表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/277

85.魔法国への潜入

「お待ちを。あのようなことがあった直後に単身で国を出られるつもりなのですか? それはいくらなんでも危険が過ぎるのでは……」


「バーンドゥの言う通りです、イデア様。そうでなくとも魔女が別の魔女の支配域へ赴くというのは滅多に見られないことのようですし、もしもクラエルなどにそれが知られたらどのように受け取られるか、またどう利用されるかもわかったものではありません」


 うむ。まあ、それはそうだね。


 まずもって俺がここを離れるというのは、俺自身の安全の意味でも、そしてこの国の安全の意味でもあまりよろしくはないことだろう。何せ俺が最高戦力なのだ、それが国を留守にすれば防衛能力が著しく劣化することは否めない。


 事実ディータの襲撃時に俺が城を離れていたとしたらもっと深刻な被害を受けていたはずだ……などと言ってもあいつは俺が呼び寄せた脅威でもあるからして、この手で撃退してやったぞなどと自慢するわけにもいかないのだが。なんにせよ、ディータを他の脅威に置き換えて考えてみた場合俺が城に詰めているかどうかで話はだいぶ変わってくる、というのは確かなことである。セリアが渋い顔をするのも当然だ。


 そしてモロウが付け加えた懸念もよくわかる。ディータの激しい怒り様。南スエゴスに対する配慮でやったつもりの行為が『魔女会談マレフィキウム』の十二箇条を破っているという言い分。それらのことから地方線の有する本質についてもその輪郭がぼんやりとだが見えてきているところだ。俺が東方を越えて活動するのは魔女会談からしても、そして会談の反応を憂うセリアたちからしても歓迎できることではないのだろう……そのことは承知しているのだ、けれども。


「ただでさえ釈明の機会を待つ身、魔女から妙な視線を浴びるような行為は慎むべきだと言いたいんだろう? でもそれはもうとっくのことなんだよ。そもそもの話をすると、だ。まずもって現状、俺に監視がついていないと思うか?」


「……!?」


 俺の言葉に愕然としたセリアとモロウは、それから厳しい目付きで周囲を見回した。それはまるでこの部屋のどこかに監視カメラないしは透明人間でもいて俺たちをこっそりと見張っているとでも疑っているかのようであったが、もちろんそんなはずもなく。


「悪いけど証拠はないよ。俺自身、魔法的な意味でもそれ以外でも一切監視者の気配を感じ取れていない……だけどなんとなくピリつくんだよね。肌が」


「肌、ですか」


「うん。肌感覚、としか言いようがない。あるいは第六感ってやつなのかな? ともかく考えてもみてくれ。クラエル始め他の魔女からすれば俺とディータはルールを守らずに喧嘩した問題児だ。それぞれの言い分を公の証言とするための次回会談までの半年の間に、その問題児たちがまた新たな問題を起こさない保証はどこにもないわけでさ」


「つまり……クラエルからすればイデア様とディータの動向を見張ることは当然の処置であり、なおかつ避けられないものでもあるということですか」


 セリアの理解にその通りだと頷く。保護観察、とはまたちょっと言葉の意味がズレているけれど。しかし限りなくそれに近い状態に今の俺が置かれていることはおそらく間違いない……証拠はなくとも根拠はある、といったところか。まあ物証がない以上全部思い違いに勘違いである可能性も否定し得るものではないのだが、けれど二人からは一定の賛同が得られた。


「監視の目はあるものと考えたほうがいいやもしれません……仰られる通り魔女クラエルがそれをしない理由がない。如何なる手段かは別にしても、それがイデア様の設置したこの王城の防衛機構を掻い潜れるほどのものであることは少々信じ難くもありますが……」


「ああ、別に何もかも丸裸にされているってわけじゃあないと思うよ。ディータの件で俺も反省して、第二居館の守りにはもっと力を入れたからさ。侵入者はもちろん、透視や盗聴の呪文、それから大火力での奇襲にもここは耐えられるようになっている。そう設計したつもりだ」


「……? でしたら外部者がイデア様に対して監視の目を向けることは実質不可能なのではありませんか?」


「ん。だからまあ、俺個人じゃないってことだね。見られているのは」


「なるほど……僕たちも含めた城の全体、あるいはイデア新王国そのものが監視対象だということですね?」


 モロウの言葉に俺は再度肯定で応える。まさしくそうだろう。国に限らず如何なる組織も運営していない様子のディータはともかく、一応は国王の肩書きを持つ俺をクラエルが見張るとして、その場合見ておくべきは俺一人だけに留まらない。


 俺の臣下も、国民も。もっと言えば新王国と結託している他の国々──つまりは東方全体が監視対象であってもなんらおかしくはないのだ。『俺の動向』を見るというのはそういうことになる。我ながらあまりに広い影響力を持ってしまったものだと呆れるが、たぶん他の魔女にだって同じようなタイプはいることだろう。いたからなんだという話ではあるが。


