チャラい勇者
朝食を終えて下山すると、街はもうお祭りムード一色だった。
建物や街路樹にフラッグが付いたロープが渡され、路肩には屋台がズラリと並んでいる。
湖岸に広いステージが設置されていて、『祝! 勇者アレックス様、魔王討伐!』という横断幕が飾られている。
「たった数時間でこんなに?」
舞香は目を丸くする。
「仮想空間だからこそだろうな」
空に浮かぶ巨大バルーンの数々を眺めながら虎太郎は呟く。現実世界であれば、湖に特設ステージを設置するだけで数日は掛かるだろう。
「さて。祭り本番まで何をしようか?」
虎太郎がホログラムを表示させてマップを開くと、
「きゃあ~~~!」
と街の方から黄色い声が上がった。それに続いて、
「勇者様だ!」
「アレックス様!」
街のひと達の興奮した声が波及していく。その波の源はどこかと周囲を見回した虎太郎は、金色の髪をなびかせた大柄な男を中心にして、ひとの群れがこちらへと押し寄せて来るのが見えた。
金髪の男は、陽光を反射させた純白銀の鎧を着込み、地面に届きそうなほど長い深紅のマントをはためかせながら、取り巻きの女性たちに投げキッスを送っている。
「あれが勇者アレックス?」
呆然とする虎太郎に代わって、
「何だかチャラいね」
舞香が評したその声が聞こえたわけではないけれど、アレックスは舞香の姿に気づくと、
「これはこれは、お美しい!」
両手を広げて仰々しく感嘆の声を上げると、取り巻き連中をそっちのけにして駆け寄って来て、
「これぞまさしくニーベリアの秘宝! マドモアゼル、お名前を訊いてもよろしいかな?」
舞香の目の前でひざまづくと、馴れ馴れしく舞香の右手を握りしめて、グリーンの瞳を上目づかいにして訊いた。
「え、あ、その……」
舞香は圧倒されつつも嫌そうではない。虎太郎はそれも気に食わず、
「ちょっとあんた、フレックスだかロレックスだか知らないけど、ちょっと馴れ馴れしいんじゃないか」
睨みつけた。
「おや」
アレックスは今になってその存在に気がついたように虎太郎を見ると、
「これは失礼した。わたしの名前はアレックス。お見知りおきを」
立ち上がって虎太郎を見下ろしながら右手を差し出してきた。青山と同じかそれ以上の長身で、重厚な鎧を着ているために威圧感がある。巨大な壁を目の前にしているようで、虎太郎は気遅れしたけれど、
「虎太郎」
無愛想にアレックスの手を握り返した。すると、
「ほう。君も外の世界から来たブレイヤーか」
アレックスは値踏みするように虎太郎を見つめ、握手に力を込める
「グッ」
気を抜くと悲鳴が出てしまいそうな痛みを虎太郎は何とか堪える。舞香の前でカッコ悪い姿は見せたくなかった。
「あの」
長々と握手をしているふたりを心配するように舞香が声をかけてきたため、アレックスは虎太郎の手を離して、
「これは失礼。アレックスという者です。マドモアゼルのお名前は?」
再び舞香の手を取った。
「舞香といいます」
「おお! 素敵な名前ですね」
アレックスは舞香の手の甲に軽く口づけすると、
「今夜、湖のステージ上でダンス・パーティーを開く予定です。ぜひ着飾って参加して下さい。わたしと一緒に踊りましょう」
自分の胸に手を当てて陶酔したような表情で舞香を見つめた。
その様子をアレックスの取り巻きの女性陣が嫉妬の炎をメラメラと燃やして見つめていたけれど、虎太郎のはらわたもグツグツと煮えくり返っていた。
殺伐とした雰囲気を察したのか、舞香は虎太郎のことを横目で見ながら、
「は、はい。時間があればぜひ」
「お待ちしています。それではまた。お付きの……男性もそれでは」
アレックスは虎太郎に勝ち誇ったような笑みを向けて去って行く。
「クソッあいつ!」
声が届かない場所までアレックス一行が離れたところで虎太郎は悪態をついた。
「何が勇者だ、いけすかねぇ」
な? と同意を求めようと横を見ると、舞香は微笑を浮かべてアレックスの背中を見送っていた。
「おい」
目を覚ませとばかりに舞香の目の前で虎太郎が手を叩くと、
「え、何?」
舞香は驚いて虎太郎の方を振り向いた。
「あのなぁ……俺の話、聞いてた?」
「ごめん、聞いてなかった」
虎太郎はため息を吐きながら、アレックスの方へ顎をしゃくる。
「いけすかねぇ奴だなって」
「そう? 悪いひとではなさそうだよ」
「そりゃ、勇者と名乗るぐらいだから、悪者ではないだろ。俺が言いたいのはそうじゃなくて」
舞香は不思議そうに虎太郎を見つめる。その様子を見て虎太郎は、
――そうだ。舞香は病室で過ごす時間が長かった。イイ男と悪い男の見分けもつかないんだ。俺が守ってやらなきゃ。
そう思った。
「どうしたの?」
首を傾げる舞香に、
「いや、何でもない」
虎太郎はそう返しつつ、アレックスがまた来ようものなら、もう馴れ馴れしくはさせないぞと心に誓った。