8.あなたを王として
「わ、私が決めるのですか?」
「だって俺は付き添いみたいなものだからね。モロウをどうするかはセリアが決めるべきだろう。まあ、目的を暴くまでが依頼だったとはいえここで手を引くほど俺も四角四面じゃない。後始末までは付き合うつもりだよ」
だからどうするか決めてくれ、と告げた俺にセリアは目を伏せた。
「ですが私には……荷が勝つことです」
「そうか? セリアが相応しいと俺は思うけどな……だって似た者同士じゃないか」
「!」
驚いた様子のセリアだが。その出自を知らなくたってこれまでの言動、そして宮廷魔法使いとなった目的を思えば、セリアもまたモロウと同じく悲惨な経験を経ていることは想像に難くない。なので、雇われて王城入りを果たした際、彼女の頭にはいくつか物騒なやり方も浮かんでいたはずだ。
あくまで想定だけに留めて実行する気は皆無だったのか。それともモロウの邪魔が入って実行する間もなく追い出されただけか。どちらか定かではないがとにかく、彼女はモロウと違ってそういった手法には出なかった。似た者同士でも決定的な差がそこにはある。
そして立場が入れ替わっていてもおかしくなかった二人だからこそ、モロウの処遇を決めるのにセリアほどの適任もいないはずだ。
「現状、国を国足らしめているのはモロウだ。罪も人も憎むなら殺しておくのが妥当だろうけど、それをすれば今度こそこの国は終わってしまうかもな……セリアがどうにかできるんであれば別だけどね」
「…………」
「イデア様」
考え込むセリアの結論を待たずに、モロウが膝をついて再び頭を垂れてきた。
「僕がイデア様の意に沿わぬことをしてしまったのであれば、それは到底許されることではありません。母の恨みを晴らすためとはいえあなたに不快な思いをさせてしまった罰。どのようなものであっても謹んでお受けいたします」
できればあなたの手で殺してください。と、そう言ったモロウの顔を俺は両手で掴んで無理矢理上げさせた。
「よせよモロウ。セリアに言ったことはあくまで一般論だ。持論とは違う。お前は目的のためにたくさん殺した。それはごめんなさいで済むことなのか? あるいは死ねばチャラになるのか……俺はそうは思わない。甘えたことを言わずに今はただセリアの決定を待て。もしも彼女が死刑を望むなら、そのときは俺が殺してやる。なるべく優しく、なるべく残酷にな」
「は、はい」
……なんで顔を赤らめるのか。厳しく言ってやったつもりなんだけどな。
とまれ自分の見てくれが人を脅すのに向いていないことは承知している。そんなことは置いといて、ちょっと観察させてもらおう。……うむ、うむうむ。やはりそうか。これは定着が成った事例だな。
面白い。けど、当然と言えば当然ではある。思えば赤ん坊だったモロウを助けたことが今やっている実験の着手に至った切っ掛けだったからな。けどなんというか、専用の装置まで作って丁寧に丁寧に魔力を注いでいる実験体よりも、破れかぶれでぶっ込んだ個体のほうが遥かに適合しているとは悲しいやら興味深いやら。
セリアとは異なり彼がここで頭打ちなのは間違いないので、興味深くはあっても次なる段階への鍵にはならない。俺が目指しているのは『100』であってそれ以外の数値はぶっちゃけゼロと変わりない……けれども、なんの兆しもなかったうちの実験体とは明確に異なる結果が出ていることからひとつの仮説は立った。鍵にこそならないが、その在り処を示すヒントくらいにはなってくれたわけだ。
そういう意味じゃモロウは俺にとって希少ではあっても貴重ではないなんとも言えない相手なのだが。仮説の中身からしてもできればここで始末はしたくない、かな。なのでセリアの決定次第では俺からしても残念なことになるんだけど、その心配はあまりしていない。何故なら──。
「彼にはこのまま、王の代理を務めてもらいましょう」
「バーンドゥ……!?」
──彼女ならそうするだろうと予測できていたからだ。
「私に彼を罰する権利などない。そうですよね? イデア様」
「さあ。それも俺が決めることじゃない」
「では、私自身の決定とさせてもらいます。モロウ、あなたには一生をこの国のために費やす覚悟がありますか?」
「…………」
無言で俺を窺うモロウに頷きを返し、その頭を放す。すると彼は立ち上がり、セリアへ正面から向き直った。
「承った。元より自分にできる限り国を再生させたいと願っていたところだ」
聞けば、他の宮廷魔法使いと同じく城内の召使いたちも追い出すだけで殺してはいないらしい。けれど兵士たちはすっかり王の太鼓持ちとなっていたために王族と共に操り人形にしてしまったとのこと。うーむ。思ったよりは殺していない。が、大量殺人に変わりはない。
それを声高に咎めるつもりもないけれど、これもまたなんとも言えないな。
「……うん? じゃあ古参の宮廷魔法使いはどうしたんだ? セリアと違ってその人は追い出しちゃいないんだよな?」
