70.君をもっと刺激する
裸になれ。そう言われて慌てふためくフラン君はいつまで経っても慌てふためいたまま話にならなかったので、辛抱たまらず俺の手で脱がしてやった。不純物はなるべくないほうがいいのだと言って聞かせはしたが、どこまで耳に入っていたやら。そうしてすっぽんぽんになった彼は大事な部分を手で覆い隠しながらへたり込んでしまった。この絵面……俺が少女の体でなければ大変な場面だと誤解されること待ったなしである。少女でも大問題ではあるけどさ。
いつも以上に真っ赤っかに頬を染めながら涙ぐむフラン君。その姿を見ているとどうにも罪悪感が湧いてくる。彼の心に変な傷を残したいわけではないのだが……それが俺に対するトラウマであるのなら今後のためにも余計に避けたい。ならば仕方ないな。フラン君を落ち着けるために何をすればいいか。答えは簡単だ。
俺も脱げばいい。
「イデア様っ?!」
ローブもその下のツナギも収納空間に仕舞った俺は一瞬で真っ裸だ。それを見てフラン君は裏返った素っ頓狂な声を出したが、狙い通りに羞恥は──誤差レベルかもしれないが──ある程度薄れているようだ。
うむ、やっぱり裸の付き合いって大事だよな。マニもこれである程度心を開いてくれたし、小さいころはどの弟子も俺とのお風呂をすごく楽しんでくれていたものだ。二番目の弟子だけは独り立ちの直前でも一緒に入浴してやると大層喜んでいたけれど……まあ、それはともかく。打ち解けたいのなら何も着飾っていない丸出しの己を見せるというのは非常に効果的であると冗談抜きで思う。信頼の証として無防備を晒すという意味でも、自分を知ってもらうという意味でも。
そういう視点で言えばこの状況もコミュニケーションの一歩目としてはそう悪いものじゃあないだろう。
「君だけ一方的に脱がすのもフェアじゃないし、不純物がないほうがいいのは俺の側も同じだからさ。とにかく、これでもうそんなに恥ずかしくないだろ?」
「は、い、いえ、その……うぅ」
「どっちだフラン君。まあいいや、とりあえず立ってくれるかな」
「え!」
やけに大仰な反応をしたフラン君だが、俺が無言で頷けば緩慢な動作ではあるがちゃんと立ち上がってくれた。よしよし、逆らおうとしないのであれば上々だな。ただ、やっぱり股の部分を手で隠したままなのがいただけない。そこがみだりに人に見せていい箇所じゃないのはわかっている──なんて何も隠していない俺が言うことではないかもしれない──が、これは病院で検査を行うために恥部を露出するようなものだ。あまり嫌がられてばかりも困る。
「悪いけど気を付けをして直立不動で頼むよ。そのほうがやりやすいんだ」
「…………、」
「フラン君?」
黙ってしまったのでどうしたことかと首を傾げれば、これ以上ないくらい赤かった頬をもっと赤々とさせながら彼はゆっくりとその手をどけた。……ああ、なるほど。どんなに小柄でも、どんなに少女然とした顔付きでも。けれども彼だってしっかりと男の子なのだな。確かにこれだとなおのこと他人に見せたくないか。
参ったな。俯いて沈黙している彼になんと言葉をかけたものかわからない。自分がなくして久しいそれの逞しい様を見ても、俺だって一人の男児を育てた身。別に今更感慨深く思うこともないのだが、フラン君のほうはそんな事情なんて何も知らないわけで。彼に釣られるように黙した俺をどう思ったのか、ついに泣き出してしまった。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさいイデア様」
んん? 何故そっちが謝るのか。羞恥心の爆発にしたって彼からすると俺に謝罪を要求したいくらいじゃないのか、と困惑したがどうやら。フラン君は俺に劣情を抱いたというその事実に、俺が彼を無理やり脱がしたことで感じている以上の罪悪感を覚えているようだ。そしてそれが理由で俺に嫌われるんじゃないかと恐れている、と。
泣きじゃくる彼からなんとかそう聞き出した俺は、あまりの見当違いに思わず笑ってしまった。
「馬鹿を言うなフラン君。君が立派に男の子をしていることでどうして嫌ったりする? むしろ健全でいいことじゃないか。異性の裸にまったく関心がないなんて、それはそれで思春期としてどうかと思うよ」
まあ。こんな凹凸も何もあったものではないちんちくりんなボディに反応してしまったというのは、ちょっと彼の将来が心配にならなくもないけれど。しかしフラン君の見た目とこれ以上の成長はたぶんなさそうだという点も踏まえれば、たとえそういう趣味だとしても犯罪チックな組み合わせにはならないだろう。きっと。
「少しも悪いことじゃあない。こんな体で喜んでもらえて嬉しいくらいさ。だけどな、フラン君。今だけは男の子としてじゃなく魔法使いのフラン君としてそこに立っていてほしいんだ。それをまったく鎮めろとは言わないから、少しの間だけ何もかもを我慢してくれないか」
「我慢、ですか……?」
「ああ。これからすることは君をもっと刺激するだろうから」
一歩、二歩と彼に近づく。びくっと肩を上げたフラン君は磁石の反発のような挙動で後ろに下がりかけたが──それをぐっと堪えてくれた。俺の言っている意味は伝わっているらしい。涙と赤面によってまるでこれから酷い目に遭おうとしている幼気な乙女のような彼を目の前にして、俺はなるべく優しく包み込むように、その身体を抱きしめた。
「あっ、ぅ……!?」
