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6.ちょっとわからせよう

「兵士が敗北した時点でモロウが逃げてしまったということはないでしょうか」


「ここがあいつの目的地だろう? 逃げてどこに向かうっていうんだ」


「ですが、先ほどからなんの物音もしませんよ」


「そうだな。この王城は静かすぎる。ちっとも人の気配がしない。それは俺が兵を片付けたこととはなんの関係もない、最初からだ。だからきっとそういうことさ」


「では、本当に王や臣下たちも全員モロウによって……」


 セリアは戦々恐々といった面持ちだったが、その足取りはしっかりしている。何かあっても守るつもりではいるが物事に絶対はない。自分で守れるぶんにはしっかりと自分の身を守っていてもらおう。


 なんて思いながら重たい扉を破壊して玉座の間へ入った途端、違和感。何かを突き破ったような感覚。それと同時にセリアが俺の横から消えていた。


 強制転移か。使用された魔力の痕跡からどこへ飛ばされたのか探ってみる……なんだ、単に王城の敷地外へ移動させられただけのようだ。それなら問題はない。十分もあれば自分の足で戻ってこられるだろう。


「転移の罠とは味な真似をする。からの玉座にしては少し手が込み過ぎているんじゃないか?」


「空だと? とんでもない……ここには僕がいる」


 段の上に置かれた王が座すための豪奢な椅子。そこに主の姿はなく、代わりに一人の男がその下で待ち構えていた。痩せぎすで神経質そうな顔立ちのそいつは既に戦闘体勢にいる。


「お前がモロウか」


「ああ。そういう貴様は何者だ?」


「それが確かめたくてセリアを飛ばしたのか。元同僚として語らうこともあっただろうに」


「質問に答えてもらおう。いや、この際何者であっても構わない。だが何故『あの力』を使えるのかは確実に明かさせてもらう」


「あの力?」


「とぼけても無駄だ、貴様の尋常ではない魔力はここからでも感じた。あれは間違いなく──この僕と同じ力だ!」


 ゴウッ、と室内に風が吹き荒れる。魔力風だ。魔素から魔力を得たり、あるいは魔力の操作中に起こる人為的自然現象。力が強ければ強いほど風も強くなる。俺のローブをはためかせるこの風力はなかなかのものだと言えた。


「なるほど確かに──これはエイドスの魔力。やっぱりお前も使えるんだな」


 セリアに提示してもらった俺のとんでもない勘違い。『エイドス魔法は周知されているものだ』という思い込みが、ついさっき覆った。何人か弟子を取って魔法のイロハを教えてきた俺だが、弟子たちは誰もが子どもだった。子ども故の無知で通常魔法とエイドス魔法の違いもわからないんだろうと思っていたんだが、一応はプロの魔法使い(?)であるセリアですらもエイドス魔法を使えないどころか、知りもしない。となると──。


「エイドス……?」


 そう、小首を傾げているこの男のように、そもそも理想領域エイドスの存在すらも知識にないというのが一般的なようだ。そうでないとセリアもあんな反応は……っておい。


「力を使っているくせしてお前もエイドスを知らないのか……いやまあ、俺が勝手に名付けただけだから今では違う名称が広まっているのかもしれないけど。でもそのリアクションからするとそういうことじゃなさそうだよな」


「いったい何を言っている?」


「だから、理想領域エイドスだよ。魔力の源の話」


 なんと言えばいいのか、この世界は二重構造になっているのだ。エイドスは実存世界イグジスをすっぽりと覆っているが、目には見えず触れられもしない。ただそこにあるだけだ。魔力で構成されているエイドスから漏れ出たものが魔素。人間が使う魔力の源だ。つまり俺たちは普段、魔力の残滓から再び魔力を生み出しているということになる。とんだリサイクルだ。


 残滓からまた魔力を作れるものなのか、と不思議に思うかもしれないがなんということはない。それだけエイドスの魔力が桁違いだということだ。何せあそこには正真正銘、魔力しかないからな。生き物もいれば草木も生えている。人間だっている。二人だけだが。それらも全部魔力だ。ちょっと混乱するかもしれないが、エイドスというのはそういう世界なのである。


 それで。ここまで言えば察しはつくかもしれないが、エイドス魔法というのはつまりエイドスの魔力を直接利用して発動させる魔法のことだ。普通なら欠かすことのできない魔素の吸収と転換というプロセスを必要とせず、それもエイドスのふんだんな魔力を扱うことでそれは通常魔法とは比較にならない危険度になる。当然、通常魔法では実現しづらいことも実現しやすくなる。


