67.なんの参考にもならない
「俺の持つイメージ……つまりフラン君は、普段俺がどんな風に意識しながら魔法を使っているのかが知りたいのかな」
「は、はい……! 是非参考にしたくて……」
おっかなびっくりな口調ではあるがフラン君の目には希望と期待が満ち溢れている。ふーむ。これはちょっと、そのままの事実を伝えるのが忍びないな。と頭を掻いた俺に対し、彼は途端に委縮したようだった。
「あ、す、すみませんイデア様……自分、出過ぎた真似をしてしまいました」
「いいや、ちっとも出過ぎた真似なんかじゃないよフラン君。積極的な質問は生徒の熱心さを伝えるものだ、教師役として嬉しい限りさ。ただね……残念なことに俺のやり方はとても君たちが参考にできるものではないんだよ」
「え──?」
呆けたような顔をするフラン君。見ればセリアとミザリィも俺の言葉の意味を考えている様子だった。が、別に深い意味を込めての発言ではないので額面通りに受け取ってほしいところだ。要するに。
「俺はどんなイメージも持たない。端的に言えば『何も考えずに』魔法を使っている。俺が行使する魔法の結果ぐらいは思い浮かべているけれど、それもイメージの強固というよりもそうなって当然だという認識であって想像ではない。まあ、言い換えれば想像力による補強を通り過ぎている段階が今の俺なのかな? いちいちイメージのために脳のリソースを割かず、それでいて最大限の効果を求めるためにはこれが理想なんじゃないかと思う。とはいえ、イメージの確立にも苦労している君たちではここに至るのは先の先のそのまた先ぐらいの話だ。現時点じゃなんの参考にもならない、そうだろう?」
そう問いかけたものの、呆気に取られている様子の生徒たちはやはり返答するどころではなかった。魔法を使うのに何も考えない、という部分が凄まじい矛盾に思えて咀嚼しかねるのだろう。仕方ないので一方的に話を続けることとする。ついでだ、魔素の吸収の部分についても伝えておこうかな。
「魔素の吸収。これはまず、俺は滅多にやらない。前回の講義でも教えたが理想領域──この実存世界に満ちる魔素の発生源である世界から引っ張り出した高次魔力を使っているからね。わかるかな? 魔力自体を直接得ているんだ。だから魔素の吸収・変換というプロセスを踏む必要がない。必然、その過程におけるイメージなんてものとも縁がない。まあ、どうしても火力を最低限以下にしなくちゃならないとなれば俺もエイドス魔法じゃなくて通常魔法を使うし、そうなれば魔素の世話にもなるが」
弱いし滓っぽいし本当は使いたくないけどね、とは言わないでおく。魔素に頼らなければ魔法を使えない彼女らにそれを口にしてしまうのは少々気配りが足りないというものだろう。
「そしてそういう場合においてはさっき教えた通りの己を器に見立てるイメージ。それを用いる。だから効果ありだと断言したわけだ。何せ俺自身が利用しているものだからね」
「質問よろしいでしょうか、イデア様」
「はいどうぞ、セリア」
「私たちは魔力の扱いにもイメージを持ちます。魔素から変換されたそれを体内に巡らせるためです。魔力循環。一般的にはこれが速く滑らかであるほど魔法の完成速度、効力共に上がりやすいと言われているのですが……この点に関してイデア様の見解と、どのように高次魔力というものを扱っているのかもお聞きしたく思います」
お、これは良い質問だな。
魔力は巡るもの。これは持って回った言い回しなどではなく文言通り、魔力が持つ性質のひとつを表している。魔法式に則った運用をしなくても魔力はそれそのものに物質を強化する力があり、またそのために物質内で循環する特性があるのだ。と言っても、それと同じくらいに魔力は他の存在と反発もしてしまう。魔化で注いだ魔力がその傍から抜けていくのはこれのせいだ。
そこで定着を図るためには反発を生まない、あるいは殺した上手な注ぎ方と。そして注いだ後の反発も抑える上手な巡らせ方をしなくてはならない。慣れればそれほど難しくないが、熟達しようともかなり気を使う作業になる。ノヴァが十万点ものアイテムに魔化を施した事実に俺がひどく驚いた理由もよくわかってもらえるだろう。それには拍手したくなるほどの根気が要るからだ。それだけ賢者入りに真剣だったということだろうけれど……その割には、俺が賢者の価値をよく知らないと気付くやいなや実にあっさりとその目標を捨てていたが。それでいいのかノヴァよ。
それはともかく。反発が生じるのは無機物だけに留まらず、人体においても同じだ。魔素を介し自らで生み出した魔力であっても、生み出したまま何もしなければ立ちどころに体内から抜け出てしまうので、それを防ぐために循環──いわゆる『魔力を練る』という行為が不可欠になるわけだ。反発を抑え循環を促す。これを経て魔力は真に所有者のものとなり、魔法の源となるのである。
