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77.千日手

 目が覚めたのは偶然か否か。後天拡張の副作用で昏睡状態と言っていいほど深い眠りについていたフランの覚醒は、眠る彼の周囲でどんな騒ぎが起きようと──それこそたとえ横になっているベッドが部屋や建物ごと跡形もなく崩れようとも。それで永眠してしまうことになりはしても目が覚めることは絶対にない、はずだったが。


 しかしイデアが設置した防犯システム『水泡胎アクアバッグ』によって落下死と圧死を免れた彼は、自身を守ってくれた粘性のそれが力尽きて消えてしまってもしばらくの間瓦礫に横たわって和やかな呼吸を繰り返していたものの、唐突に引き攣りのようなものを起こしたかと思えばその目を開いて周囲を確認。「イデア様……?」などと呟きつつ寝ぼけまなこを擦りながら身を起こし──そしてようやく異常事態を認識した。


 だから間に合った。原因不明の覚醒がなければ今頃マニは死んでいた。彼を醒めるはずのない眠りの底から引き上げたのが何か、もしくは誰なのか。それは定かではないが、少なくともフランはこの幸運に深く感謝し。


 それ以上の怒りを胸に滾らせ、発見した外敵に対して自身最高の呪文で奇襲をかけたのだった。



◇◇◇



「「!」」


 フランフランフィーと黒鉄の騎士リナイト。互いが互いを屠らんと激突を果たした両者の心境は、このとき完全に一致する。


 フランは己の心得違いを悟った。鉄くず一片すら残さずに灰燼に帰さんとした一撃が、耐えられた。黒鉄の騎士は噴流の勢いに飲まれ押し戻されはしてもその身を溶かしてはいない。僅かに。そう、ほんの僅かに表面に融解による気泡の混ざりで立ったささくれのような跡が残ってはいるが、しかし騎士は熱流からの脱出を果たしていた。『溶岩化』の本領たる周辺被害を省みない──皮肉なことに居館が壊滅しているからこそなんの憂いもなく繰り出せた──火砕流攻撃。それを真正面から浴びて無事で済んでいるのは、これでイデアに続き二人目である。その事実にフランの激憤に染まっていた思考にも多少の冷静さが取り戻された。


 対するリナイトが犯したのは計算違い。先の不意打ちの威力を考慮した上で、その反撃諸共斬り伏せるつもりでの踏み込みがあえなく無為に帰したこと。あまつさえ己が鎧に僅かとはいえ傷跡を残す苛烈なまでの一撃。リナイトに驚いたり恐れを抱くような機能・・は備わっていない。が、黒鉄の魔女に生み落とされし従者として。その任を全うできない可能性に対し脅威であると認識する程度の自律性なら有している。この場における最大の危険とは何か。それを認めた彼は熱流から脱しつつフランとの距離を詰め直さんと強く地を蹴った。


 ここでも両者の思惑は一致する──『この敵は速やかに、そして全力で以って倒さねばならない』。


「くっ、……あぁあッ!!!」


 回り込む軌道で再度斬りかかってきた騎士の素早さに反応しきれず、その首に太刀筋を貰ったフラン。しかし溶岩と化している彼の肉体は、マニによって斬られた騎士が自然修復された際とよく似た『映像の巻き戻し』を思わせる光景で即座に元通りとなる。その光景に何を思うでもなく続けて剣を振るう騎士だが、連撃を浴びるフランもまた腕を切られようが胴を貫かれようがお構いなしに体内の灼熱を高め、そして感情の爆発と共に解き放たんとする。


 二度にたび起こる噴火の如き赫々の奔流。それによってまたしても押された黒鉄の騎士は、もはや熱流から逃れるための数歩の遠回りさえも惜しいとばかりに噴流の中を遡り、その発生地たるフランに剛の剣を突き立てた。


「ッう──、」


 頭部を貫通する黒刃。自らの肉体たる溶岩が飛び散り、赤と黒がチラつく視界の中で。少年は現状が概ね読めてきていた──即ちこれは千日手。決着を急ぐ両者の意気込みとは裏腹に、泥沼めいた消耗戦の様相を呈し始めていると知ったのだ。


 自分と騎士。お互い『無傷』ではないのだ。無敵に思える溶岩化も、以前イデアに指摘された通り魔力を消費して行う疑似的な無敵でしかない──真の意味で不死身たる始原の魔女とは違いそこには明確な限界がある。フランは魔法使いであれば誰もが経験する魔力切れ(魔力酩酊あるいは心身の疲労による魔力操作の不調)を、その類い稀なる才能によって未体験のままとしている。魔法学校の実技でもダウンしたことは一度もない、が、それは決して天井知らずを意味するものではなく。魔力切れに陥る瀬戸際まで追い詰められたことがないという、ただそれだけのことなのだ。


 翻って今。フランは初めてと言っていい実戦において、これまた初となる魔力の上限を意識しての戦いを強いられていることを理解する。如何に物理的ダメージを無効化できると言っても、攻撃で肉体を大きく削られる度。そしてそこに敵の魔力が通っていれば尚のこと、フランの魔力は目減りしていく……。


