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89.星付き

 ステイラバートのカフェテリアは年中無休だが、休講日以外は学年によって利用時間が区分されている。一回生から四回生、五回生から八回生、九回生から十二回生の分け方で基本的には数字の若い順から早い時間帯とに指定されている。しかし九回生以上となると生徒の総数も少なくなってくるので、日によって彼らの利用時間が無制限であることもままある。ただし、いよいよ強制卒業ないしは特別措置まで後がない彼らのことをハイミスやオールダーなどと言って『行き遅れ』にかけて揶揄する口さがない一部の者もいるので、その視線を嫌って上級生の中にはカフェテリアや図書館等の公共の場でも決まって個室しか利用しないという生徒も多い。


 まだ三回生でありそんな悩みは欠片も持たないショー、メル、イーディスの一行は特に何を気にすることもなく、気兼ねなく昼食を食べにカフェテリアを訪れていた。それぞれ好きに選んだメニューをトレーに乗せて三人並んで座るための席探しを行い、今日は景色のいいところにしようかと思い立ってバルコニーのほうへと足を向けつつ、移動最中に彼らは口のほうも動かして止まない。


 それにしても、と前を行くショーの背中に対してメルが言った。


「ショーって本当に先生を怒らせるのが好きだよねー。日に二回も、それに午前中だけで同じ先生に叱られるなんて信じられない。トリオルくんとミッドくんにも謝っておいたほうがいいよ」


「バカ、目を付けられたのはそもそもあの二人のせいなんだぞ。俺のほうが謝ってもらいたいぐらいだっての」


「あ、人のせいにしてる。よくないんだ」


「だって本当のことだ。それにそんなこと言ったらメル、お前だってさっきの授業で杖を折っちゃって注意受けてたじゃないか。俺と変わらないだろ」


「あれは事故だよ! わざとじゃないんだから全然違うもん」


「俺だってわざとじゃねーよ! あいつらが変なことを言ってくるもんだから……」


「変なことって?」


 それは、と返事に詰まるショー。振り返った彼の目にはあどけなく首を傾げるメルと、落ち着いた笑みを見せるイーディス。種類の違う魅力を持った二人の女子が映る。太陽と月を独り占めしている──トリオルの言葉のせいで自分は妙に幼馴染たちを意識してしまっている。そう理解したショーは「なんでもない」と努めて平静を演じた。


「いつもの馬鹿話だ。どうでもいいことさ」


「えー? なんか嘘っぽい。私たちに何か隠してない?」


「か、隠してないって」


 なんでこんなときばっかり勘が鋭いんだよ、と内心で慌ててしまったのがよくなかった。後ろから付いてくる彼女たちに意識を割き過ぎていたせいで、ショーは前方への注意が疎かになっていたのだ。


 ドン、と誰かの肩とぶつかる。その反動でトレーを落としかけたショーはぶつかった相手と一緒にわたわたとバランスを取り直す。どうにか食事を床にぶちまけずに済んだ両者は同じタイミングで安堵の息をついてから、互いに相手を見やって。


「げ」


 しまったとショーは己が失敗を悟る。トリオルたちに言われたばかりだというのに周囲に気を配るのを忘れていたこと。謝罪よりも先につい「げ」と言ってしまったこと。そして何より──。


「おやおやおや、誰かと思えばやっぱりお前だったかショー・ルーダン。前を見ずに歩く不躾な奴なんてこの栄えあるステイラバートで他にいるはずもないものな……ふん」


 薄い眉を上げて、爬虫類を思わせる細く切れ長の目を皮肉げに曲げて冷笑を浴びせてくるその少年の名はリンドール。『本科』の生徒である。


 同じ三回生ながらに、ショーたち普通科の生徒が彼やその友人たち本科生と顔を合わせる機会は滅多にない。だが稀に行われる多クラス合同の特別講義やこういったオープンスペースでは当然なが彼らとも空間を共有することになる。そこで本科と普通科の間で丁々発止の展開が繰り広げられるのはそう珍しいことではなく、そしてショーはその原因が全て、普通科を見下した言動を取る本科の生徒にあると考えていた。


 特にこのリンドールという少年は、本科の証である星付きのローブを大層に見せびらかしながら度々自分に絡んでくる不倶戴天の敵でもあった。それだけにショーは彼の嫌味に対し強く反発を覚えた。


「前を見てなかったのはお互い様だろ? なのに一方的に人のせいか。相変わらず星付きは自分のことを棚に上げるのが得意だな」


 む、とリンドールの眉根が寄った。効果的な反論ができたらしい、と彼の苛立ちからそれを確信したショーが笑みを浮かべれば、ますます憤ったようにリンドールは目付きを険しくさせた。


「減らず口を。今日も今日とて女子に世話を焼かれている男の言うことは違うな」


「なんだと?」


「いやなに。そうやっていつも女子を引き連れて大きな口ばかり叩くような真似は、逆立ちしたって僕にはできないと感心しているのさ」


 肩をすくめたリンドールの言葉に、彼の連れが聞こえよがしに笑い声を上げる。──普通科よりも数の少ない星付き同士で常につるんでいるのはそっちだって同じじゃないか。リンドールの言い草にかちんときたショーは、そう言い返そうとしたところでふと授業前の一幕を思い出した。


