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ゲームって最高!

「魔王様!そろそろ起きてください。もう昼の時間ですよ。」


 誰もが恐れるこの私、魔王である私に指図できるのはメイドのミルルくらいなものだ。


「朝からそんな大きな声を出さないでよ。分かった、起きるから。」

「全く。また寝落ちするまでゲームですか?他の方に見付かったらなんて言われるか。」

「分かってるよ。だからわざわざベッドの中でやってるんでしょ?で、今日は何の騒ぎ?」


 お決まりの魔王の服に着替え、重たい仮面を付けて魔王の間に向かう間、そこら中から怒号が聞こえる。血の気の多い魔族たち、最近は特に騒々しい。


「魔王様!やっといらっしゃったか!!全くその薄汚い鼠が側近では魔王様も心もとないでしょう。どうでしょう?私の娘もそろそろ」

「おい。誰が王より先に魔王の間への入室を許可した。」

「そ、それは…グッ」


 飽きることなく私に媚びを売りつつも魔王の座を虎視眈々と狙う、この見るからに臭い男がこの国の宰相。ミルルは魔力を持たない兎の獣人。人間の奴隷商から魔族領に逃げ込むも、魔族からも虐げられ、居場所がなかった彼女を私が城下町で拾ったのはもう随分と前の話。誰もがミルルは魔王の特別な存在であることを知っていもなお、自身の娘をその座に押し進めようとする強欲さには頭が下がる。

 魔王が誰かに頭を下げるなどあってはならない。故に魔王の力を持って、こいつの頭が地面と一体になるまで下げさせておこうか。


「魔王様、お止め下さい。私がこの場でお待ちいただくように伝えたのです。」

 ミルルが私の殺意のこもった手を下ろしてくれた。


「…ふむ、ならば許そう。ミルルに感謝しろ。さて、用件はなんだ?」

 ご自慢の高い鼻諸々赤くなった顔を見るとつい笑ってしまいそうになる。こういう時は童顔の顔を隠すようにと先代魔王の仮面をつけ始めたのは正解だったなと思う。


「…勇者の件です。私が人間領に送り込んだ者によれば、今代の勇者はまだその力を発揮しきれていない様子。今が勝機です!手始めに国境の付近の領土から侵略を行いましょう!!」

「ならん!」

「しかし」

「戦争を始める際は私が指示を出す。それまで待て!この話は終わりだ。私は部屋に戻る。」

「魔王様!!」


 戦争戦争…。分かっている。いつかは戦わなければならないことを。抑え込んでいられるのもそろそろ限界だろう。

 人間領を奪い、世界を魔族が占領する。その夢のために私は魔王として、魔王になるべくし今日まで座学に剣技、魔法全ての力を磨いてきたのだから。


 部屋に戻るなりベッドに倒れ込む私を心配そうにミルルが覗き込む。

「ローズ様、大丈夫ですか?」

「その名を知っているのも、もうミルルくらいだね。はぁ、魔族として生まれたからには魔王になるんだって、子供の時はあんなに必死だったのになぁ。人間は皆殺しにして当然の種族で、勇者なんて生まれたと知ったら即座に首を刎ねに行くと意気込んでいたのに。」

「…そのゲームのせいですか?」


 枕の下に隠してある、私の宝物。「クラフトファンタジー」。

 先代魔王が死んだ後、いくつもの試練を乗り越えた私が手にした宝物だ。歴代の魔王が押収した人間たちの娯楽品からこのゲームを見付けてから、私のこれまでの考えは一変してしまった。

「…このゲームの中だとさ、ただみんなが好きな物を作って、交換して、また作って。よく出来たら褒め合う。ただそれだけなんだよ。無理に奪い合うのではなく、助け合っているんだ。」

「楽しそうですね。」

「もう!ミルルもやったら分かるのに!私が使ってない時は貸してあげるよ?」

「私では魔力がないのですぐに止めなければなりませんし、お気持ちだけで十分です。」


 ゲームはユーザーの魔力を使って、そのユーザーの意識だけをゲームの世界に引っ張っている。もちろん魔力がないもの・少ないもののために魔力石を用いての使用も可能だが、私のように寝落ちするまで続けるようには熱中しきれないだろう。魔力切れは危険だからだ。


