プロローグ
満月の夜、湖畔に設置されたパーティー会場の客席には血まみれの死体が折り重なり、月明かりに妖しく照らされている。
その光景を見下ろすステージ上では、血に染まったドレスを着た神楽坂舞香がひとり、うずくまって泣いている。舞香が手に握りしめている黒い剣は、刀身の真ん中が赤く不気味に発光している。
やがて秋月虎太郎が駆けてきて、舞香を驚きの目で見つめた。
「舞香、これは――」
「近づかないで!」
舞香が叫ぶ。けれど、その言葉とは裏腹に、黒い剣に引っ張られるようにして虎太郎に近づいて来る。黒剣の赤い発光体が舌なめずりしているように見える。虎太郎は恐怖で身動きがとれなくなった。
「早く現実世界へ戻って!」
舞香はそう言いながら、黒剣を構えてにじり寄って来る。
「お前はどうなるんだよ。一緒に戻るって、ちゃんと最後まで付き添うって、おじさんとおばさんに約束したんだ」
「わたしのことは放っておいて! 早く現実の世界に戻ってくれないとわたし――」
舞香は黒剣を上段に構える。月の光に照らされて、黒剣は艶めかしく光った。
「コーちゃんを殺すことになっちゃう」
そう言って舞香が黒剣を振り下ろす姿がスローモーションになり、虎太郎の頭の中では過去の記憶が蘇った。
――これが走馬灯ってやつか。
蘇った場面は数日前のものだった。このMMORPG『ニーベリア』の入場チケットを手に入れたあの日。虎太郎は、舞香に思うまま自由に走り回る体験をさせてあげられると心弾ませた。それがまさか、こんな事態になるとは夢にも思わなかった。
舞香が振り下ろした黒剣は、虎太郎の頭のすぐ上まできている。
舞香が何か叫ぶも、虎太郎の耳には聞こえない。ただ死を覚悟して瞼を閉じた。