(俺がメルやイーディスと仲良くしてるのを、他クラスの男子は妬んでるってトリオル言ってたよな。ってことはもしかして──)


「まさかお前、俺が羨ましいのか?」


「なっ、」


「そういやいつも男子だけだもんなお前たちって。なんだよ、だったら恥ずかしがってないで素直に言えばいいのに。メルとイーディス、どっちが好みなんだ? なんだったらこれから一緒に昼飯食うか」


「っ……!」


 勿論、ショーには本気で彼と昼食の卓を囲むつもりなんてない。皮肉を返しているのだ。普段はリンドールのほうが得意なそのやり口を慣れないながらにやり返してみたのだが、効果のほどは期待以上にあったようで。


「ふ、ふざけるなよ。普通科如きがこの僕をコケにするつもりか……! そもそもお前たち普通科が何故ここにいる、バルコニー席は僕たちのような優等生だけが使える場所だ!」


「そんな決まり校則にはないだろ! お前ら星付きが威張りくさって勝手なルールにしてるんじゃないか!」


「そうとも、本科生がルールを作るのは当然だ! 僕たちの家がどれだけこの学校を支援してやっているか知らないだろう? それはもう、お前たちの想像も及ばないような額を寄付しているとも! 率先して良い席を使うべきがどちらなのかは火を見るよりも明らかだと思うがね……ショー、お前のような劣等生にはこれだけの物を考えるのも難しいかな?」


「リンドール……!」


 あからさまな侮辱の言葉に憤るショーだったが、今度ばかりは反論が思いつかなかった。寮費に臆するような自分の家とは違って、エリート一家の生まれであるリンドール(の親)が払う学費、そして善意の寄付がステイラバート運営の一助となっていることは事実。


 彼だけに限った話ではなく本科生の保護者は全員が例外なく学費のみならず少なくない支援金を毎学期見繕っている。それだけに本科生を金で買った立場だとして陰口をたたく生徒もいるが、しかしリンドールが自負する『優等生』という肩書きも決して大言などではなく、本科所属の者は一様に同学年の普通科生よりも遥かに成績が上である。故にリンドールの偉ぶり方にもそれが叶うだけの根拠があることになってしまい、否定する材料も持ち合わせがないために困ってしまったショーだったが。


 ──くつくつと。リンドールの冷笑よりもなお冷ややかなゾッとするほどの冷徹さで笑う声がした。


 思わずリンドールと共にぎょっとしてそちらを向けば、急に始まった喧嘩に戸惑うメルのすぐ後ろで、口元に手を当てて俯くイーディスの姿が目に入った。下を向いているためにその表情は確認できないが、しかし彼女の笑いのツボが刺激されていることはその揺れる肩から明らかだ。そして現状からして、笑われているのが誰なのかはそれこそ火を見るよりも明らかだった。


「……どうして笑っている? イーディス・ジェンド。僕は何か君を楽しませるようなことを言ったかな?」


「ああ、うん。気に障ったのならごめん。でもあまりにもお笑い種だったからさ」


 言いながら、ゆっくりと顔を上げたイーディスと目が合って。そのあまりに深く黒い色味にリンドールは一瞬呆けた顔をしたが、プライドの高さからか間抜け面をすぐに取り払い、気を取り直して訊ねた。


「いったいなんのことだ?」


「だって優等だの劣等だのと。そんな優劣を付けて何か意味はあるのかな? この場にいる誰もが、魔法使いを目指す段階にあるひよっこもいいところじゃないか」


「ああそうとも、僕たちは等しく魔法使い見習いだ。だが見習いたるこの時点でも既に覆しようのない差があることくらいは……普通科にしては聡いらしいと評判の君なら、承知できているのではないかな?」


「いいや。リンドール君が信じているほどその差は絶対的なものじゃあないよ。それに差があったところで、それがどうしたっていうんだ」


「なんだって?」


「わからないかな? 例えるなら、そうだね……多少体が大きいくらいで小動物が小動物を見下している様を見て、人はそれを微笑ましい光景だと笑うだろう。そうやって本当に大きな生き物から見下ろされていることをいじめっ子の小動物は自覚しないし、できないわけだ……ちょうど今のリンドール君のように」


「僕が……そんな情けない小動物だと? そして君はそれを見下ろす側だとでも言いたいか、ジェンド!」


「ん、それは食堂の入口からこっちを見ているあの教師を指して言ったつもりなんだけど。リンドール君がそう受け取ったのならそういうことでもいいよ。実際のところ、本科と普通科にそう大した違いはないと思うし……」


「ふん! そうかそうか、あくまでその理屈を正しいものだと言うのなら──それを実際に証明してもらおうじゃないか!」


 証明? とイーディスとショー、それからメルも口を揃えて呟いたことに何故だか非常にイラっとしつつも、リンドールは大きく頷いた。


「誰の目にもわかりやすく! 僕たちの優劣は魔法の腕前によって白と黒を決めよう……即ち『決闘』だ!」



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― 新着の感想 ―
[一言] こういう学園に潜入?する話が好きなのでワクワクしますw
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