「ローズ様も、書類がいくつか溜まっておりましたから、そちらが終わってから遊んでくださいね。」

「分かったよ…。」


 子供の頃は私の後ろをビクビクとついて回るだけだったミルルもすっかり大人になってしまった。

 ちょっと寂しい。

 人間界のゲーム。魔族領でやっている者でもいればいいのだが、そう簡単に口に出せるわけもなく、私は今日も黙々と業務を終え、急いで夕食と風呂を終えてベッドにダイブしゲーム機を取り出す。


「ヒカル、今日もいるかな? 通信コネクト 『クラフトファンタジー』」



ーーーーー


 暖かい風、草木の揺れる音。最近増えた鳥たちの声。

「…ああ、戻って来た。さて、やりますか!」


 まず向かうは畑。一定時間が経過すると収穫が可能になる畑から野菜やらを採取しカゴに詰めていく。お次は鳥小屋からの卵。そして羽根。材料として使えるアイテムは全てポップアップがついているので分かりやすくて助かる。なんでも収納できて重さを感じないこのカゴも良い。


 収納した後は家の倉庫へ運び入れ、また畑に種を蒔き家畜に餌をやる。毎日これの繰り返しだ。


 ピコンッ!

「あ、来たかな!」


 毎日繰り返しになりつつあるゲームに飽きなかったのはこの世界が血に塗れた現実の日々とかけ離れた癒しの時間を与えてくれているからというのもあるが、彼との出会いが大きかったと思う。


『まだ起きてる?遊びに行ってもいい?』

「『いいよー!』っと…。」

「ローズ、昨日ぶり!」

「わっ、早いね!私の返事見る前に転移陣に乗ってたでしょ!」

「あはは、バレた?」


 彼はヒカル。このゲームで出会った私の唯一のクラフト仲間だ。

 このゲームでは許可が降りれば他プレイヤーの空間に入ることができる。もちろん暴力や強奪などといった類のことは一切出来ず、ただ純粋に創り上げている空間を見て楽しむだけだ。

 最初はただ黙々と自分の空間創りに没頭していた私だったが、伸び悩んだ際に他プレイヤーがどんな空間を創り上げているのか気になり、興味本位で当時ベストクラフターに選ばれていたヒカルの空間に足を運んだのがきっかけだった。彼の空間は私の酪農イメージとは異なり、鍛治師をイメージしているそうで、多くのプレイヤーが彼の剣を求めた。


「最近はどう?剣、打たないの?」

「うーん、もう在庫がいっぱいだからなぁ。プレイヤー、また減ったと思わない?ランキング、もうずっと変動ないよな。」


 クラフターランキング。始めたばかりの時に一位だったヒカルは今は二位。私がずっと一位だ。


「もう最近は見るの辞めた。」

「…ローズは他のゲームに移ったりしないの?ほら、最近は魔獣をテイムするのとか人気だろ?」


 他のゲーム。この世界では人間に見える私でも、人間領のゲームを入手するのは本来難しい。魔王という地位にいる私が魔王城を抜け出すことすらも許可がいるのだ。


「しないかな。私、このゲームが好きだから。ただ黙々と何かを造るのが好きなんだと思う。」

「そっか。俺もだよ!」

 ヒカルが嬉しそうに笑ったと思えば、すぐにまた暗い顔になった。


「なんかあったの?また怒られた?」


 最初はただゲームについて教え合う間柄だったが、今ではなんでも話せる。もっとも私が魔族で、ましてや魔王だなんて口が裂けても言えないけど、でも「魔王」としての私には気軽に話せる者もおらず、愚痴を言えるのはヒカルだけだ。彼が現実でどんな人間か分からないけど、少し私達は似ていると思う。