 それ以上になんと言っても、使用される魔力の質と量に比例して破壊力もまた桁違いになるのが最大の特徴と言えば特徴なんだけれど。


理想領域エイドス──僕が繋がっているのはそこだったのか!」


「繋がっている。間違いじゃないな、確かにリンクはある。だけどそれだけじゃない、お前がエイドス魔法を使う度に世界には穴が開くってことを忘れないでくれよ。それは魔力を通すための穴。用心したほうがいい。そうじゃなきゃいつか飲み込まれることになる」


「ご高説は結構だ。何故この力にそこまで詳しい? にわかに貴様の正体にも興味が湧いてきたぞ……全て吐かせてやる!」


「む」


 兵士への加減をやめてエイドス魔法を使ったのは──正確にはエイドスの魔力を使った、だが──あれは倒すために必要に駆られたというよりは、モロウに向けたメッセージのつもりだった。

 より警戒されるだろうがそのほうが色々とはっきりすると思ったのだ。実際それはその通りだったけれど、想定以上に相手のエンジンをかけさせてしまったな。


「まあ、どのみち戦闘は必須か……」


 迷いなく死兵(言葉通りの意味だ)を繰り出して侵入者の抹殺を図るくらいだ。玉座まで辿り着けばこうなることは確定だった。だったら俺のすることもひとつだ。


 ちょっとわからせよう。



◇◇◇



 イデアが到着予測を十分後としたところ、正門からもう一度大急ぎでもぬけの殻の城を駆け抜けたセリアは、その半分も時間をかけずに玉座の間へと戻ってきた。しかしたったそれだけの間に全てはもう終わってしまっていた。


「早かったな、セリア。君はなんでも行動が早い」


 それはこちらの台詞だ、とセリアは思う。見たところ然程──先の廊下の被害と比較すれば──荒れた様子もない玉座の間で、モロウはイデアの足元で土下座していた。土下座だ。イデアの無事を喜ぶ前にセリアが我が目を疑ったのも無理はないだろう。


「勝った、のですか?」


「見ての通りね。なあ、モロウ」


 話しかけられた彼はビクリと肩を震わせ、顔を上げず床に額を擦りつけたままで返した。


「し、始原の魔女様であらせられるとは露知らず、無礼な真似を働いてしまったこと。誠に、誠に申し訳なく思います……!」


「イデアでいいよ。……ほら、この調子だ。名乗る前はまだ反骨的だったんだけどな。俺が始原の魔女と呼ばれていることを知った途端にこれだよ」


 それはそうだろう、とセリアは思う。


 始原の魔女の実在を信じると信じないとに関わらず、魔女伝説というのは特に魔法使いにとって文字通りの伝説なのだ。その本人が目の前にいるというだけでも驚天動地であるのに、そうとは知らずに敵対してしまうなど不運どころの話ではない。モロウのあまりの怯えようにセリアは、疑問の解消のために始原の魔女を連れてきた自分の蛮行ぶりを身につまされた気になった。


 しかし、それにしてもモロウのこの態度は少しおかしい。怯えるにしてもここまでか? 余程にイデアが凄惨な目に遭わせたのだろうかと確かめてみたが、彼に目立った外傷はない。それどころか衣服にもほとんど乱れがない。激しく戦って負けたというのであればこうはいられまい……兵士たちを一瞬で無と帰させた苛烈な魔法を思い起こしながらセリアは頭を振った。


 それを受けて、イデアはうむと頷いた。


「劣勢になれば卑屈なまでに弱気になる奴もいるが、こいつはそういうタイプではないんだな?」


「私の知る限りではむしろ自信家です」


「確かに最初はそんな感じだったな。──おいモロウ。ひょっとして、お前は俺と何かしら縁があるんじゃないか? 今日のことじゃあなく、もっと昔。例えばお前がまだ赤ん坊だった頃とかに」


 イデアの言い草は非常に奇妙なものとしてセリアには聞こえた。具体的であり、それこそ赤子にでも声をかけるような優しげな声音での問いかけ。それはなんらかの確信がなければできないような聞き方だった。


 がばり、と土下座の姿勢からモロウが頭を上げた。そこには喜色が満ちている。彼のそんな顔を同僚として働く間に一度たりとも目にしたことのないセリアは唖然としてしまう。


「お、覚えておいででしたか始原の魔女様! 僕と僕の母のことを……」


「やっぱりそうなのか。お前、あのときの死にかけていた赤ん坊だな」


「はい、あなた様に救っていただいたモロウです」


「あーごめん、名前までは憶えていなかった。聞いてもまるでピンとこなかったよ」


「そのようなことを謝らないでください、始原の魔女様! あなたが母を忘れずにいてくださっただけで僕は……!」


 感極まったように目尻に涙を浮かべるモロウと、苦笑しながら彼を立たせようとするイデア。それを横から眺めながら、セリアには何が何やらまったくもって理解が追いつかなかった。



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