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ダークソード・オンライン  作者: 相羽笑緒
2/21

誕生日プレゼント

桜並木が続く道を自転車で疾駆して病院を目指す。虎太郎にとって通い慣れた道だ。

携帯電話が鳴る。佐伯麗子(さえきれいこ)から「早く!」と催促するメッセージが届いている。

「わーってるよ」

虎太郎はニヤリと笑い、ペダルを漕ぐ足にグッと力を込めた。

病室に入ると、ポンッという控えめな破裂音と放物線を描いて飛んでくる紙テープの束に迎えられた。

「誕生日おめでとう!」

麗子と村上翔悟(むらかみしょうご)に迎えられ、

「主役が何で遅れてんのよ」

麗子に詰られながら、虎太郎は窓際のベッドを見る。そこには、今日のもうひとりの主役である舞香が、パーティー用の三角帽子をかぶって照れくさそうな顔をして、枕を背に座っている。

虎太郎と舞香は誕生日が同じで産まれた病院も一緒。保育器だけでなく退院してからも、つまり家も隣り同士。数時間だけ産まれるのが早かった虎太郎は、マイペースで病弱な舞香のことを双子の妹のように感じていた。

ふたりは同じ私立の小学校に通い、幼稚部から在籍している麗子と翔悟とは、一年生の時に同じクラスになって以来の付き合いだった。

「悪い。バイトで残業頼まれちゃって」

虎太郎は高校に入学した昨年からバイトを掛け持ちしていた。

「自分の誕生日にもバイトしてんの? でも、これからはその必要もなくなるよ。ね?」

麗子は意味ありげに微笑みながら翔悟に目配せする。

「ゴールデンウィークは、ふたりで羽を伸ばしてこい」

「これ、わたしと翔悟からのプレゼント」

麗子はカバンの中から金色のカードを取り出した。

「それって、もしかして……まさか?」

虎太郎は絶句してしまう。

一年前に本格的にサービスを開始して以降、超人気化して激しい争奪戦が繰り広げられている、MMORPG『ユグシア』の入場チケット。虎太郎が喉から手が出るほど欲しているものの、抽選でことごとく落選し続けていた。

「そのまさかだよ。プレミア中のプレミア」

「社長令嬢のコネをなめないでよね。親友ふたりの華のセブンティーンを祝して、ちょっと本気を出してみただけのことよ」

麗子の父親はグローバル企業の会長を務めている。正直、『ユグシア』のチケット入手のコネがあるのではないかと、虎太郎は今までに何度か頼もうとしたことがあった。それでも思いとどまったのは、麗子から告白されて振ってしまった後ろめたさがあるからだった。

腰に両手をあてて、自慢げな顔をしていた麗子だけど、

「まあ白状すると、『ユグシア』のチケットは取れなかった。その代わりに、『ニーベリア』っていう新しいエリアを使わせてもらえることになった。ベータテストっていうの? そのエリアにいるのはAIのキャラだけだから、のんびり過ごせるって」

といって相好を崩し、

「もちろん旅行者登録で魔物も出ない。猪突猛進タイプの虎太郎に武器の携帯許可なんかもたせたら危なっかしいもんな」

翔悟がフォローした。

『ユグシア』にはふたつの登録方法がある。武器の携帯許可をもたない旅行者は魔物が出ない安全なエリアで過ごし、もうひとつは冒険者として登録。魔王を倒すべく魔物と闘いながら成長していく本格RPGの世界観を体験することになる。

現実世界に反映されないとはいえ、『ユグシア』内では痛みや恐怖といったものをリアルに感じる。その生々しさに精神がやられ、現実世界に戻っても病んでしまうユーザーが続出したため、旅行者と分けて登録制にする措置が取られた。これがゲーム好きの心に火を点けてブームを巻き起こすきっかけにもなった。