「そのことですが……僕についてきてください」
百聞は一見に如かず。ということで、玉座の間から出た俺とセリアは例の立ち入りが厳しく制限されているという王の私室へと案内された。そこには天蓋付きのどデカいベッドに横たわる王らしき肥えた人物(の死体)と、部屋の一角にあるソファに腰かける一人の老人がいた。
「モ、モロウ殿。いったい何事なのかそろそろ説明をしてくださいませんか。──そちらの方々は?」
モロウがやってきたのを確かめて急ぎ椅子から腰を上げて寄ってきたその老人はあからさまに戸惑っていたが、そんな彼を一目見て声を上げたのがセリアだった。
「ダンバス様! よかった、ご無事だったのですね」
「君は……おお、セリア嬢か! おおよそ半年ぶりかのう? 君こそ壮健そうで何よりじゃ」
「というわけで、長らく唯一の宮廷魔法使いだったダンバスです。今は僕の補佐をしてくれていますが」
なんでも王族の無茶を聞き入れつつ財政面の管理を担っていたのはこのダンバス老だったようで。それ魔法使いの仕事じゃなくない? とは思ったが彼の奮闘がなければこの国はとっくに崩壊していただろう。なんとか首の皮一枚で国としての体を保っていられたのは間違いなくこの人がいたからなんだとか。
「なので、彼だけは追い出すことも操ることもせずにこうして僕に協力してもらっております。偶然ではありますが、ダンバスがいてくれたことで王城の乗っ取りの首尾が整ったのです」
「初めはなんとしても王をお守りするつもりだったのですが、いやはや。情けないことにモロウ殿にはまったく歯が立たず終いでしてのう」
なんて白くてふさふさな髭を撫でながら言うダンバスは、あまり王族の死を引き摺ってはいないようだった。あくまで国のために頑張っていたというだけで彼らに対する個人的な思い入れなんてなかったのかもしれない。
しかしそうか、モロウ一人で国営の全てを賄っていたわけではないんだな。そりゃそうか──って納得できるか? もう一人増えたってたった二人なんですが。それで国を維持できるなんてあり得ない。とは言っても、維持できてしまっているんだよなぁ、今のところは。それも国民にとって良い方向へ舵を切りつつだ。
「はぅあっ!? こ、この少女が始原の魔女ですと……! それは確かなのですか、モロウ殿」
俺の正体を知ったことでやたら慄くダンバスに、しかつめらしくモロウは言った。
「疑うかダンバス。無理もないな。しかし、絶対不可侵としたはずのこの部屋までお連れしたことこそが何よりの証拠。それに……僕は不敬にもイデア様に戦いを挑んだが、手も足も出ずに敗北した。君が手も足も出なかったこの僕が、だ」
「なんと……それはもはや疑いようもありませぬな」
うん、まあ。直に高次魔力をぶち込まれて、それに適合し、二十年も研鑽を積んでもこの程度でしかなく、しかも天井に届いてしまっているモロウは言ってしまえば才能というものにまるで恵まれていない。
けれど曲がりなりにもエイドスと繋がっているからには普通の魔法使いなど相手にもならないだろう。ダンバスも古くから王城入りしているだけあって優秀かつ年季の入った魔法使いなのだろうが、それでもモロウには勝てなかった、というのもなんらおかしなことではない。むしろ当たり前だ。
それと同じでモロウが俺に勝てないのもまた、至極当たり前の話であってね。
なんて考えている間に、玉座の間で何があったのかは仔細ダンバスへと伝わったらしい。
「それでは今後は、死した王に代わりモロウ殿がその座についたことを明かすのですかな」
「より良く効率的な施政のためにはそうしたいところではあるが……」
「けれど不安の種にはなるでしょうね。行動に起こさないだけで私のように急な王の変わり様に疑問を抱いている層はそれなりにいるでしょうから」
「王が弑された、という情報は疑問の解消と共にそれを為した新たな王への不信を生みますかな」
「まず間違いなく。何年何十年のスパンで良政を続けていけば自然と晴れるものではあるが、問題は今だ。生憎王都には未だ僕の植えた火種が燻っている。貴族の弾圧により燃え広がらずに鎮火されたが、一度炊き付けられた心は少しの契機で再び大火を起こすだろう。自業自得と言えばそれまでだが……」
「ではどうしますか。多少の能率の悪さは飲み込んで今のままでいくか、国民感情への悪影響を飲み込んで新たな体制へと移るか。道はふたつにひとつかと思いますが」
「ふむ……いやセリア嬢、そうとも限らないやもしれんぞ」
「なんだダンバス。何か案があるのか?」
「お聞かせくださいダンバス様」
「というのもですな……」
ごにょごにょと三人で頭を寄せ合って出された結論は、それを他人事にぼうっと眺めていた俺を思わぬ形で巻き込んだ。
「──イデア様。どうかあなたを王として戴かせていただけないでしょうか」