69.秘中の秘
思わぬタイミングでのお誘いとなってしまったが、あくまで本題は魔素の吸収である。思い切りのいい返事をしてくれたフラン君には悪いが彼のためだけに授業を中断するわけにもいかないので、その後は全員に新しいイメージの鮮明化とそれを元にした実践の反復練習を行ってもらうことにした。まずはできるだけ集中した状態で始めさせるのがよかろう、ということで座ったまま瞼を下ろさせ、瞑想の如くに魔力を練らせた。生徒が誰も教師(俺)を見ていないなんともおかしな構図ではあるが、これも立派な講義の形である。
で、その経過はというと。さすがに三人とも魔法学校に通っていた経歴の持ち主だけあって人の教えを素直に受け入れる姿勢が整っている。それだけでも生徒として素晴らしく優秀だというのは、人に物を教える立場になったことがある人にはよく理解してもらえるだろう。そのおかげで進行は順調そのもの。たった一時間の練習だけでもイメージがかなり固まってきているようだった。その度合いについては三者三様であったが、全員ともに優れたセンスを持っていると言っていい。
慣れ親しんだやり方から脱却せよといきなり言われて従うのは、心情的にも技量的にも難しい。しかし三人がそれを難なくクリアしてくれたことは俺にとって嬉しい誤算だった。おまけにイメージの想起だけでなく確立の兆しまで既に見えているし、本当に見所ある生徒ばかりを入学させていたのだなぁ、と亡き学校長の人を見る目の確かさには頭が下がる思いである。フラン君とミザリィが手に入ったのは半分くらい彼のおかげだからね。残りの半分はセリアとマニの奮闘によるものだ。
覚えがいいものだからもう少し続けたい誘惑はあったが、ミザリィあたりの顔色がちょっと怪しくなってきたあたりでお開きとすることにした。だいぶ酔いがキていただろうに自分の口からは絶対に言い出そうとしないのな、彼女は。容量で言えばフラン君は言わずもがな、セリアと比べてもかなり落ちる印象だが、根性でそれをある程度は補えるらしい。根性よりも見栄と言ったほうがミザリィの場合は正しいかもだが……兎にも角にもガッツがある。気持ちだけで他の二人に疲れが見え始める頃合いまで粘れるのなら大したものだ。まあ、セリアとフラン君の場合はミザリィ以上に吸収した魔素の量が多いからこその疲労ではあるのだけれど。
進捗順位を付けるならセリア、フラン君、ミザリィの順番になるかな。フラン君も順応は充分以上に早いが、これに関してはセリアが抜群に上手かった。イメージの出来不出来ではなく純粋に才能の差だろうな。やはり彼女には高い魔素適性がある。フラン君に対して劣等感を抱いているらしいセリアだが、そこは彼にも負けていない、というより確実に勝っているところだ。エイドス魔法を彼女が身に着けるのは少々厳しいので、魔素という通常魔法を使うには欠かせないものと親和性があるというのは、大いなる武器であり救いだろう。
器である全身に充満させ、それを血流に乗せて循環させる。最初に擁すべきそれを十全にイメージできるようになれば、セリアの呪文の強度や速度には革新が訪れる。不得手であるという身体強化にも良い影響があるはずだ。これで攻撃系の呪文も覚えられたらこの上なしなのだが、そこは魔素の吸収率が上がったところでどうにかなるものではないからね。当面は俺があげた銃型杖で間に合わせておいてもらおう。
「はい、そこまで。皆よく頑張りました。あとは自分でも適宜復習しておくと次の講義にも役立つよ。ん、何をするかって? そりゃあ魔素の吸収の次とくれば変換と循環だろう。循環のほうは先に教えたが、第三回の講義では変換のイメージと合わせていよいよ魔力を生み出す段階に入ってもらう。今日よりもハードな練習になるのは間違いないからそれなりに覚悟しておくように……開講はいつになるかわからないけどね」
俺の空き時間に三人の予定も空いているか確認したのちに開催が決定されるので、断続的かつ不定期でしかやりようがないのだ。困りどころではあるものの、できるだけ三人とも揃っていてほしいからねぇ。本音を言えばここにモロウやダンバスも加えたいところなのだ。けれどあの二人はなんの冗談でもなく常に政務室に籠り切りであり、そうしないことには新王国が回らないとなればとても贅沢は言えまいよ。ミザリィとフラン君をこれだけ連れ出せるだけでも相当に融通を利かせてもらっているのだから、いくら若干の無駄が生じている感が否めなくともここは満足しておかないと罰が当たるというものだ。
というわけで次回の予告で今日の講義を締めて、休憩もなしで政務室に戻ろうとするセリアとミザリィに伝言を頼んだ。内容は「フラン君だけはもう少し貸してね」である。一方的な内容ではあるがまあモロウは断らないだろうし、俺も断らせる気なんてない。緊急性があるわけではないが、鉄は熱いうちに打つべきだ。せっかく即断でOKしてくれたフラン君の熱意が何かしらの思い直しで冷めてしまったりしないよう、今すぐ。手早く。可及的速やかに。間を挟むことなく後天拡張を実行してやらなくてはな。