「俺さ、最近現実の世界で剣を貰ったんだ。今剣の練習してるんだけど、まだ上手く扱えなくて。」

「最初はそんなもんだよ。」

「ローズも剣を触ったことあるの?」

「まあね。剣より魔法の方が得意だけど、魔獣くらいなら剣でも倒せるかな。」

「確かに!こんなに毎日長い時間ゲームが出来るんだから、魔力が多いか、魔石をいっぱい持ってる貴族かなと思ってたけど、やっぱりローズは貴族って感じじゃないよね。」

「ちょっとどういう意味よ!」


 ある意味では世界有数の貴族なのに。


「…こないだ俺も初めて魔獣を倒したんだけどさ、これからも俺が振るった剣でもっと沢山の命を奪うんだ。そう思ったらゲームの世界でも剣を打つのが怖くなっちゃって。このゲームだと野菜や木を切るのにしか使えないのにバカだよな!現実とゲームは違うのに。」


 いつも明るいヒカル。魔族とバレないかとドキドキして中々輪に入れなかった私の背を押し、クラフター達との交流をさせてくれた優しい彼ですらも、現実では血に塗れなければならないなんて、なんてこの世は残酷なんだろう。


「…私はヒカルが剣を持つの似合わないと思う。」


 私の言葉にヒカルがキョトンとした顔で見たかと思いきや、腹を抱えて笑い出した。真剣に言っているのに。


「ちょっとなんでそんなに笑うのよ!私は真剣よ!ヒカルが剣を持たなきゃいけないなんて、現実の世界が間違っているのよ!」

「ごめんごめん!バカにしたわけじゃなくてさ、それを言うならローズ、君もだろ?」

「え?私?」

「君だってせっせと畑仕事したり、鳥たちと戯れてさ。俺とこうやって野原で喋ってる方がよっぽどピッタリだよ。」

「それは」


 それは私が人間に見えるから。本当は頭からツノが生えていて、黒い羽と尻尾も生えてる。人間から見たら魔族とは魔獣と同じ、化け物だ。


「…私は現実だったら凄い強いのよ。だから剣も魔法も使っていいの。でもヒカルは弱そうだから。剣士か何か目指しているのかも知れないけど、止めなさいよ。もうすぐ戦争が起きるって聞くし。」


 私の言葉にヒカルがピタリと止まった。

「…よく知ってるね。魔族との戦争の話だろ?まだ一般の人には知られてないって聞いたけど、どうやってローズはそれを知ったの?」


 しまったーーー!

 ヒカルは変に鋭い。体調が悪い中でもゲームをしていた時も、アバターに変化はないはずなのにすぐに見破られて退出させられた。


「えー、あー、あれよ、その、あれ!住んでる所的なあれ!」

「住んでる所?ローズはもしかして国境の街に住んでるの?」

「そう!そうなのよ!ほら、魔族と戦争になるなら一番最初の戦場はあそこでしょ?だからほら、他の街よりみんな敏感でね、情報が色々あれなのよ。」

「ふーん、なるほどね。」


 良かった。どうやらやり過ごせたみたい。


「俺さ、今度その街まで行かなきゃいけないんだ。」

「え!」

「ああ、もちろん戦争がすぐ起きるわけじゃないよ!どんな場所なのかまず見学にね。だからローズに案内を頼みたいんだけど。」

「うぇ、わ、私が?何の案内?なんで?」

「え、だから街の案内だよ。住んでるんだろ?」

「え、ええ。もちろん住んでるけど?」

「じゃあ決まり。ちょうど1ヶ月後なんだけど、それまで訓練が増えるみたいで、ゲームできるか分からないから、覚えておいてね。一番大きな宿に泊まるから、そこで宿の人に俺に会いに来たって言ってよ。

 それか俺がローズの家に」

「分かった!いいわ、大きな宿ね。ええ、分かったわ、だから私の家はダメ。」


 もう頭の中はいっぱいいっぱい。兎に角ここをやり過ごすしかないわ。


「…じゃあ俺、今日はもう寝るね。ローズと会えるの楽しみにしてるから。おやすみ。」

「おやすみ。」


 ピコンッ。

 軽快な音ともにヒカルが私の空間から去って行った。


「どどどどど、どーしたらいいのーーーーーーー!!!」


 静かな空間に、私の雄叫びがこだました。


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