ちなみに、巡らせた魔力をその勢いに乗せて放出するのが呪文を発動させるイメージだとすれば、巡らせたまま蓋をしてなるべく長持ちさせるのが身体強化のイメージだ。どちらについても循環が大事であることは明らかだろう。魔素の吸収・変換で魔力を得るのが魔法における基盤であるなら、その基盤にまず立てるべき主柱が魔力を練る・操る技術だと言える。……俺の場合だとこの工程、つまり魔力を練るの意味合いがまた変わってくるのだが、今そこはいいか。セリアが聞きたいのは要するに、魔素の吸収と同様に魔力の循環においても俺なりの手法があるかどうかについてだ。
「スポンジの例はこれにも応用するためのものだろう。魔素と同じく魔力も水に見立てるやり方だ。君たちは液体の魔力を渦巻かせるイメージで魔力を練っている。そうだな?」
全員から肯定が返ってきたので、俺もひとつ頷いて。
「これ自体は、魔素吸収と同様に汎用的で一定の効果があると思う。ただやっぱりビギナー用って感じかな。液体に見立てるにしてもそれをぐるぐるとかき混ぜるんじゃなく血流に沿わせたほうがいい。そのほうが自然で無駄がない。そしてできれば、もっと細かく。体全体だけじゃなく部位ごと、部分ごと、細胞ごとに循環が起きているイメージを持てたら言うことなしかな」
「さ、細胞ごとですか……」
「ああ」
口に出してから通じるだろうかと不安に思ったが、細胞という単語に関しては彼女らも存じているようだな。この世界の科学レベルがよくわからないので──魔法という超常が当たり前のものとして存在するせいなのか発展しているもの、していないものがちぐはぐな印象がある──ちょっと説明に困るときもあるのだが、これに関しては心配いらないらしい。ならば話も早い。
「セリアが臆するのも無理はない、細胞ひとつひとつにその想像を働かせるのはちょっと難儀するだろう。イメージだけじゃなく技量も必要になってくることだしね……実際俺には三人の弟子がいるけど、これを身に着けたのはたった一人だけだ。だからまあ、難度は相当なものだと思っておくことだね」
その一人とはもちろんアーデラだ。あいつは教えたその日にできた。それがどれだけ優れたことか知ったのは二人目、三人目と弟子を増やしたあと──つまりアーデラが独り立ちして以降のことだったけれど。しかし彼女の物覚えのよさについては十二分に把握できていたので、何かさせるたびに毎度ちゃんと褒めることは忘れなかった。なのにどうしてあんなに生意気に育ったのか、これは魔法を駆使しても解き明かせない永遠の謎である。
注釈しておくと、ノヴァやその姉弟子が駄目だったというわけではないぞ。姉弟子は細かなイメージを持つには向いていなかったがその代わり凄まじい勢いで魔力を循環させることができたし、ノヴァは弟子の中で最も勤勉だった。その証拠に、俺の下にいた頃は苦手としていたはずの身体強化も独自に習得していただろう? 育てた身で言うのも口幅ったいが、癖はあれど二人とも素晴らしい魔法使いだ。
なのにどうしても劣等生めいた扱いになってしまうのは、それだけアーデラが優秀過ぎたということだ。魔法学校で言えばフラン君のポジションに当たるのがあいつだろう……素行についても一切問題のない彼と比べては、不良もいいところのアーデラはとても優等生などと呼べたものではないかもしれないが。
「最後に、俺が魔力を使う際にどんな想像をしているか、だが。まず頭の上に穴を空けるんだ。ああいや、言い方が悪かった。頭の天辺にじゃなくて、頭上にね。俺は上のほうが想像しやすいからさ。そうやってエイドスと繋げて、そこからどばっと落ちてくる魔力をこの体を通して放出させるイメージだ。セリアに見せた光の奔流はほぼほぼ無工作。大量の魔力に破壊力を上乗せして、ついでに指向性を持たせてそのままぶっ放しただけの呪文とも呼べないような代物だ。と言っても俺が使う魔法の大半はそんなものだけども。なんにせよこれも参考になるものではないよね」
そのようですね、とどこか渇いた声音でセリアが言った。うーん、あまりにも学校で習ったそれと違い過ぎて気が遠くなっているっぽいな。自分で言うのもなんだが俺は出自含めて特例中の特例だ。そもそも扱う魔法が違うのだから良くも悪くも手本にはしてほしくないんだがな。なんて思っていると、ミザリィも小さく手を上げているのでどうぞと発言を促してみる。
「素朴な疑問になりますが、イデア様。魔素を介すものよりも高次の魔力を大量に用いるのがエイドス魔法であるとのことでしたが……それだけ大量に、より濃密な魔力を取り込むからには、魔力酩酊もより誘発されることになるのではありませんか? イデア様はそれをどうやって解決されているのでしょう?」
「あー、魔力酔いね。……そもそもどうして魔力に酔うのかはわかる?」
「脳への過度な負荷が原因だと魔法学校では教えられましたけれど……」
若干不安そうに横へと目を向けた彼女は、そこでセリアとフラン君が頷いているのを確かめてからこちらに向き直った。座学においてミザリィは二人に負けていたらしいな、となんとなくわかるね。まあ、そこにいたずらに触れることはやめておいて、ささっと彼女の疑問を晴らしてしまおうか。




