕打ちにも耐えてきた! でもなに? 代わりが見つかったから私はお払い箱、どうぞお好きに生きてくださいって? 舐めてんじゃないわよ!」


「落ち着けよエリシア。仮にも聖女だろ? ならもっと聖女らしくしないと。なに、俺じゃなくても他の兄弟が妾にでもしてくれるはずだ。そうすれば、正妻じゃなくても不自由しない生活が出来る」


「私が自由な暮らしがほしくて怒ってると思ってるの?! 人を見下すのもいい加減にしなさいよ!」


 エリシアがハリンドを一発殴ってやろうと、歩み寄ろうとするが突然体が重くなり膝を着いてしまう。


 ここにきて、エリシアを襲った強烈なストレスが彼女の体調を急激に悪化させたのだ。


 目眩を起こし息は切れ、意識が朦朧とし始める。


「エリシア、お前はよく分かってないようだからハッキリ言ってやるが、力も使えない聖女なんて国にとってはなんの価値もないんだよ。それなのに恥ずかしげもなく証なんて着けてるから、王は仕方なくお前を受け入れてやってるんだからな? お前みたいなやつは要らないんだよ。生きてるだけで迷惑なんだよ!」


 エリシアの胸が強く締め付けられ、呼吸が浅く速くなる。


 ただ力のない聖女として産まれただけで、こんな惨めなことが、こんな酷いことがあるかとエリシアの瞳から涙が溢れる。


 その時だった。


 講義室の扉が勢いよく開かれ、大きな音を立てると、講義室にいるエリシア以外の全員が驚き、扉の方を見る。


 そんな彼らの視線に構わず、一人ゆっくりと足を進めエリシアに近づいていく。


「要らねぇってんならよ、その聖女様、俺が貰っていっても文句は無いよな」


 聞き覚えのある声。


 エリシアが痛みを堪えてゆっくりと振り向くと、涙で滲む視界の中に赤い目が二つ揺れていた。


「オルト......」


「よお聖女様。ご機嫌如何かな?」

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