そういう俺の意思が伝わったのか、それとも疲労の表れか。セリアもミザリィも特に何も言わずに了承だけ返して政務室へ向かっていった。これで教室に残っているのは俺とフラン君の二人だけ。
「そういうことだ、フラン君。もうしばらく俺に付き合ってくれるかな?」
「は、はい。もちろんです……」
「これからすることは秘中の秘で頼むよ。……バランスを考えた場合、エイドス魔法の使い手は迂闊に増やしていいものではなさそうだからな」
大昔、具体的には竜魔大戦の頃だが。人は魔力を操れてはいても魔法を操れてはいなかった。けれど人類の進歩とはやはり早いもので、大戦が終わってしばらく、既に魔法使いと呼べる者もちらほらと見られた。その後は関わる必要もないので必要最低限にしか人と接してこなかったが、俺が悠々自適なスローライフを送る数百年の間に、とっくにエイドス魔法も解明されているものだろうと思っていたのだがな。
それを使いこなすためには赤子時代に第三者による矯正がほぼ必須とはいえ、俺のようにばかすかと高次魔力を消費しないのであれば一度や二度、規模の小さなエイドス魔法くらいはそこらの一般人にだって──無論それは人類全体からすると選ばれたほんの一握りになるだろうが──唱えるになんの問題もないはずなのだ。
だが久方ぶりに訪れた人里に、エイドス魔法の使い手はいなかった。それどころか通常魔法ですらも俺からすればいまいち発展していない。魔法界隈におけるメッカだという件の魔法国。最先端の技術・学術による研究が進んでいるであろうそこならまた話も変わってくるのかもしれないが、しかし一般的なレベルは少なくとも、魔法学校に通っていたセリアたちこそがその基準だろう。彼女らの場合は学校長の有能さを思えば一般的魔法使いより高い水準にあるのかもしれないが、であるなら余計に。あっという間に魔法を覚えたあの始まりからここまで、時間の経過の割に進展が奇妙なまでに遅い。そのことに俺は首を捻らざるを得ない。
……とまれその原因がなんであるにせよ。思いのほか進展していない魔法界隈にエイドスという大穴を空けるのには些か慎重になるべきかもしれない、という話がしたいのだ。魔法使い、引いては人類の進化大いに望むべし、だけれど。竜が王だった昔と違い、大陸は今や魔女の天下だ。『魔女会談』。ひょっとすればその役割は俺の想像以上に重く、そして支配的であるのかもしれない。六名の魔女の存在がそこまで絶対のものであるのなら……この事実は俺にとって良い側面と悪い側面のどちらも孕んでいる。
悪い側面とは、エイドス魔法に素質を持つ者が見つけにくいこと。極端なことを言えば全人類が魔法使いであれば、フラン君並みの才者だってもう少し珍しさが落ちる。分母も増えるのだから割合としては同じでも、絶対数が上がるだけでもそれは非常に価値あることだ──対して。良い側面とは世界の支配者たる魔女会談が『たった六名のみ』の少数組織であること。
もしも、万が一にも、物の弾みか何かで。竜魔大戦よろしく俺が彼女たちと敵対することになった場合、けれど五大竜王とその配下で構成された空を覆い尽くすような竜の軍勢との大立ち回りを思い出せば、その程度なんの苦難でもなかろう。や、もちろん事を構えるとなれば面倒ではあるのだが。しかし俺の最終目標を思えばこれは当然懸念しておくべき事項であり、そして確定でこそなくとも避けられない事態である可能性が著しく高い。
フラン君をこちら側に引きずり込もうというこの行為は、成功すればいずれ来たる未来を早めるかもしれないもの。そういう諸々のことまで彼に打ち明けようとは思わないが、誘導はしても騙すことはしたくないのが俺のちっぽけな拘りだ。敵でない限りはね。フラン君はもちろん味方であり所有物でもあるので嘘は決してつかないつもりでいる。故に。
「最後の確認だ──本当にいいんだな、フラン君。君がやろうとしているのは博打のようなものだぞ?」
「心配してくれてありがとうございます……で、でも。博打であることは理解した上で、自分はそれでも……イデア様に近づきたいです!」
「そうかそうか。よく言ってくれたよ」
扉を施錠する。窓も締め切って、カーテンをして教室内が人目に晒されないようにする。俺の魔力で部屋を満たすことも忘れない。これでミザリィの壁抜けや、透視の魔法でもここで何が行なわれているかは外から覗けなくなった。
「イ、イデア様……?」
「秘中だと言ったろう? 城内だろうと用心を欠かせられる質じゃなくてね」
準備万端。それを確認した俺は「さて」とフラン君の正面に立ち、不安そうにしている彼に告げた。
「始めようか。まずは服を脱いで裸になってくれ」
「え……えぇっ!?」




