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51.同僚になれたら

 旧くはリルデン城、現在はイデア城と名を改められたその城は、どこもかしこも寒々しかった。何せ活気がない。普段勤めが二人、その手伝いが一人。決められたことの確認しか行わない王を加えても城内にはたった四名しか人がいないことになる。時期によっては国民の誰も知らない内に改築された地下牢に囚人がいくらか捕らえられていることもあるが、それを人員に数えることは間違ってもできないだろう。


 旧王の放蕩趣味によりガワ・・だけは大国にも引けを取らないほど立派な城であることも相まって、静けさと人気のなさが余計に際立っている。その空気感が静謐というよりも陰鬱なものとして感じられるのはまともな感性か、それとも自分が抱く恐れ故の過剰なものなのか。ミザリィには判断がつかなかった。


「…………」


 普段は一切使われることがないという王城の一室で──おそらくこの城はそういったスペースばかりなのだろうが──ミザリィは落ち着きのない様でいた。腕を組んではやめて、絶え間なく足の位置を変え。椅子の上で身じろぎを続ける彼女が過度な緊張下にあることは傍目にも明らかであった。しかし、その指摘をする者はここにいない。部屋にはもう一人、同じ造りの椅子に腰かけている少年フランフランフィーがいたが、彼もまたそわそわと気もそぞろな様子。つまりは自分のことで手一杯で、他者にまで気を使う余裕がないのだ。


 両者の緊張の度合いは似たようなものだったが、その種類は大きく異なっている。血を熱くさせ、赤い果実のように頬を上気させているフラン少年のそれは大好きなアイドルとの対面を果たすによく似た心持ちだった。見た目も興奮の仕方も熱狂的なファンそのものである。対して、寒気すら抱くほどに鼓動を低く沈み込ませているミザリィ女史のそれは、裁判にかけられる重罪人の如く硬質で血の通わない暗い緊張。畏怖と恐怖の違い。言葉にすれば僅かな差だが、それが彼と彼女の内心を天と地ほどもかけ離れさせていた。


 二人をこうさせている原因が何かと言えば、勿論それは『始原の魔女』イデアその人である。


 連れてこられて一月ばかり放置されていたかと思えば(その間に色々と教えられてはいる)、今日突然お呼びがかかった。この部屋で待機しているのはイデアとの面談が控えているからだ。国王たる彼女はフランとミザリィが宮廷魔法使いとするに相応しい者かどうかこれを機に見極めようとしている。と、彼女たちは聞かされている。


 それはやって当然の審査であるし、セリアよりいずれそのときが来るだろうとの事前の知らせもあったが。しかしミザリィの思いとしては「どうしてやってきてしまったんだ」という絶望が強い。できることならお忙しい様子のイデア新王には自分たちのことなどさっぱりと忘れてもらって、このままなあなあで雇われたかったところだ──それがどれだけ都合のいい妄想であるか理解しつつも、イデアとの対面直前の今となっては絵空事だろうとなんだろうと現実逃避のために思いを馳せずにはいられなかった。


 それだけ恐ろしいのだ──彼女のことが。


 思い出すのはあの容貌。服装も髪も瞳も全てが黒く、そしてその外見以上に黒々とした、気質とでも言うべき彼女の在り方。特に自分に向けられた視線のなんと無機質で空虚だったことか。人が路傍の石ころを見る際にももう少し温かみのある目をするだろう。あまりの色味の無さにそれと目を合わせてしまったミザリィの全身からは自然と力が抜け、気付けば粗相を犯していたほどだ。


 殺人メイドマニから向けられた殺意も手痛く強烈なものだったが、けれどそれはまだ有情だったのだと彼女は知った。『なんとも思っていない』。殺すことにも殺さないことにもなんの価値も見出していない魔女の虚無の瞳に映し出された己のちっぽけな姿。それを目の当たりにしたからにはそう悟らずにはいられなかった──。


 マズいことだ、とミザリィは下唇を噛む。あのときはまだセリアの自宅だからよかったのだ。情けなさすぎて憐れみでも引き出せたのか、結局その粗相について魔女の口から言及されることはついぞなかったが。しかしもしも執務室で同じことをすれば今度こそどうなるか……いや、その際には処罰されることは確実と見ていい。


 自分はあの目に耐えられるだろうか? 二の舞を防げたとしても他に失態は犯さないか? 彼女にそんな自信はまったくなかった。魔女が面接方針に圧迫を採用していたならその時点で詰みだろう。辛辣な台詞を浴びせられれば自分は即発狂してしまう。それだけは確かな自信があった。そんな情けない自信なんていらない、と心中だけで身悶えするミザリィはその内心の荒れ狂い方からすれば表面上はよく抑えているほうだと言えるかもしれない。いつでも必要以上に他人の目線を気にする格好つけたがりの悪癖が、このときは良いほうに作用していた。


「──イデア様がお待ちです」


 音もなく開かれた扉。そこに姿を見せた例のメイドが感情を窺わせない口調でそう告げたのを契機に、フランとミザリィは席を立った。そして彼女の後ろをついて廊下を移動する。三者三様の無口さを発揮している行進の最中、この中で唯一ポジティブな心情を持つフランが口を開いた。彼の言葉にはその血色を表すように希望的な展望が含まれていた。


「が、頑張りましょうねミザリィさん。イデア様に認めてもらえれば宮廷魔法使いですよ。ひょっとしたらそれだけじゃなくてイデア様から直々に魔法を教われるかも……なんて、えへへ。それはさすがに望みすぎでしょうか」