「しかし、ならば尚のこと理解しかねます。監視の目が実在するとして、そしてそれが遠見や透視のようにイデア様を常に目視する類いのものではなかったとしても。やはりイデア様の動きにこそ最大の注意を払っていることは確実でしょう。その厄介な事実を知りながら何故あなた様は国の外、だけに留まらず、東方圏の外部にまで赴こうとされるのですか?」


「そうする必要があると思うからだよ。二人にはピンとこないだろうが、魔女会談を探りたいなら各地方の情報を集めるよりもこのやり方が手っ取り早くて旨味があると確信している。魔法国家メギスティン、だっけか。中央圏にあるその国でどういった具合に、どれだけ革新的な魔法研究がなされているのか。それを知ることが俺にとっては第一歩になる……魔女による支配と統制の実態を詳らかにするためのね」


 以前にも述べた俺の予測と世界との乖離。思ったよりも発展していない魔法という技術、その頂きに君臨する明らかに一般的な魔法使いとは技量も練度も桁違いの魔女、そしてそれに仕える賢者。この構造を知って違和感を覚えるなというほうが無理な話だ。


 地方線による分断がありながら大陸全体から見れば新王国同様僻地であることに変わりないセストバルにすらも、魔法国から型落ちの技術が流れてくるという事実。それは魔法国属する中央の支配者であるクラエルの締め付けが緩いから、というのがその理由ではあるけれど。それは裏返せば、他地方への流入の程度すらも魔女の統制下にあるということでもある。なんと徹底的な管理社会か。


 各々スタンスに差はあれど支配的であることに違いはない魔女たちが、どういう意図をもってして会談という一個の集団と相成っているのか。その点も合わせて少しばかり探っていきたいというのが俺の狙いなわけで。


「会談を控えているからには俺が国を出ることを不安に思うのは当たり前だね。けれど、だったら余計に備えが不可欠になるっていうのも道理だろう? なんの手立てもなく会談の日を迎えたんじゃ出向くにしろすっぽかすにしろ、不用心が過ぎるってものだ。こちらから積極的に動くことは必須じゃないかな」


 虎穴に入らずんば、ではないが。けれどそれくらいの気持ちで中央圏というクラエルの懐に飛び込んでいかない限りは、残りの五ヵ月弱というせっかくの猶予を棒に振ってしまうことになること請け合いだ。説得のつもりでそう語った俺に、二人は完全に納得できていない様子ながらも一応の理を認めてくれた。


「それはどうしてもお一人で行わなければならないのですか?」


「そのほうがこっそりとしやすいね、圧倒的に。万が一何かあっても俺一人ならどうとでもなる」


「お留守の間、この国に何かあった際には?」


「それはトーテムでいつでも知れる上に一瞬で戻ってこられる。もし各地の市衛やセリアたちの手に余ることがあれば俺が対処しよう」


「執務が滞ることに関しましては……」


「そこはごめん、ちょっと待ってほしい。何も一月も二月もいなくなるつもりはないからさ。どうしても急ぎのものには代人の権利を使っていいからセリアとモロウで分担して俺の役目を肩代わりしてくれないか」


「それは勿論、イデア様がそうお命じになられるのでしたら僕たちは──」


「イデア様」


 モロウの言葉を遮ったセリアが何やらとても真剣な表情を浮かべているので、俺はちょっとびっくりする。なになに、急にどうしたの。


「一月未満などと言わず、会談の開催まで時間の許す限り魔法国への潜入を行ってください。王であるあなたがそれだけのことをしておきながら、配下である私たちの負担を慮り調査に支障が出ては本末転倒です。国王の秘したる不在は決して易いことではありませんが、私やマニ。そして政務室は必ずや御身のお手を借りることなく乗り切ってみせましょう。ですのでどうか、イデア様は会談への備えにのみ集中していただきたく」


「バーンドゥ……!」


 おおっと。セリアの言葉に俺よりもモロウのほうが大きな反応を示しているぞ。わなつく彼にセリアがちらりと視線をやった。するとハッとしたモロウは、胸に手を当てて俺に言った。


「ぼ、僕も同じ気持ちですイデア様! いいや『同じ』ではなく、バーンドゥ以上にイデア様のご憂慮を不要とすべく邁進する所存であります! どうぞ政務一切をお気になさることなくイデア様のお好きになさってください……!」


「わ、わかったわかった。二人の気持ちはちゃんと伝わっているよ。……じゃあお言葉に甘えて潜入期間は無期限ということにしておこうかな。どのみち会談というタイムリミットはあるけれど」


 でも国のことを任せきりにできるとなれば自由度は段違いだ。潜入、なんて大仰な言い方が似つかわしいものになるかはまったくの不明ではあるけれど。臣下からのありがたい提案とともに許可も貰えたことだし、それでは単身向かってみるとしますか……前々から気になっていた魔法国家メギスティンへ! なんて、旅行気分は良くないんだろうけどさ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