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(^ω^)【ようです】のようです

( ^ω^)未来が嫌いなようです。

作者: 日曜日夕

  ('A`)「社会人になんか、ならなきゃよかった」



 とある金曜日の夜、カウンターの隣に座る男が言った。酒をあおる彼の愚痴を聞くのは、これで何度目になるだろう。男と私はこのバー限定の飲み仲間といったところか。



 彼の名前は知らない。一緒に飲む約束をしたこともない。偶然同じ時間に鉢合わせた時に少しの間酒と会話交わす。それだけの関係。ただ、それくらいの関係が私にとっては心地よい。



 彼に職業を訊ねたことはないが、決まってかっちりとした紺のスーツで身を包んではいるので、おそらくはサラリーマンだろう。彼はどうにも仕事・労働という概念が嫌いらしく、隣で飲む私に管を巻くというのが、お決まりだった。



 もちろん、私もただで他人の愚痴を聞いている訳では無い。一銭の価値にもならない他人の不平不満などを(さかな)にしたところで、酒が不味くなるだけだ。



 では、何故彼の愚痴には付き合っているのかというと、彼の仕事嫌いは相当のもので、その労働に対する暗い情熱を以て導き出された彼の批判は、もはや反労働主義の主張ともいえる域に達しており、馬鹿馬鹿しく思える反面、一考の価値があるようにも聞こえてくるのだ。無論、酔いが覚めれば、そんな価値は無いと気づくのだが。



 この前会った時など、彼は「全企業は完全週休5日制を採択すべきだ」という生産性のかけらもない暴論を大真面目に語っていたなぁ。私も決して仕事人間ではないので、そうだそうだと酔いにまかせて彼を囃し立てていたら、なんと彼は次の日に勤務先の労働組合に「完全週休5日制」を直訴したらしい。迷惑極まりない行動力だ。



 組合には一ヶ月の休職を勧められただけで終わったそうだが、なんという行動力だろうか。彼が愚痴を吐いて溜飲を下げるだけの、平凡な仕事嫌いではないことが分かって頂けただろうか。



 そんなに仕事が嫌いならば、仕事を辞めれば良い?そんなことは彼自身が一番分かっているだろう。結局その一歩を踏み出さないからこその愚痴である。



( ^ω^)「君が反労働主義者だとは承知しているが、とうとう社会まで嫌いになったか。反社会勢力とは付き合いたくないがね」



  ('A`)「あぁ、社会なんて嫌いさ。だが違う、逆だよ。俺は社会が嫌いだから、労働が嫌いなのさ」



( ^ω^)「なんと。はなから反社会勢力だったとは。君との縁も今日までのようだ」



  ('A`)「それも違う。俺はどこにでもいるサラリーマンだ。毎日のように無駄な会議に身をやつしている」



( ^ω^)「じゃあ、政治に不満があるとか?それとも人間関係を望まないタイプだったり?」



  ('A`)「そりゃ政治に不満はあるけれど、人並みだね。それに人が嫌いなら、こうやってアンタと酒は飲まない」



( ^ω^)「ならば一体、社会の何がそんなに嫌いなんだ」



 私が肩を竦めると、彼はしかめつらでショットグラスを傾けた。



  ('A`)「未来が嫌いだ」



( ^ω^)「……俺には分からない感覚だな。明日死ぬかもしれないとか、不確定なことが嫌いだとか?」



  ('A`)「逆だ。不確定なことじゃなくて、予定(・・)が嫌いなんだよ」



( ^ω^)「予定……1週間後に出張だとか、明日の午前中に宅配便が届くとか、月末までに報告書を提出だとか、そういう予定か?まぁ、それなら俺も億劫に思う時もあるが」



  ('A`)「もちろん、そんなのは大嫌いだ。社会人としては不適格だな。けど本当に嫌いなのは、その大元だ」



  彼はナッツを口に放り込む。



  ('A`)「カレンダーだよ」



(;^ω^)「カレンダー?」



 思わず眉間にしわが寄る。カレンダーなんてものを好きだとか嫌いだとかの尺度で見たことが無かったからだ。



(;^ω^)「そもそも、カレンダーには予定なんてないだろう?あれは予定を書き込むものだ」



  ('A`)「いいや違うね。だって、明日朝日が昇る頃には2023年7月8日だって、予め定まっているじゃないか。その次の日は2023年7月9日、一千万年後の今日は10002023年7月7日……」



  ('A`)「もう悠久の果てまでずっと予定が立っているんだ。俺が死のうが、人類が滅亡しようが、その日が来ることは決まっている」



(;^ω^)「そりゃだって……カレンダーってそういうものだろう?」



  ('A`)「窮屈じゃないか」彼はネクタイを緩めると部屋を見回し、壁にかけられたカレンダーに指差した。「見てみろ。格子状のカレンダーに囚われの1ヶ月31日。幾何学的に表された社会だ。誰もそこに描かれた未来を疑わない」



