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1.聖女は誰が為に祈るのか

 『清く正しく美しく』これは、彼女が産まれてからずっと求められてきたもの。

 子爵家の長女であるエリシア・ブレイデントは聖女として産まれ落ちたその日から、これを宿命として育てられてきた。

 時に厳しく、時に激しく、幼子に対するものとは到底思えないほどの躾を受け、聖女として相応しくあるように育てられてきたが、それでもエリシアは幸せだった。

 両親が人一倍厳しくしてくるのは、それが自分のために行っていることなのだと理解していたし、厳しい教育と同じくらい愛を持って接してくれたからだ。

 だから、エリシアもその思いに応えるべく、泣き言の一つも漏らすこと無く生きてきた。

 だが、そんな生活もあの日を境に一変してしまった。

 聖女として産まれた者は、王家の血筋に嫁がなければならないのが『ウレンキース王国』の決まり。

 エリシアも当然例に漏れず、ハリンド第三王子に嫁ぐことが決まっていた。

 ウレンキース王国には、王族や貴族達が通う学院が存在し、そこが最後の青春の場でもあった。

 それぞれが自由な恋に現を抜かすなか、王族の許嫁であるエリシアにそんなものが許されるはずがなく、ただ一人純血を守り王家に嫁ぐ者として教育を受けていた。

 そう、ただ一人。

 未来の夫であるハリンドは、エリシアが王家に相応しい花嫁になるための厳しい指導を受けるなか、そ知らぬ顔で青春を謳歌していた。

 本来であれば許されない行為であるが、第三王子という立場とエリシアのある性質のために見逃されていたのだ。

 そもそも、聖女とは何か、なぜ聖女は王家に嫁がなければならないのか、それは全てあの忌々しい魔族の存在による呪いのためである。

 魔王を筆頭に群れをなす魔族達と人類は有史以来戦いを繰り返しており、何度も魔王を討ち取ってきた。

 しかし、魔王の持つ不滅の命によりに魔王が復活するため、その度に力を取り戻した魔族達と戦争が起こるのだった。

 そして、さらに厄介なことに、魔族による呪いは聖女にしか浄化することが出来ず、その聖女も人間の都合で産み出せる存在ではないのだ。

 聖女の証を持つ者を産み出す方法は、確立されておらず聖女は聖女の血から産まれると考え、その血を王家に集めるようなことをやってはいるが、未だ望ましい結果は出ていない。

 だが、聖女を王家の庇護のもとに集めるのは理にかなっていた。

 呪いを取り払うことの出来る聖女の存在は、魔族にとって驚異であり常に命を狙われる存在のため、死守する必要があるのだ。

 そんなこともあって、エリシアは聖女として生を受けたその日から自分の運命を当然のものと受け入れてきたのだ。


 『きっとうまくいく』そう考えながら、この日もエリシアは一人学院の自室で聖女の力を目覚めさせようと、体の内側を覗き込むような思いで祈りを捧げていた。

 だが、その思いは天に届かなかったのか、左手の甲に刻まれた『証』は光らない。

「どうして」

 そう呟いて、失意に覆われそうになったエリシアは、気分を変えようと外の空気を吸うために部屋を出た。

 そう、エリシアには聖女の力が無いのだ。

 だが、聖女の血が重要であることには変わらないと、王家に嫁ぐことは変わらなかった。

 エリシアが部屋を出ると、そこへ丁度運悪くハリンドが通りがかる。

 傍らにはどこぞの令嬢を抱きながら。

「ようエリシア・ブレイデントお嬢様。今日もご機嫌麗しゅうようでなによりです」

 その言葉の内容に似つかわしくない、許嫁に対するものとは到底思えぬ下品な口調。

 それにも随分前に慣れてしまったエリシアは、傍らの令嬢に文句を言うでもなくハリンドの胸の辺りを見ると「どうも」と一言だけ発する。

 いつもならこれで終わるはずなのだが、この日はハリンドの虫の居所が悪かったらしく、やけに絡んでくる。

「未来の夫に対して随分な挨拶じゃないか。たく、花嫁修業なんて無駄らしいなぁ」

 ちょっとやそっとでは顔色一つ変えないエリシアであるが、常日頃から心血を注いで励んでいることに水を差されて、ついハリンドを睨み付けてしまう。

「おい、そんな怖い顔すんなよ。冗談だ冗談。愛想もなけりゃ礼儀もないな」

 ハリンドの横では、その日の遊び相手がニヤニヤと笑みを浮かべている。

「俺だってこんなことは言いたくないが、聖女のくせに浄化も出来ない女を嫁に貰う俺の身にもなって欲しいぜ。ホント」

「それは、きっと出来るようになって見せますから」

 エリシアは、振り絞るように震える声でそう言った。

「きっとって、一体いつになるんだよ! きっと、いつか、必ず、そんな台詞ばかり言いやがって、お前はほんとに口だけは達者だな、あぁ?!」

「ちょっと、あんまり怒鳴らないでよ。耳が痛いじゃん」

「そこは嘘でも『エリシアが可哀想』て言ってやるんでよ」

「やだぁ、私どこかの聖女様みたいに口ばかりの嘘つきじゃないもの」

「それもそうか! あっはっはっは!」

 エリシアは、視線を下に向けてグッと奥歯を噛む。

「おい、旦那様が笑ってるんだからお前も笑えよ」

 溢れ出そうな何かを押し込めるようにエリシアは、鼻で大きく息をすると、目を合わせないまま乾いた笑い声を出す。

「あはは」

「てめぇ、なに笑ってんの?」

「え?」

 驚きのあまりエリシアが顔を上げると、丁度ハリンドの蹴りが彼女の腹を捉えていた。

「こっちはよぉ! 出来損ないの聖女を娶るってんで国中の笑い者になってるって言うのに、お前は何がそんなにおかしいんだ!」

 エリシアは、その場に倒れこむとあまりの痛みに声も出せずに身悶える。

「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない?」

 あまりの理不尽に、令嬢も流石に顔がひきつる。

「あーあ! ミーナが優しくて良かったな。今回はこれくらいで勘弁してやる。ほら、ミーナ様ありがとうございますは?」

「私ならいいからさ、もう行こうよ」

 そう言って縋るミーナをハリンドは、軽く払い除ける。

「言えよ」

 エリシアは、痛みに立つことが出来ず、地べたを這ったまま土下座のような体勢になる。

「ありがとうございます」

 蚊の鳴くような声だった。

「人に言われなきゃお礼の一つも言えないなんて、聖女としても人としても出来損ないだよお前は」

「ね、ねぇ。こんなとこ他の人に見られたらヤバイって」

「誰も気にしやしないさ」

 二人が去った後もエリシアは、ハリンドの見下す冷たい視線がその場に留まり続けているように感じていた。

 なんとか体を起こして、壁にもたれ掛かりながら呼吸を整えていると、自然と涙が滲んできて咄嗟にそれを袖で拭う。

「あ、血」

 蹴られて倒れた時に擦ったのか、袖には僅かに血が付いていた。

 エリシアは、ゆっくりと体を引き摺るように外へと歩いていく。

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