9.名義貸し
「聞き間違いかな? 俺を王にする的なニュアンスのそれが聞こえた気がしたんだけど」
「そのように申し上げました」
神妙に頷いたモロウの胸をぱんと叩く。モロウは嬉しそうだった。
「……どういうことだ? お前が新王になるんじゃないのか」
「それだと国民が不穏を嗅ぎ取ってしまいます。王都は一見平和ですが、その実危ういところで均衡が保たれている状態。そこにクーデターが既に起こっていたことを知れば、愚王が消えたのを喜びこそすれ血生臭い新王を歓迎はしないでしょう」
「そうかな? 今だってお前の政策はウケているみたいだし、案外どうとでもなりそうだけど」
「ええ、いずれはそうなるでしょう。しかし僕が受け入れられるそのときまでに致命的な事態にならない保証はどこにもないのです。そこで」
「そこで、俺が王に?」
なんでそうなるのかわからない。と俺の顔に書かれていたのか、モロウの後ろからダンバスがぬるっと出てきた。
「発案はワシですじゃ。イデア様にはクーデターを起こした犯人を討ち取った英雄となっていただきたい」
当たり前のようにこの人も様付けで呼んでくるのか、というのはともかく。なになに? ちょっと話がこんがらがってきたぞ。
「つまり、モロウを件の犯人として告示した上で、俺がそれを倒したと国中に発表するってことか?」
「犯人の実像は具体的にしなくてもよろしいでしょう。重要なのはそこまでに何があったかではなく、イデア様が統治されるということなのですじゃ。現政策を維持し、より良く国を豊かにする。あなた様がそう宣言されるだけで国民は納得し、安心ができる」
そんな馬鹿な。なんだかドッキリにかけられているような気分になってきた俺だけど、モロウもダンバスも冗談を言っている感じではない。むしろ怖いくらいに真剣そのものである。
「……俺ってそんなにネームバリューあるの?」
「そう言ったはずですが」
訊ねてみればセリアは何を今更とばかりに肯定した。これは……認識にちょっーと齟齬があったかも。セリアたちの常識は俺にとっての非常識。逆もまた然りではあるのだが、とにかくそのせいで俺にはまだ理解が足りていなかったらしい。
「王族・貴族を粛清した者と同一人物ではないというだけで新王への印象は異なります。そこに加えてイデア様が君臨なされるともなれば、もはや不満や不安の声などどこからも上がらないでしょう」
「そうかな……そうかも?」
御伽噺の登場人物扱いされている俺がひょっこりと出てきて「今から王様やります」と宣言するのは、確かにものすごいインパクトを国民に与えるだろうな。また御伽噺とは言いつつも半々の割合で『始原の魔女』の実在が信じられているというのもポイントだ。これで誰も信じてくれていなければ、そう名乗っても単なる悪ふざけとしか受け取られないわけだし。
そしてそれ以上のポイントとなるのが、『始原の魔女』に対してそうそう文句はつけられないってところだ。や、俺が敬われているとか恐れられているとかじゃあなくて、単純に何を言えばいいのか思いつかないだろうって意味でね。
「勿論、実際に政策の施行を行うのはこれまで通りワシとモロウ殿ですじゃ。しかし王座にはイデア様が就き、皆へここがあなた様の統治下であると強く認識させること。これが叶えばなんの憂いもないですじゃ」
モロウもダンバスもやけに自信満々に断言してくるものだから、こっちも段々信じてきてしまうな……まあ、魔法使いとしてはそこそこでも為政者としては間違いなく才人の二人が揃ってこう言うんだ、俺の名が使えることで得られる恩恵もきっと色々とあるのだろう。門外漢の俺にはちょっとよくわからんけれども。
しかしそうか、俺は名前を貸すだけで実際に国を治めるわけではないと。それだったらなんというか、別に実害もないし。貸してもいいかなって気はする。要するにただの名義貸しだし。……ただの、と言うには国が対象である以上ちょっと大きすぎるものの、規模はともかく実態としてはどこぞの小さな店の名ばかりオーナーとなるのとなんら変わりない。
「で、セリアもこれに賛成なのか?」
「──妙案だとは、思いました。私も官僚としての能は持ち合わせていないので国の先々を正しく見通すことはできません……ですが。少なくともこの今において、イデア様の助力があれば国民が安心を手に入れられるというのは確かなことです」
「ん、そっか」
国を動かす側じゃない彼女なら多少意見も違うかと思ったが、意外とそうでもない様子。これは国民が俺に対してどう感じるかのモデルケースにもなるかもしれない。
迷うところではあるが……後始末まで付き合うと口にしてしまったからなぁ。頼みが想定を超えたものになってしまってはいるけれど、ここでそれを反故にするのもなんだかカッコ悪いかな。いや断る権利はあると思うけどね? あるとは思うけれど、実際にそうしてしまったら伝説の魔女などと持て囃されているだけに非常に情けなくなってしまう気がする。知らんけど。
