82.安請け合い
「会談での紹介と仲介、頼んだよクラエル。それからフォビイにミモザも。挨拶が遅れたがこちらこそどうぞよろしく」
出席の言質さえ取れたなら──あとはディータの回収もか──それでよかったのか、さっさと帰ろうとする彼女たちに今後のことも考えてなるべくフランクに声をかけてみたのだけれど。フォビイという魔女は縮こまるばかりで、ミモザという賢者は相変わらず俺から隠れようとしていて、そしてそんな二人を見てもクラエルは何も言おうとしない。結果まともな返事は誰からも貰えず、「それじゃあ半年後に。開催の告知は私名義で送るわ」という簡素な事務連絡だけを残して彼女たちは去っていった。空間の裂け目に入って、だ。
うーむ、これはどういう魔法だ? やったのはクラエルだろう、というのはわかるのだがどういう仕組みなのかさっぱりである。面白い。
何はともあれ大人しく帰ってもらえてよかったな。ここから選手交代しての第二ラウンドが始まるとなれば既にへとへとのセリアたちには相当キツいことだろう。直接参戦しないにしても、心労だけでも充分にね。と思ったのだが、これはこれで種類の異なる心労をかけてしまったようで。
「よろしかったのですか? 『魔女会談』への参加をこのような形で決めてしまわれて……」
「そうです、イデア様。会談の場は他の魔女も揃う危険地帯。奴らがイデア様を誘い込み何を企んでいるか知れたものではありません!」
ん、確かにもっともな懸念だ。セリアやモロウからすれば、そうだろう。だけど俺はそれに首を振って答える。
「安請け合いをしたと言いたいか? まあ、それはその通りなんだけれど。けど二人が思うほど会談にまとまりはないよ……おそらくね。俺を潰すために全員が一致団結、なんてことにはそうそうなり得ないと思う。それに少なくともクラエルに関しては嘘は言っていなかった。『排除』が他にどんな手立ても取れなくなって初めて候補に挙がる最終手段だっていうのは本当だろう。だとするなら、ディータと争ってしまったからにはこの際だ。魔女会談の実態を知っておくのもいいんじゃないかと思ったんだ」
出席しないことにはディータの発言に一方的な信が出てしまうようだし、釈明を求められるのなら俺もしておきたいというのが本音であり。また反対に、ディータを止められなかった会談の存在意義についてもできれば構成員たちの口から釈明を聞きたいところでもある……ま、そこはどうしてもではないけどね。
「しかし……下手人である黒鉄の魔女を有無を言わさず引き取るとは、おおよそ公序に則ったものではありません。これだけのことを奴は仕出かしたのですよ」
と、真っ平になっている居館の跡地とダウンしているマニたちを示しながらモロウが言う。静かな口調ではあるが憤慨している様子だ。意外と仲間想いだな、なんて感心したんだけれど。
「揃いも揃ってあなた様を侮辱しているも同然ではないですか! やはり連中は自惚れているのですよ、高だか歴史に名を残した程度で理想領域という魔法の極致に辿りついているまさしく生ける伝説の『始原の魔女』に対し、甚だ傲慢にもこのような仕打ちが罷り通って当然などと愚昧なことを──」
あ、そっちね。それだけキレている理由は。はいはい。
「待て待てモロウ。クラエルからすればディータの身柄を預かるのはそれこそ当然だろう。ここで介入せずにディータの処分を俺の好きにさせてしまうようなら、魔女会談なんて本当になくていいってことになる。クラエル発足だというルールに関してどちらも守っていない状態だからね……一旦当事者を引き離して後日話し合いの場を設けるというのはベターなやり方だよ。そしてどちらの罪がより重いかを一同で判断して、それぞれの処遇も一同で決定する。私闘や私刑に任せるよりもよほど理知的だろう?」
それに、と俺は言う。
「死人が出たわけでもなし。そして俺はもうディータをそこそこに苦しめた。殺すつもりもなかったし、むしろ引き取ってもらえて楽ができたと思っているくらいだよ」
◇◇◇
「もー! クラエル様あんまりですぅ!」
「仕方がないわ。場合によってはあの場ですぐに治療を行う必要だってあったのだから」
「同行したのは納得済みですよぉ? でもうちの名前まで言う必要ありましたかぁ?!」
「どのみち次の会談で知られることよ……そんなことよりディータを治しなさい。生きているとはいえ重傷なのだから」
「うー……わかりましたぁ」
天空議場、誰もいなくなった円卓の間にて、賢者ミモザの手によってディータはボロ雑巾のように張り付いている衣服の残骸を取り除かれた。露わとなったその惨状を改めて確かめ、クラエルは思わず顔をしかめる。
「あた~、これは酷いですねぇ。身体中の神経や血管ごと皮膚が持っていかれちゃってますぅ……ついでに両手首と両足首も。縄や魔法で縛ったりするよりもよっぽど効率的に動けなくさせられている──クラエル様。やっぱり『始原』は怖いお人のようですよぉ?」
