50.面談の時間
「ということで。新王国は実質二ヵ国を属国に持つまあまあな大国となりましたー。やーめでたいね」
「おめでとうございます、イデア様」
慇懃に祝福を述べるセリアも、それを鷹揚に受け取る俺も、いまいち得心いってない感じなのはこれが本当に祝っていいことなのかと疑問を抱いているからだ。
なんと言っても我が国は自浄に忙しいところだからなぁ。まずは内々を良くしようとするのに必死だというのに他の国の面倒までは当然ながら見切れない。なのに俺がセストバルとステイラを同盟国として受け入れたのは、実際に手を下さなくてはならないような機会が当面は見えていないこと。そしてもしそうなったとしても新王国がどうこうするというよりも、俺個人がそれに出張るだけで済むだろうという目算あってのことだ。
内情で言えばちっとも大国然とはしていられない新王国であるが、それ故に、抱えた二国からの援助を期待したい思いもある。そういう計算も込みでモロウやダンバスがセストバルとより強い繋がりを持ちたがっているというのは俺も理解していたので、まあ、それならばとその希望に則ったわけである。
戦後処理(と言うのか微妙だけど)でジョシュアとステイラ公の間を取り持つ際、ついでとばかりに──しかしその実彼はそちらこそを重要視していたのだろうが──言い出された条約の再制定にも当然頷き、有無を言わさずステイラ公国もそれに組み込んで、その中身もまたモロウが想定した通りのものとなったので特に迷うこともなくGOサインを出した。三人の王が卓についているというのに暗にではあるが決定権が俺のみにあるというのがなんとも、一見平等な新条約の本質とこの先の三ヵ国の関係が端的に表されていたと言えるだろう。
なかんずく凄まじいのは侵攻阻止の時点でここまでを正確に読み切っていたモロウたちだが、ジョシュアの目線では何もかもが俺の思い通りになっているように見えていたはずだ。……ますます友達付き合いが難しくなっていくね、これは。別に気にかかるところでもないのでいいけどさ。
なんにせよジョシュアからの依頼には片が付いたし、『国交ノ結ビ』はパワーアップして『東方連書』となったし、お金もがっぽりと貰えた。約束された金額に更に上乗せされたのは、ジョシュアの理屈だと侵攻だけでなくその後の暗殺も──つまりノヴァの単独潜入のことだが──退けたことへの正当な謝礼とのことだったが、理由付けがどうであれ、単に色を付けることで友好性を気持ちでも形でも示したかっただけだろう。神殿跡地の惨状でどんな相手と戦ったのかは彼やその臣下も知るところなので、謝礼の気持ちという部分がまったくの方便ということもないだろうけれどね。
そうそう。柱がいくつも折れて石畳もあちこち捲れ上がってしまったあそこは貴重な文化遺産の被害という意味では惨憺たるものだが、国の興りからそこにある遺跡に新たな歴史が刻まれたとして、国民からはけっこう好意的に受け取られているらしい。聞けば柱に代わって新しく立った俺の黒樹がモニュメント視されて観光スポット化しているとか……って、オーリオ領にある黒樹の森と丸っきり同じ扱いではないか。何故とかく人はただ黒いだけの樹木をありがたがって眺めたがるのだろう。それも遠巻きに。
そこはよくわからないが、色々と破壊した負い目が軽くなったのは俺としてもありがたいかな。直せと言われれば直すつもりでいたが、そう申し出ても拒否されてしまったし。ということはつまり、あれはあれでいいとジョシュアも思ってくれたということだろう。
なので、国家間に関わる以外の諸々のことも含めて。問題らしい問題は今のところどこにもないのであった。
「私としては、イデア様のお弟子だというノヴァ様にお会いしてみたい気持ちもありますが」
「俺もちょっとくらい寄っていけとは言ったんだけどさ。あいつったら恥ずかしがっているのか、ステイラ公への説明が終わったらそのままどこかに消えちゃったんだよね」
「それは残念でしたね」
会ってみたかったというのは本心のようで、セリアは本当に残念そうにしている。そんな彼女を見つめながら、ノヴァの去り際のことを思い出す。
