74.魔力の領域
「お邪魔します、と……ふむ」
黒鉄の城の内部へ足を踏み入れる。独りでに開かれた門はあからさまに怪物の口も同然であったが、怪物の体内がどんな様相であるかは俺も気になっていた。お化け屋敷に入るようなドキドキ感を味わいながら歩を進めてみたところ……うん。見渡す限り黒一色ではあるがゴシックな雰囲気で全体が統一されていて、なかなかお洒落な感じである。飾りがごてごてし過ぎていて城主(旧王のことだ)の趣味の悪さが露呈しているうちの造りとはデザインセンスが雲泥の差だ。
なんて思いながら中央がアーチ状に抜けている最初の建物を過ぎれば、小さな中庭の先に本丸が見えてきた。草木や花のひとつも植えられていないその庭を抜けて──当然だ、足場も全て黒鉄で出来ているのだから──居館と思しきそこへ近づけば、しかしその扉は固く閉ざされていた。うん? 会場はここじゃないのか。
「お」
順路から逸れていたか、と辺りを見回すのと特段の魔力反応を感じたのは同時だった。あれは……外殻塔、というやつかな。居館に隣接された細長い建築物から城そのものとは別の魔力が発生している──ディータはあそこにいる。何かしらの仕込みをしながら俺を待っている。
面白い。こんなシチュエーションはそう味わえたものじゃないからね。次にディータが披露してくれるのがどんなものかを想像しつつ、呼ばれるがままに塔へ向かう。開け放たれている入口、そのすぐ横に添えられた螺旋階段を昇って上階へ。するとそこにはやはりディータと、それからもう一人。彼女の傍らに仁王立つ黒鉄の鎧で全身を覆った、謎の騎士がいた。
「ほー……」
一目で気付く。あの全身鎧には人が入っていない。中身までもがみっちりと黒鉄で埋まっている命なき騎士だ。だが決して彫像などではない。俺の来訪に反応して騎士は主とともにこちら側へと向き直った──ダンバスが得意とする動く石像の制作。その黒鉄バージョンといったところか。
本物の石素材から適した形に掘り出して地道に魔化をかけていくダンバスの製作法とは違って、ディータの場合は物質化のワンアクションだけであれを作り出しているのだろうが……比べるのも悪いけれど、手間要らずながらにリビングスタチューの出来としては彼女のほうへ軍配が上がると言わざるを得ない。そもそも素材の時点で大きな差がついていることだし、何より込められている魔力量があまりにもかけ離れている。そしてそんなものを控えさせている意味とは。
「前衛を用意したわけだ。オーソドックスだな」
魔法使いは基本、遠距離職かつ火力職。そういう意味ではさっきまでのディータの戦い方は、物理一辺倒ながらに魔法使いの原則を守っている堅実なものだったとも称せるだろう。いやまあ、途中思い切り肉弾戦を仕掛けてきていたけどね。そこ以外は基本に忠実だった。
で、その特徴からして。どうしても肉体的な技能に後れを取りがちな魔法使いなので、呪文を唱えるまでの無防備な己の盾となってくれる前衛を求めるのもまた基本のひとつである。理想はもちろん自分一人で完結して戦えることだが、理想に至れるまでの不足は──そしてそのことを欠点と自覚できているのなら──それを補ってくれる他者へ素直に頼るべきだろう。たとえ仮に理想に届いたとしても敵が己と同等の実力者であれば、結局のところ勝敗を分けるのは他に仲間がいるかどうかにかかってくるのだしね。
ディータは単身でこの国に乗り込んできたようなので、頼れる仲間などいない。しかし彼女は自力でそれを用意できる。とくれば、自作した騎士と並んで俺を待ち構えていたのもまた魔法使いの原則に則ったムーブであろう。
「いいじゃないか。騎士と魔法使いのコンビ、物語的で素敵なことだ」
「……勘違いをしている」
「ん?」
「黒鉄の『騎士』リナイト──これが相手するのはお前ではない」
ガシャリ、と鎧が擦れ合う音を立てながら騎士が主に背を向ける。そして駆け出す。見かけの重々しさとは裏腹に颯爽たる一陣の風の如くに遠ざかった彼(?)の背中は、塔のバルコニーから飛び降りたことですぐに見えなくなってしまった。
「……まさか」
まるで一目散の遁走のようなその行動に呆気に取られた俺だが、ディータの発言から勘付いた。俺と戦わせるつもりのない騎士を、ではディータはなんのために生み出し、どこへ遣わせたのか。その答えはひとつしかない。
それを悟ったのを、彼女も悟ったようで。その口元に酷薄な笑みが浮かぶ。
「そう、そのまさか。まずは壊しやすいところから。リナイトは地上に残されたお前の部下を仕留める……そうしたら、次は街に侵攻させよう。守ったからにはそれなりに大切なんでしょう?」
「…………」
こいつ。思った通り、思った以上に性格が悪い。騎士の出陣をわざわざ見せつけたのは俺の動揺を誘うためか。下のことを気にして集中力を欠いたまま戦うのではディータの思うつぼ。だとすれば、俺が取るべきはさっさと彼女を撃破して黒鉄の騎士を停止させるか。あるいは一旦この場を無視して城を脱し、騎士を追って地上へ向かうかの二択。