「落ち着けフラン君。君にやった人体魔化と何も変わらない。触れることで俺はどんなものにも魔力を注げる……それが君とエイドスを繋げる最初の鍵なんだ」
「……っ、」
ふー、ふー、と肩越しの背中にかかる彼の息が荒く、熱い。下腹部には男の象徴たるそれの感触もあるが、そう気になるものではない。むしろ彼が集中しきれているのかどうかが俺にとって唯一の気掛かりだ。
「性欲に負けるなフラン君。いや、排除しなくてもいいんだ。ただし雑念を振り払って、ひたすら俺のことだけを考えてくれ」
「イデア様の、ことだけ」
「そうだ。君のその猛りはエネルギーになって良いことなんだ。衝動のままに、そして誘導のままに。潜ることを意識してくれ──」
呼気が和らいだ、その一瞬にメスを入れる。掴んだ彼の後頭部から脳へ、俺の全身から彼の全身へ。魔力を薄く、だが鋭く差し込む。……通じた。魔力の根以上に対象との一体化に向いた魔力の棘、あるいは薄刃とでも言うべきこの手法。元々は弟子育成の間に人体魔化を安全に行えないかと試行錯誤した結果、残念なことにそちらは叶わず、副産物として生み出された魔化の亜種なのだが。これは魔力の定着こそ実現できずとも人を壊しにくいという点では充分に実用に足るものだった。
この方法なら後天拡張だって実現できるはずだ、という推測は正しかったようで。刺さった俺の魔力はきちんと彼の奥にまで届き、そして致命的な部位の全てを掌握するに至っている。その思考回路すらも掌の上だ。彼が俺に心を明け渡してくれなければここまで上手くはいかない……マニにやった意識の狭小化も使えない理由があったので、素直なフラン君にはどこまでも感謝しかない。
だが本番はここからだ。
「フラン君。聞こえるか、フラン君?」
「はい……」
「自分の中に俺の魔力を感じているな? 魔力の根よりも圧迫感があるだろうが、決して抗おうとはしてくれるなよ。そしてここからは俺のことじゃあなく、俺が導く先を目指してくれ。それ以外のことは一切考えるな、感じるな。いいな?」
「わかり、ました……」
「よろしい。それじゃあ開くぞ」
刺さったままの棘を、両側に広げる。それでこじ開けるのはフラン君の体ではなく理想領域だ。彼の体内にて開かれた──正確には体の内に穴が空いているわけではないが──そこに、俺の魔力を介してフラン君の意識を持っていく。これがモロウの例と生かしたままの素材での失敗を鑑みて新たに試すべきと結論したやり方。即ち、実験体の意識を保たせたままで俺が直接導くという新たな手法だ。
それを実行するためには被験者が過度な負担にも耐え得るだけの優れた魔法的才能を持つ者でなければならず、またその者が心から俺を信じて身を委ねてくれないといけない……この二点を同時に賄えるフラン君はまさに逸材そのものであり、思いがけず俺に従順であることも含め最高の実験材料だと言う他なく。
──あっさりとエイドスを認識した彼の知覚情報を得たことで、俺は腕試しを介し彼に抱いた予感が決して誤りではなかったことを確信した。
「そこだ、そこへ手を伸ばせ。伸ばして届かなければ飛び込め。潜るんだ、どこまでも深く沈んでいく気持ちでその領域を目指せ──」
「…………」
もうフラン君からの返事はない。それだけの深度にいるということだ。ただし脳はきちんと俺の言葉に応を返し、言われた通りに全身全霊を傾けてエイドスを求めている。彼の臓腑が、血管が、神経がじわりと熱を持つ。近づいている証拠だ。かなりいいぞ、素晴らしい潜航速度だ──しかし熱の帯び方はそれ以上で、沸騰の如く瞬く間に危険域に達してしまった。
くそ、駄目か。魔力的な負荷の大きいことをしているのでしょうがないと言えばしょうがないのだが、いかに魔力酩酊を抑え込んでいても心身に訪れる限界は如何ともし難い。赤ん坊に行う先天拡張ならこんな負荷はかからない、難度に易しく人体にも優しい代物なのだが……魔力の棘ではどう繊細に事を運んでもこれが精一杯のようだ。
ぶるりと腕の中でフラン君の体が危険な震え方をした。あともう一歩いけないか、と欲張りそうになるのを我慢して俺は中止を決断。魔力の棘を引き抜き、急いで根を展開。そして彼の乱れに乱れた魔力と精神を整理する。……惜しいけれど仕方ない、始めから一発で成功するなどと高をくくってはいなかったさ。彼が怖がったりしなければ二度、三度とこれを繰り返して少しずつ先へと進めていこうじゃないか。
初めてでこれなら上出来に過ぎるくらいなのだ。彼の今後には充分な期待が持てそうである。
「おっと……ん?」
危ない状態を脱して力の抜けたフラン君の体を支えようとしたところ、太ももで強く例のブツを圧してしまった。するとその腰が一瞬だけ引けて、それから勢いよく発射されるものがあった……あーあ。まあ、これも仕方ない。一体化している間はいっそうバキバキになっていたものな。
でろでろになっているそこを見ながらマニを呼ぼうかとも悩んだが、俺以外の人物にまでこの様を見られたとあっては彼をもっと傷付けてしまうかもしれないと考え、結局俺の手で色々と綺麗にした。魔法でちゃちゃっと終わらせなかったのはよく頑張ってくれたフラン君に少しでも報いようと思ったからなのだが、翌日にそのことを知った彼はしばらく俺と目を合わせてくれなかった。……ノヴァで慣れっこだよ、このくらい。
それはそれとしてエイドス魔法への挑戦は諦めないようなので万事万々歳だと思いました。まる。