 そういう意味での黒鉄の騎士の『攻撃力』は圧巻であり、今し方の連撃によってフランは自身の魔力がごっそりと持っていかれたのを感じ取っていた──戦いながら新たに魔素を吸収し魔力を補充することもできはする。だがそれによって継ぎ足される魔力量と猛烈な勢いで減っていく残存魔力量。その供給と消費の釣り合いは残念ながら取れておらず、いずれ必要魔力を維持できない瞬間が訪れるだろう。


 イデアとの腕試しの模擬戦。その決着において魔力を吸いつくされるという貴重に過ぎる体験をしたことがここで活かされていた。あれは厳密には魔力切れと呼べるものではないが、しかし起こる事象はほぼ同一。溶岩化の解除された生身に黒鉄の騎士の剣を食らって一巻の終わり。それが自分の敗北するパターンである、と彼はごく客観的にそれを受け止めることができていた。


 では反対に、自分が勝利するパターンとはどんなものか? 一気呵成の振り下ろしと振り上げにより両腕を散らされたフランは、代わりとなるものを肩から噴出させながら思う。


 それには落差・・が要る、と。


 フランの無敵がそう長くは続かないように。黒鉄の騎士とて無尽蔵に動けるわけではない。理想的な倒し方はその内包魔力ごと燃やし尽くすこと──それが果たして自身に可能か否かを問いかけて、直感的にフランは「できる」と確信した。黒鉄の鎧に確かに示された傷跡。今はもう消えたそれがフランに示唆したのは騎士の不死身性ではなく、一撃一瞬の下に消し炭にすれば倒せるだろうという希望的かつ暴力的な導きであった。


 黒鉄の騎士は攻防どちらにも優れている。危うく蹂躙されかかっていたセリア一同はまずこのことを否定しないだろう。ただし少年の所感は少しばかり違う。確かに攻めも守りも高水準だが、けれどそこに差がないわけではない。具体的に言えば振るわれる剣の速度、威力、突破力。前述した圧巻のそれら『攻撃力』に比して『防御力』。鎧の硬度に関してはそこまでの脅威ではない──それがイデアをも唸らせた破格の才者フランフランフィーの正直な感想。で、あるならば。


 互いが決定打に欠けた地道な消耗戦を演じるこの状況を、打破する鍵は。おそらくこのままでは先に魔力ガス欠になってしまうフランが、その結末から逃れるためには。それよりも前に超高火力の一撃で騎士をこの世から消し去るのが最善の答え。いや、元よりそれ以外に答えなどないのだ……そうとわかっているフランではあったが。


(っ、駄目だ。これじゃ落差なんてとてもだせないっ……!)


 敵を倒せない苛立ち、全力を惜しみなく振るえる悦び。溶岩化で起こる異常なまでの興奮と高揚が絶えずフランを苛んでいる。


 ──『君はそれを抑えるべきだな』。彼は先日イデアにそう言われた。凪いで流れ、荒れて留まり、然るのちに放て。溶岩化を本当の意味で得意呪文としたければそうしなければならない。もしもそうできたのなら、自分イデアであっても生身のままで受けようとは思わない代物になるはずだ、と。


 無論フランが彼女からのアドバイスを無下にするはずもなく、イメージの補強と合わせて政務作業に従事する以外の時間には一意専心に自己改革へと取り込んできている。が、「もしも」とイデアが言ったようにこれは実現の難しい課題であった。燃え滾る溶岩に変身するのだ、その影響が体だけでなく心にまで及ぶのは道理であり一種の摂理でもある。普段のフランにはあり得ない獰猛さ、乱雑さ、暴力への忌避感の薄れ。そういったものが与える戦闘の単純化、並びに火力の一定化は広範囲に高威力をシームレスに繰り出せる溶岩化の利点を半減させていると言っても過言ではなく。


 なかんずく重要なのは落差。凪いだ精神を爆発させて瞬時に頂点まで、あるいは最底へと振り切る。その高低差が大きければ大きいほどに噴流の威力もまた大きくなる。つまるところフランに必要とされているのは、この死地において昼下がりの微睡みを楽しむような、戦闘時にあるまじき極限までのリラックスを実行することにあった。


 だが、どうしてもできない。それが叶わなければやがて天秤はあちら側に傾くだろう。そう承知していても、だからといって身体中を切り刻まれながら精神だけを脱力させるなどという離れ業がそう簡単に実行できるはずもない。ましてや今のフランはただでさえ心身共に沸騰中。戦闘の最中に頭を働かせていられるだけでも本来なら称賛ものなのだ。


 どうすればいい。死線が背後に迫ってきていることを自覚しながらフランは悩む。どうすればこの騎士を葬り去れるだけの尋常ならざる火力を獲得することができるのか──。


「……!?」


 癇癪と焦燥と苦慮によって渦巻くフランの脳内に、不意に自分のものではない声がした。



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