 自分のことを覚えてもらえるだけでも嬉しいですけどね、と。こちらを見上げながら照れたようにするその恋する少女然とした顔を見ながら、ミザリィには彼が何を言っているのかあまり頭に入ってきていなかった。あまりにも自分の心情と温度差があり過ぎる言葉を前に、脳がそれを文章として理解するのに多大な負担を強いられたのだ。解読できたのは最初の『頑張りましょうね』だけである。


 頑張る……? ああそうだ、頑張らねば。自分にできることはそれだけなのだ。必死になって、無様にもなって、どれだけ媚び諂ってでも生き延びねば。セリアの手で殺されるのと魔女の手によって何かされる・・・・・のとでは訳が違うと本能で察しているために、彼女からの反感はそれこそ死んでも買えない。


 生きる。生きるのだ。大した才覚も持たない身ではあるが、それでもどうにかして気に入られ、この先に待つ地獄を乗り切って。フランとセリア、どちらも年下ながらに自分よりも遥かに優秀な魔法使いたちと共に、もう一度新しいスタートが切りたい。


 一周回って、あたかも彼女の目から見れば能天気極まりないフランに触発されたかのように、このときミザリィもまた展望を強く持った。少年と比べれば血色はよくないが、しかし彼女はその口元に小さく微笑みを浮かべて彼の頭を軽く撫でた。


「ええ。頑張りましょう、お互いに。──同僚になれたらいいわね」


「はい!」


 悲壮だが力強い決意を抱くミザリィと、以前の優しかった先輩に彼女が戻ってくれたことを無邪気に喜ぶフラン。すると、背後のそんなやり取りを聞いてもまったく表情筋を動かさなかったメイドがひとつの扉の前で立ち止まって、彼女たちに黙るようにジェスチャーをした。二人がぴたりと口を噤んだのを確認したマニによって丁寧なノックがされる。あの日の凶行とは雲泥の所作に、ミザリィは胸焼けに近いものを感じた。


「入っていいぞ」


 そうであってほしいという願望によるものか、部屋の主の返事はごく軽いものだった。



◇◇◇



「じゃあまずはそっちからだ。早速だけど見せてもらえるかな、無名呪文……で合ってるよね。体系化されていない独自性の強い呪文ってやつ。うん? いやいや、そんなに卑下することはない。言ってしまえば俺が使う魔法の大半だって無名呪文みたいなものなんだから。つまり君と俺はお仲間だ、そうだろう? ただ年の功で俺のほうが色々と手札が多いってだけさ。さあ、やってみせて」


 なんだか呪文を見せる前に聞いてもいない御託を述べ出したものだから、さてはこの人極度の緊張しいだなと見抜いた俺は──前にも失禁していたぐらいだしね──とりあえずこちらも言葉を並べて激励してやって、彼女が得意としているという壁抜けとやらを披露してもらった。


 結果は、うん。

 割と面白いな、というのが率直な感想だ。


「へえ、床もすり抜けられるし、なんなら抜けるだけじゃなくて潜ったままでの移動もできると。いいじゃないか、使いこなすほどに色んな場面で活躍させられそうだ。後ろ暗い組織に雇われていたのも納得だな。潜入に持ってこいだし敵に見つかってもまず捕まらない。斡旋する仕事の現場でも下見していたのかな? や、怒ってないよ。ただの確認。ふーん、やっぱりそうか」


 魔法使いを積極的に雇うこともそうだが、仕事内容に合った呪文の使い手を選ぶこともできているあたり、ブローカーという組織のリーダーはなかなか優秀な奴だったようだ。少なくとも人事面ではそれなりに。だからと言って会ってみたかったとかはちっとも思わないけども。


 そちらより死んで残念なのはロウネスだ。魔法学校の卒業生という数少ない肩書きを持つ彼のこと、生きていればほぼ確実に雇わせてもらっていただろうに……とは思うが、まあ。聞くところによると手堅くまとまっている魔法使いというだけで独自の強い個性があったわけでもないようだし、拾い物としては彼よりもミザリィのほうが俺好みではある。ロウネスではなく彼女が生き残ったことを幸運と喜んでおくかな。


「政務についても問題なくこなせそう? そうか、セリアがそう言うなら間違いはないだろう。よし、採用。明日からモロウたちの手伝いをしてやってくれ」


「え──ほ、本当に? 採用、ですか?」


「うん、本当に採用。これで君は俺の臣下だ」


「…………」


 念を押してやったというのに彼女は狐につままれたような面持ちで呆けたままだ。……何をそこまで不安になっているのかよくわからないが、ここは発破をかけるというか、現状をきちんと認識してもらっておこうかな。


「ミザリィ」


「! は、はい」


「俺は欲しいものしか手元に置かない。君を雇う判断は、必要だと思って俺が下した。だからそれは絶対だ。君に不安があろうとなかろうとやってもらう仕事に変わりはないし、そして君が俺のために働いてくれるなら、俺も君を守ろう。臣下である内は安全と寝食を保証する。もちろん給料もね。それでどうだ?」


「私のことを……必要だと、仰るのですね」


「うん? ああ、そうだね。俺の物にするからにはそうだ。で、質問の体は取っているがぶっちゃけ君に拒否権はないんだけど。何か不満があるなら言ってみてもいいよ」


「いいえ、何も。何も不満なんてありませんわ、イデア様。貴女様の忠実な部下であるこのミザリィを、これよりどうぞよろしくお願いします」


 厳しく言ったつもりだが、不思議とミザリィはとても嬉しそうにしていた。部屋に入ってきたときと比べて明らかに顔色がよくなっている。なんだか扱いの難しい人だな……まあ、やる気になってくれたならそれでいいのだけど。



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― 新着の感想 ―
[一言] フランは次かな? イデアがどういった評価をするのか気になるねぇ
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