けれど──。
「勿論助けになんて行かせない……おいで、黒鉄の『兵隊』デュポーンズ」
床から生えてくる黒鉄人間。騎士を一回り小さくして装備を簡略化させたようなその彫像は、しかし数が多かった。ディータを守るように。俺を取り囲むようにずらりと雁首を揃えるそれらの総数は……四十八。塔の中は広々としているが、これだけ頭数があるといくらなんでも手狭である。
なるほど兵隊。これで俺をこのフロアに釘付けにしようというわけか──ふふ。
「利害の一致だな」
「……?」
「俺もお前を下には連れて行きたくない。あの騎士くらいなら俺の部下だけでもなんとかなるだろうし、そう必死にならなくても逃げたりしないから安心してくれ」
「……舐めてる? リナイトはただの人間なんかが止められるようなものじゃない。それともどこかに伏兵でもいるの? 例えば──お前の賢者とか」
「俺の賢者……ああ、アーデラのことか。いや知らないよ、あいつがどこで何をしているかなんて」
もしも俺が絶体絶命の窮地にあって、アーデラがその現場に居合わせたとしてもだ。心優しく助けてくれるイメージはちっとも湧かないかな……あいつなら差し伸べるべき手を叩いて大笑いしながら観覧に終始していそうなものである。まあそんな薄情な一番弟子のことはともかく、賢者と言われて思い至ったのだが。
「そういう君はどうなんだ?」
「私が何?」
「魔女と賢者はワンセットなんだろう。どうして単身でここにいる? 賢者はついてきていないのか」
犇めく黒鉄の兵隊は戦闘開始を今か今かと待ちわびているようにも見えるが、そんなことは気にせずディータへ訊ねれば。彼女はなんということもないように平然と、しかしその実、そう見えるように努めているのだと初対面の俺にもわかる作られた無表情で答えた。
「これは私個人の行動。賢者は関係ない」
「さいですか」
にべもない言い方。ひょっとして賢者と仲が悪いのか? 少なくともちょっとした悶着くらいは感じさせるね……十二箇条などという魔女を縛るルールみたいなのもあるようだし、魔女や賢者。そして『魔女会談』も決して一枚岩ではなさそうだ。
「その口振りからすると君もルールを破っているんじゃないのか? 私刑制度なんておおよそ現代的ではないものな。魔女同士のいざこざが起きたのならまず会談でどう解決するかを話し合うべきだ。そしてこの襲撃はとてもそうやって合意が得られたものだとは思えない。つまりは、君の独断専行だろう」
「だから?」
「だから? いやいや、そのことについてどうこう言うつもりはないよ。ただしそちらにはそちらのルールがあるように、俺にも俺なりのルールがあることを明示しておきたくてね。端的に言うなら『お前の事情なんざ知ったことじゃない』、だ」
「…………」
「俺の主は俺だけなんだよディータ──たとえ黒鉄城が君の領域なのだとしても。そんなの俺には一切関係ないことだ」
魔力を展開。より濃密に、より濃厚に、より濃艶に。黒く淀みながらも光沢を放つどろどろとしたそれを撒き散らす。ノヴァに見せた魔力の領域、その発展形。否、技術としてはあちらのほうが洗練されているのでむしろ後退させたものと言い表すべきか。
弟子の体に害が及ばないよう、ただ圧力だけに留めてその他あらゆる影響を余さず排した『綺麗な』魔力泥とは違って。これは純度百パーセント、俺の高次魔力を悪意で以って拡散させている、言うなれば毒沼であるからして。
「それは──」
「簡易的な領域だとでも思ってくれればいい。君のように大仰な城の形に魔力を具現させなくとも、ディータ。魔女程度を破るになんの不足もないと知ることだ」
「……上等」
黒鉄の剣を手に一斉に斬りかかってくる俺の周りの兵隊たち。を、魔力で包む。動きの鈍った集団のうちの一体を流動で引き寄せて頭部を掴み、周辺の魔力と共に圧をかける。む……さすが領域内の産物、殊更に硬いな。けれどこの状態ならどうということもない。
俺の確信に違わず、数瞬と耐えずに兵士の頭は砕け散った。
「……!」
「そう驚くようなことか? 城から生み出した兵隊だ、君にとっては特別製なんだろうが……もう一度言おう。そんなこと俺には一切関係ないんだよ」
苦心して接近してきた一体の姿勢を魔力で崩し、他の兵士が振り下ろした剣の盾に使う。ギィイン、と甲高くも鈍い音。黒鉄同士とはいえ切れ味と力が一点に集まるぶん、攻撃側がいくらか有利なようで身代わりになってくれた兵士の頭部には小さくないヒビが入っている。ありがたくそこから圧力をかけて割らせてもらい、ついでに斬った側の兵士にも触れてその胴体部から粉々にしてやった。……うーむ。
「まだ四十五体もいるのか。面倒だ、ちゃちゃっと終わらせよう」
「やはりお前は、私を舐めている」
「冗談だろう? 適正な評価を下しているつもりだぜ──」
残りの兵隊が一人残らず殺到してくるのを眺めながら、俺は魔力領域を更に広げることでそれに応じた。




