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83.馬鹿らしい

 クラエルには気付かれぬように。ふん、と小さく鼻を鳴らす。


 ──魔女とは悍ましいものだ。この血みどろの、一見して肉塊も同然の姿でもなお生きている。数時間放置したとてまだ死は遠いだろう。それはもはや『人』なのか?


 そんなことを考えて、そしてミモザは自嘲した。人でないから『魔女』なのではないか。


 無論、魔女特有の生命力。それだけがディータの命を繋ぎ止めている理由ではない。如何に馬鹿げた量の魔力を操る彼女とはいえこれだけの失血と苦痛に耐えられているのは、特有の性質あってのこと。黒鉄。意識を飛ばしながらもそれを体内に巡らせているディータはその力によって肉体機能の補完と止血を行っている。……無意識化でこれだけのことができるのは、猪突猛進と言っては猪に申し訳が立たないほど間抜けなこの少女もまた、円卓に座る権利を持つ者であることの証だろう。


 イデアはディータの死を危惧していなかったように思える。それは彼女の生死を軽んじていたからなのか、それともディータがこの程度では死なないと見通していたからなのか……どちらにしたって人をこうも惨い目に遭わせることができるのだから、そうしておきながらああも平然としていられるのだから。『始原の魔女』もそうなのだ。悍ましい、悍ましい。この世で最も悍ましい七人のうちの一人である。


(まったく度し難いことですねぇ……魔女というものは)


 賢者であるミモザにも始原とは謎多き存在の代名詞。しかしその原因を作っているのは主にクラエルであった。会談を発足させた身でありながら円卓の第二席を預かる彼女は、自身を差し置きイデアを第一席に据えている。その理由を「いない者は端に置いたほうがいい。末席はフォビイが希望しているのだから一の数字を預けるしかなかった」と。まだフォビイが円卓に座す前から会談の責任者を務めておきながら、疑問を呈したミモザにしれっとクラエルはそう言ったのだ。


 ──何を隠している? クラエルとその賢者、そして中央賢者であるオレクテム。この三人は『魔女会談マレフィキウム』と天空議場の設立者にして明らかに異質な者たちだ。破壊的な魔女や享楽的な魔女。このディータも含めてクラエルが問題児と評する魔女は幾人かいるが、ミモザからすれば。我欲に塗れておりある意味ではわかりやすく理解に易しい彼女らよりも、その狙いや隠し事の中身が窺えない責任者一党のほうが遥かに不気味であった。


(そういうところで比べるのなら、あなたはまだマシな魔女でもあるんですけどねー……)


 呼吸が穏やかになってきたディータの、眠っていればただの子供にしか見えないあどけない顔にそっと指を寄せてミモザはやれやれと内心で首を振った。心配なんてしていなかった。イデアに敗北したという彼女の惨たらしい拷問痕を見てもひとつも動揺なんてしなかった……つもりだが。しかしいつもよりも念入りに、丁寧に治癒呪文をかけた自覚がミモザにはあった。


 馬鹿らしい、と彼女は思う。この場で完治させずとも最低限の手当てだけしておけばあとは勝手に、そう時間もかけずに快復する。そうと知っていながら、最低限を過ぎても治療の手を止められないのはどうしてか。……ああ、本当に馬鹿らしい。


 こんな悍ましい者に心を奪われているのが賢者という、その名に相応しくない世界一の愚者であるからして。畢竟、魔女と賢者に支配されるこの世界もまた、ひどく馬鹿馬鹿しいものであることに疑念の余地はない──。



◇◇◇



 もうすぐ終わりますよぉ、と気の抜けたミモザからの報告に思いの外時間がかかったなと思いつつもクラエルは礼を返し、そういえばと傍らのフォビイを見た。


「あなた、賢者にも黙って出てきたのでしょう? 連絡を取っておかなくて大丈夫かしら」


 賢者アルクラッド。主人たるフォビイからの呼び名は『アルくん』。フォビイの生活の全てを管理している彼は休みを希望するフォビイに最後まで会談への出席を促していたようだが、ついにそれを断念して先ほど体調不良で欠席という連絡を中央賢者経由で入れてきた。


 その旨に「幼年学校ではないのだけど」と呆れつつもアビスとトラブルがあったわけではなさそうだと会談の解散直後に知ったクラエルは、アルクラッドを通さずにフォビイへ直接『至急来られたし』の要望を送った。勿論、彼女が会いたがらないアビスは既に議場から退去済みだと知らせることも忘れずにだ。


 滅多にないクラエルからの緊急連絡に、同居しているアルクラッドにも何も告げることなくおっとり刀でやってきたフォビイへ最低限の説明だけして、旧リルデン王国。新名イデア新王国へとクラエルの魔法で跳んだのがついさっきのことだった。


 時間的にはそれほど経っていないとはいえ、仮病で引きこもっているはずの主人が部屋からいつの間にか消えていたとなればアルクラッドは大騒ぎするだろう。それを危惧して問いかけたクラエルに「あ、えっと」とフォビイはたどたどしくも否定を返してきた。


「アルくん、私のために精のつく料理を作るって言ってましたから……きっと今も買い出しの最中だと思います。帰ってきてもすぐ作り始めるはずなので、まだ抜け出したことはバレていないんじゃないかな……」