──それを別にしても、この話を受けることで俺にも一応のメリットがないわけではない。
「俺からも条件がある。それを守れるなら名前を貸してもいい」
「なんなりと仰ってください」
「そう大したことじゃないよ。そうだな、まず訊くがこの国に死刑制度はあるか? なければ作ってほしい」
「死刑制度ならありますぞ、イデア様。それが罰として相応しい凶悪犯は当然に処刑が行なわれるのですじゃ」
「ならいい。俺の要求は『死刑囚の確保』だ。できればこの王城にでも集めておいてくれたら助かるんだが、できるか?」
「ここには地下牢もありますので、地下全体を改築すれば十分に可能でしょう。……しかし、国の全土から集めるのですか?」
「難しいか」
「いえ! 必ずや実現させます。他にはどのように?」
「いや、これだけ。……ああ、付け加えると囚人たちは勝手に殺さないようにしてほしい。生きたまま運ぶのが難しいようなら最悪死なせてもいいけどさ。条件は以上だ」
言い終わった俺にモロウもダンバスも「それだけか」というような顔をした。なんだろう、まさか山ほどの金銀財宝でも欲しがるとか思っていたのだろうか。あるいはもっと無理難題を吹っ掛けられると予想していたか。
どんなに難しい要求でも応えてみせると意気込んでいただけに、肩透かしを食らった気持ちなのだろう。
「では、決定ということでよろしいのですか?」
さっきまでの自信はどこへやら。いざ最後の確認を取ろうという段階でモロウは恐る恐るそう訊ねてきた。その不安を隠してプレゼン中にあれだけの仮面を被れるとは、つくづく政治家向きだな。ちょっと笑ってしまった。
「いいよ、好きにやってくれ。俺は俺で少しやりたいこともあるし」
「やりたいことですか? それはどのような」
「うん。まずは……モロウが生まれた村がどこにあるのか、教えてくれ」
◇◇◇
「囚人をどうなさるおつもりですか」
馬車で向かい合ってしばらく、不意にセリアはそう口にした。その途端に車窓の景色が上下した。大きめの石でも跳ね上げたか……しかし車内に揺れはほとんどない。素晴らしい衝撃吸収性だ。車輪と胴体の接合部や座席の下にでもそういう機構があるのだろう。最初に乗った馬車にも驚いたが、これはちょっと次元が違うな。さすがは放蕩王族の専用車だ。こういう部分でも贅沢に余念はなかったようである。
金ぴかで趣味の悪かった外装はとりあえず塗料を塗りたくることで黒にした、のはいいけれど成金感は薄れたものの大きくてごつい物体が真っ黒になると威圧感がすごくて、そこはちょっと改良の余地があるかも。まあそこは急ぐことでもあるまいね。
ちなみに、馬車を引いているのは馬ではなかったりする。その正体は馬型の動く石像である。ダンバスが自作したものらしく、昔から王族馬車はこうして御者いらずで移動していたらしい。他にも馬のための世話や休憩だっていらない。その利便性に俺は素直に感心したけれど、王族らは馬の見た目が灰色で貧相だとご不満だったとか。どんだけだよ。
無尽蔵の体力で駆ける動く石像の馬の進行速度はかなりのものだ。ノンストップだし、シンプルに足も早い。けれど最高速では走らせないようにしてある。それだけのスピードを出してしまうとさしもの王の馬車も衝撃を吸収しきれないからだ。
っと、俺専用になった馬車に想いを馳せるのも程々にしてセリアの疑問に答えてやらないとな。
「気になる?」
「はい」
あくまでも興味本位ですが、とセリアは用心深く付け足した。仮に囚人へ何をする気であってもそのことに言及はしない。という意思表示だろう。
「硬いなセリアは。もう少し砕けてくれたら教えてもいいんだけど」
「それは……私には難しそうですね」
困ったように笑って、それ以上は詮索しようとしなかった。正しい。個人的には踏み込んでくれてもぜんぜん構わないのだが、セリア側が俺に対する一線を引いていることを示すためにはこうする他ない。なので、こちらから少しだけ越えようか。
「ちょっとした実験をしたくてね」
「実験、ですか」
「うん。その内容は秘密だけど」
律義に「教えていただきありがとうございます」と礼をしたセリアは、やっぱり何も訊こうとはしてこなかった。これじゃあ目的地に着くまで退屈してしまいそうだ。でも、たまにはそういうのもいいかと思ったから俺も馬車に乗り込んだのだ。ただ目当ての場所に行くだけなら例のトーテムを持たせたセリアを先行させればいいだけだからね。
目当ての場所。それはもちろん、モロウとその母が生まれた彼の地だ。
俺はそこに、かつてモロウへとそうしたように──エイドスの魔力をぶち込んでやるつもりでいる。