「はい、ふたりとも誕生日おめでとう」

虎太郎と舞香は麗子から入場チケットを受け取った。

「お前らホント、何て言ったらいいか……」

虎太郎は感動と感謝で言葉を詰まらせる。

「おいおい泣くなよ」

翔悟がツッコみ、

「舞香、あまりうれしくなさそうね」

麗子は不満げにそう言った。

虎太郎が舞香の顔を見ると、確かに沈んだ表情をしていた。

「どうした?」 

虎太郎が訊くと、

「あ、ごめん。ありがとう。プレゼントはうれしい。ただ……」

舞香は言い淀んでしまう。

「何よ、言いたいことがあるならハッキリ言ってよ」

噛みつく麗子を翔悟が抑える。

「まあまあ。どうしたの?」

「手術のことか?」

虎太郎の言葉に返事しなくても、その表情を見れば、舞香の懸念がそこにあるのは一目瞭然だった。

舞香は小学校六年生の時、学習発表会の演劇中にセットが倒れてきて、その煽りを受けてステージから落下。脊椎損傷して下半身不随になった。合併症を起こして何度も入退院を繰り返していて、高校は通信制に切り替えた。

長年、舞香を苦しめてきた下半身不随が、電気パッチの移植手術で治るかもしれない。

その情報を舞香の母親から自分の母親伝いに虎太郎が聞いたのは昨夜のことだった。すぐさま「よかったな」と携帯電話にメッセージを送っても返事がこないことを虎太郎は気にかけていた。

「不安なのか?」

虎太郎は舞香の顔が真正面から見える位置に移動した。

「うん……」

舞香は虎太郎の視線から逃れるように俯く。

「治るかもしれないんだぞ」

「もし治らなかったら? また絶望するんじゃないかって。それが怖い」

チケットを持つ舞香の手が震える。

虎太郎は、事故後にふさぎ込んでいた舞香の姿を思い出して胸が苦しくなった。それまでは天真爛漫な性格だっただけにギャップが大きかった。徐々に笑顔が戻ったけれど、今でもどこか翳を感じる時がある。

麗子と翔悟も当時のことを思い出したのか口を噤んだ。

「たとえ手術が上手くいっても、辛いリハビリが待ってる。普通に歩けるようになるまでどれくらいかかるの? その間にみんなはどんどん成長していっちゃう。その差は一生埋まらないんじゃないかって思うと辛いよ」

舞香の震える手に涙が落ちる。その手に麗子がハンカチをそっと置いて、

「だからこそ、ニーベリアに行くべきなんじゃない? 向こうの世界だったら、舞香も自由に走り回れる。わたしたちが普段そうしてるようにリアルにね。その感覚を知れば、手術に前向きになれるんじゃない?」

舞香の頭を撫でる。

「それに、景色を眺めてるだけでもリフレッシュできると思うよ」

翔悟がカバンの中からタブレットを取り出して、

「ほら」

と画面を見せると舞香の表情が和らいだ。

「俺にも見せろ」

虎太郎は舞香の横からタブレットを覗き込んだ。

その画面には、新緑に包まれた山とレンガ造りの家々に囲まれた、透明な湖が映っている。水があまりにも澄み切っているため、湖面に浮いたボートが湖底にキレイな影をつくり、まるで鏡合わせのようになっている。

「キレイ」

思わず、というように舞香は感嘆の声を漏らす。涙はもう止まっていた。

「開発ディレクターと話す機会を麗子がつくってくれてさ。世界遺産レベルに美しい湖畔の街がつくれたと自信満々に語ってたよ。実際、ここまでリアルで美しい景色を表現するのは並大抵のことではないと思う。プログラマーとしてナマで体験したいのを我慢してる僕の気持ちも汲んで欲しいな」

翔悟はタブレットをカバンの中にしまい、舞香に悪意のない微笑みを見せた。

翔悟はゲームの国際的なプログラミング大会で何度も優勝して、同世代の中では天才の名を欲しいままにしている。そんな才能の塊が絶賛するのだから、とんでもなくハイクオリティーな世界が構築されているのだろう。

「ごめんね。わたし、自分のことしか考えてなくて」

舞香は麗子と翔悟に深々と頭を下げると、微笑みながら顔を上げた。

「ふたりからの誕生日プレゼント、大切に使わせてもうらね」

「約束だよ」

麗子が小指を突き出すと、舞香だけでなく翔悟と虎太郎も小指を絡ませて指切りげんまん。虎太郎は、舞香の小指の力が弱々しいことに気づき、

「俺が責任をもって子守りしてやるから安心しろ」

元気づけるつもりで言った。

「またすぐそういうこと言う」

舞香がむくれて病室に笑い声があふれる。一緒になって笑う虎太郎だったけれど、ニーベリアへ行くには最大の難関があることを忘れてはいなかった。


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