「……いいから早く治してあげて」
そんな奴に名も顔も知られてしまった、と。恨めしい視線を向けられながらもクラエルはそれを無視して治療を急がせた。は~いと不服そうにしながらも魔力を練り始めた彼女の様子に安心する。賢者どころか魔女を含めてもミモザに治癒魔法の腕前で敵う者はいない。彼女の手にかかれば重体のディータにも万が一のことは訪れないだろう。
安堵と共に、この場にいるもう一人。自身と同じく魔女の称号を持つ少女フォビイへと目を向ける。
「あなたも、協力してくれてありがとう」
「い、いえいえ! お礼なんて言わないでください、私なんかいてもいなくても同じだったと思いますから……」
「そんなことはないわ。魔女が複数いるかどうかでイデアの出方も変わったでしょう。どういう行動に出たかは定かでないけれど、とにかく今は無事にディータを連れ戻せたことが全て。いてくれただけで意味があったのよ。駆け付けてくれて助かったわ」
クラエルの言葉に、フォビイは恐縮そうに頭を下げた。たった三名しか出席していない会談を早々に切り上げて、アビスが姿を消し次第フォビイを呼び寄せたのはクラエルの判断だ。ディータを救うために争いの場へ赴くこと、その加勢。それを彼女以外には頼めない理由があった。
「繰り返しになるけど聞いて、フォビイ。普段は私とあなたとルナリスと、それからディータ。過半数を超えるこのメンバーで調和を重んじてバランスを保っている会談だけれど……知っての通りディータは暴走してしまった。そして『始原の魔女』イデアに関しては何故かあのルナリスも我関せずの態度を取っている……わかるでしょう? 均衡が危うくなってきているの」
元よりディータは十二箇条を厳守こそすれそこまで協調性があるタイプではなく、他者から見咎められるほどに軽率で短慮な一面を持ち合わせてもいる。しかし彼女の短絡的側面以上に、そこを突いて余計な火種を生まんとしている者がいることのほうがクラエルにとっては問題だった。
焚きつけるまでもなかった、と。アビスがそう漏らしたのをクラエルは聞き逃していなかった。それはつまり、ディータが暴走を始めていなければそうなるように仕向けるつもりだったと。そのために会談に参加したのだと白状しているようなものだった。
「だからとにかく、せめて私たちだけでも今一度しっかりと団結しましょう。ルナリスに期待を持てなくともディータがこれ以上の勝手をしなければどうにでもなりはする……」
はずだ。会談に属するは七名、イデアを除き普段は六名をフルメンバーとして扱っている。つまり三名いれば半数に届くのだ。会談において、派閥が二人に留まるか三人まで増やせるか。そこには人数の差以上に大きな意味合いがある。
「本当に問題はないんですかぁ?」
こくこくとそういう仕草をする玩具の人形ように頷くフォビイに代わり、冷ややかな疑問を投げかけたのはミモザ。治療の手を止めず、ディータから視線を外すことなく魔女同士の会話に割って入ってきた賢者の内心の読みづらい横顔をクラエルは見つめた。
「何が言いたいのかしら?」
「この人に勝手させないって部分……『始原』にもそう約束してましたけどぉ、ちょっと安請け合いなんじゃないですかぁ?」
「私はそうは思わないわ。あなただって協力してくれるでしょう?」
「ヤですよぅ、うちがこれまでどんなに苦労させられたか知ってるくせに。クラエル様は意地悪ですねぇ。もうこの人のお守りなんてこりごりですよぉ……そもそも、魔女様は賢者の言葉なんか聞かない人ばっかりですしぃ」
「え、え? そうなんですか? 私はアルくんの言うこと絶対に聞きますけど……」
「ええ、あなたはこれからもそうしなさいフォビイ。私も私の賢者の忠告には必ず耳を傾けるわ」
思いもよらない言葉を聞いたことで戸惑うフォビイの肩に手を置いて落ち着かせてから、クラエルはミモザに対して言った。
「あなたの手が借りられないとすればそれは残念なことだわ。でも私の意見は変わらない。こういう言い方はしたくないけれど、格付けは済んだのよ。ディータはイデアに敗北した──完膚なきまでに、ね」
戦闘の内実までは知りようがないが、五体満足のイデアに対しディータはこの有り様。完全なる勝利を手に入れたのがどちらなのかは判じるまでもないこと。それ自体は歓迎すべからざることではあるが、一人の魔女と一人の魔女の間に序列が出来てしまったとしてもまだ致命的事態には程遠い。
「暴走したディータにとっては勝利が全て。それを奪われたからにはもうイデアに歯向かうこともしないはずよ。そしてイデアのほうも、特に不服も見せずにディータを見逃したからには会談の場で大人しく供述してくれることにそれなり以上の期待が持てるわ」
「──だといいですけどねぇ」
そう言いながらも、少しずつ欠けた部位を取り戻しつつあるディータ。その経過を見守るミモザの瞳にはちっとも信用なんてものはなかった。