「精のつく料理って……あなたが仮病だと知っているのよね、彼は」


「は、はい。でもその、嘘をついて休んじゃったことを私が気にしているだろうから、美味しい物を作って元気を出させてやるって……アルくんそう言ってました」


「そう……」


 魔女と賢者の関係性はペアごとにそれぞれではあるが。しかしこうも親子めいた関係であるのはフォビイとアルクラッドを除いて他にはいない。しかも賢者のほうが親の役目を果たしており、その上で相当に魔女を甘やかしている。アルクラッドは真面目一徹の好青年だが、それだけに生活力皆無で色々と鈍いところのあるフォビイとの相性が良すぎて逆によろしくない状態になっているきらいがある。


 そのこと自体に文句をつけるつもりはないが、もう少しなんとかならないものかとクラエルは小さな頭痛の種を感じた。


「まあ、彼に余計な不安を与えていないのならそれでいいわ。でも不在が知られる前にあなたは戻ったほうがいいでしょうね──改めて、急なお願いを聞いてくれて感謝するわフォビイ」


「い、いえ……私もディータさんが無事で嬉しいです。……死んじゃってたら貰おう・・・と思ってたんですけど、えへへ。そうならなくてよかったですよね……」


「ええ、そうね」


 本当に、本当によかった。とクラエルは心の内で付け足す。自身の短慮が招いた結果だとしても、会談の一員であり仲間でもあるディータの末路がそれではあまりにもあんまりだ。フォビイの魔法に囚われるということは即ち──いや、よそう。そうならなかったのならそれでいいではないか。起こらなかった「もしも」に息を吐くクラエルに、フォビイは再び頭を下げた。


「そ、それじゃ私はこれで……今日は嘘で休んでしまってすいませんでした。次は必ず参加しますから」


「次もアビスはいるわよ、きっと。それでも来られる?」


「う……が、頑張りたいです……なるべく」


 なるべく。なんとも心許ない台詞ではあるが、端から諦めていないだけ感心すべきなのだろう。アビスが西方の地にて同じ支配圏に座すフォビイをどれだけ蔑ろに、どれだけ横暴に扱っているかを存じているだけにクラエルはあまり強い言葉を使えなかった。発破をかけるつもりでも気の弱い彼女には逆効果となるのが落ちだ。──それだけならまだしも、もっと危うい可能性もある。


 フォビイもまた、追い詰めすぎてはどうなるかわからないという点において他の魔女となんら変わりのない、極まった危険人物であるからして。


「じゃあまたね、フォビイ。アルクラッドの言うことをよく聞くのよ」


 小動物を思わせる仕草でおかっぱ頭を縦に揺らした彼女は、いそいそと議場を後にした。自分の手で送ってやることも考えたが「緊急時でもない限りはみだりに他地方へ足を運ぶべきではない」というのがクラエルの持論であったため、道中気を付けるようにと告げるだけに留めておく。すると、そのタイミングを見計らっていたかのようにミモザが立ち上がった。


「終わりましたよーぅ、治療。もうかすり傷ひとつありません。どうします、このまま起きるのを待ちますかぁ? 急ぎでしたら気付けで無理やり叩き起こせもしますけどぉ」


「それには及ばないわ。体だけでなく心も休めてほしいから……本音を言えばすぐにも話を聞きたいところではあるけれど、一旦はじっくりと休ませてあげましょう」


「そーですかぁ? じゃあこのまま持って帰っちゃいますねぇ」


「お願い。それと、彼女が自然と目を覚ますまで傍についていてくれる?」


「ん〜……ええまぁ、一応うちはこの人の賢者ですから。そうするつもりではいますのでご安心を~」


「そう、ならよかった。任せたわね」


「はいはい、任されましたよぉ」


 ディータを横抱きにして背中を向けたミモザに、流石に今度こそは自分が送るべきかとクラエルはその旨を伝えた──が、厚意の提案は肩越しの視線によってすげなく断られてしまう。


「クラエル様のジャンプ、クラエル様以外には結構な負担になりますからぁ……さっきまで死にかけだった人を連れてる身なので、ありがたいですけど遠慮しときますね~」


 ──確かに、先ほどはとにかく治療の開始を優先するために『裂け目』を使ったが。けれどあれは怪我人が通るには少々酷な道であることに間違いはない。治療済みとはいえ安静に寝ているディータには少々こたえることだろう。そう納得したクラエルに、ミモザは軽い調子で別れの言葉を口にした。


「じゃあうちもこれで~。半年後にまた会いましょーぅ……予定通りに会談が開かれたら、ですけどぉ」


 ちくりとした含みを残して退出する賢者。それを無言で見送ったクラエルはしばし動かず彼女が去っていったほうを見つめて──それから不意に、誰もいない円卓のほうへ話しかけた。


「どう思う? オレクテム」


「さて、私の口からはなんとも……まずはやはり『始原の魔女』がどう出るか、それ次第ではありませんか?」


 あなた様の賢者からの報告を待ちましょう、と。いつの間にかそこにいた中央賢者オレクテムの言葉に、クラエルはそっと頷いて同意を示した。



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