  ('A`)「土曜日の次に日曜日が来ることを。三十日(みそか)の翌日に一日(ついたち)が訪れることを。12月が仕事を納めると1月が帰ってくることをだ。社会はカレンダーを前提に回る。時間も似たようなものさ」



 彼は鈍く光る腕時計を外すと、私の前に置いた。



 ('A`)「つまり今現在が2023年7月7日の20時だというのは、社会がそれを認めているだけであり、社会人達がそう信じているだけだ。だから俺は、カレンダーとは共同幻想や信仰だと認めている。社会人として生きるには、カレンダーを絶対的な啓示として、それに従わねばならない。君も社会人ならば分かるだろう?」



( ^ω^)「最後だけはな。社会人である私は、来週の月曜日、2023年7月10日の朝10時00分には、遥か九州は福岡の支社の会議室に居なければならない。そういう予定がカレンダーに入っている」



( ^ω^)「何の為の会議だったか、酒が入っているのも相まって思い出せないが、年寄り達が遊ぶついでの、くだらない会議だろう。そもそもこのご時世で未だに対面で集まって会議をすること自体、意味が分からない。無駄の極致だ。行きたくない」



( ^ω^)「だからといってその予定に従わず、月曜日の朝、電話口に君の言うように『今日が2023年7月10日だというのは社会の共同幻想であって、それは事実ではない。だから私は会議に出ません』等とたわ言をほざこうものなら、来月あたりに首がすっ飛ぶだろうよ」



  ('A`)「おめでとう。社会人失格だ。晴れてつまはじき者だ」



( ^ω^)「あいにく私はまだ社会人でありたいんでね。月曜朝9時には支社近くの喫茶店でコーヒーでも頂いている予定さ」



  ('A`)「あぁ、君は社会に染まりきってしまっている。2023年7月10日なんて、君が来ないと思えば、永遠に来ないものを」



( ^ω^)「それでも来てしまうよ。否が応でも格子の中さ。今はもう、人間一人で行ける範囲で社会じゃないところなんて、どこにもないんだから」



  ('A`)「だが俺と君との二人なら?」



( ^ω^)「だめだ。社会ができる」



( ^ω^)「それで君は、この話を私にしたということは、どこかで言うつもりなのか?『カレンダーが嫌いなんだ。これはまやかしだ。俺はそんなものに従わないぞ』って」



  ('A`)「いや。もう言ってきた」



( ^ω^)「ぶっ……どこに?」彼の台詞に、思わず吹き出してしまった。



 ('A`)「労働組合」



 ('A`)「2023年7月9日。今週の日曜日で俺の休職期間が満了する」



 ('A`)「俺は……未来が怖くてたまらないっ!」



( ^ω^)「働きたくないだけだろ」



 思い出した。この男、「週休5日制」を会社で喧伝した末に休職させられたんだった。男は頭を抱えた。



 ('A`)「社会人になんか、ならなきゃよかった」



 本当に頭を抱えているのは、このお荷物(とこ)を抱えている彼の勤め先だろう。心の内でつっこみを入れた時、男が机に置いた時計のダイヤルが目に入った。長針は6の文字に近づいていた。



( ^ω^)「もうこんな時間じゃないか」先程男が20時と言ったので、てっきり20時10分くらいだろうと思い込んでいた私は、やにわに席を立った。



 ('A`)「次の予定でもあるのか?」



( ^ω^)「帰りに月曜のチケットを、近くのショップで買おうと思ってたんだ。たしか営業時間が21時まででね」



 ('A`)「急ぐ時間でもないだろう」



( ^ω^)「時間には余裕が欲しい質でね。それに、この調子で話していたら気づかぬうちに21時が過ぎていそうだ」



 ('A`)「そうか。なら、しょうがないな」男は、ほんのり寂しげに肩を落とした。



( ^ω^)「そうだ。出張から帰ってきたら、またこの店で飲もうじゃないか。土産も買って来るよ」



 ('A`)「おぉっそりゃいいな」



 いつにしようか?口から出かけたその言葉を、私は飲み込んだ。



 そう言えば、この男とは偶然同じ時間に鉢合わせた時に少しの間酒と会話交わす関係。約束も予定もない。それを私は、心地よく感じていた。



 ('A`)「どうした?」



( ^ω^)「いや。今日の君の話が、ほんの少し理解できた気がしてね」



 ('A`)「そりゃ嬉しいね」赤ら顔でケラケラ笑い、男はショットグラスを空にした。



 ('A`)「それじゃあ、また今度」



( ^ω^)「あぁ。また今度」


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