興味を持ってくれるんじゃないかと近況をざっと話し、優秀な魔法使いも臣下にいると教えたとき、俺の頭にあったのは誰よりもセリアのことだった。エイドス魔法に覚えのあるモロウ。通常魔法でも年季の上でダンバス。セリアよりも上だと言える魔法使いは他にもいるというのに、それでも俺は彼女こそを思い浮かべていた。だからノヴァにこう訊かれてハッとしたのだ──新しく弟子を取ったのか、と。
弟子ではない。そう返した俺に鼻を鳴らしたノヴァは結局それ以上何を確かめることもなく、再会の約束だけを口にしてステイラ公の城を後にした。……彼が俺の言葉をどう受け取ったかはともかく、セリアを弟子として見ていないことは確かだ。それは何故か? なんて勿体ぶる必要もなく、その真相は単純なことに。
俺は三弟子を育てはしたが、それは元々弟子を育てる目的でやったことではない、というそもそもの前提の違いにある。
言ってしまえばあれはただの子育てに他ならない。拾って世話をする必要があったので衣食住を宛がってついでに一人でも生きていけるようにと鍛えた。それだけのことなのだ。マニと二人の兄が俺の下で暮らす決断をしていれば、自然と彼らが四番目五番目六番目の弟子となっていたことだろう。だけどそうはならなかったので俺は彼らを森から放逐したし、マニを引き取り直した今となっても彼女が四番目の弟子になることもない。
要するに保護が第一であり指導はその副次的なものというか、別段弟子を欲していたわけではないというか……何が言いたいかというと「よーし鍛えてやるぞー」というテンションで他者に物を教えるのはなんか抵抗があるよね、という話だ。わかってもらえなくても構わない。これはあくまで俺の内心のセンシティブな部分に関わるものだからね。人によって感じ方はまるで違ってくるだろう。
まあ一応、新弟子を取ることについて少し思い付いたメリットもあるにはあるのだが。それに関しては三弟子はもちろん、セリアに対してもあまり使いたいとは思えない手段であるために、結局のところ。国王でもある今の俺が新しく弟子を取ることはないのだろう。少なくとも、当分の間はね。
向こうからアドバイスとかを求められるならいくらでも応じるけども……モロウとダンバスについてはもちろんのこと、セリアもそこら辺気を使いすぎているのか全然望んでこないんだよね。そこは当人の自由なので、何も悪いことじゃないが。
気を取り直し、黙っている俺に少しばかり不思議そうな目を向けてくるセリアへ聞きそびれていたことを訊ねてみる。
「そういえばだけど」
「なんでしょうか、イデア様」
「闇組織とかち合ったときには君も『蛍火』で応戦したわけだろう? どうだったかな、使い心地は。人を撃つのに際して何か不都合とか、こうしたほうがいいみたいな改善点が見つかったりしなかった?」
「いえ、特にそういったことは……強いて言うなら発射音が少々気になったくらいでしょうか。消音呪文といつでも組み合わせられるわけでもないので、もう少し音を抑えられたら使用できる場面も増すかとは思います」
そう言ってローブの内からファイアフライを取り出したセリア。その手にしっかりと収まっているそれを見ながら、俺もなるほどと頷く。
「サプレッサー機能か。確かにそれは意識の外だったな」
射撃訓練には立ち会ったが、そのときには俺もセリアも発砲音なんかまるで気にしていなかった。と言うのも火薬を使っていないことと、そして弾速が音速の壁を超えないことから、元々ファイアフライの銃声は割と小さいのだ。アクション映画で派手に撃ち鳴らされるような騒音とは無縁である。だがそれにしたって圧力を伴って銃口から弾丸を飛ばしている以上、訓練の場ならともかく実地ではどうしても気掛かりになる音量ではあるか……うむ、これは実戦使用を介したからこそわかった欠点だな。
生まれ持った素養か、後天的な苦手意識か。とにかく攻撃に適した呪文を習得できないというセリアのために、セストバルで教えてもらった杖の存在をヒントに急遽編み出した道具である。暇潰しのためのクラフトであったことも否めないので欠点があるのは当たり前と言えば当たり前だろう。
実際、難のある集弾性や威力の調整ができないこと、弾に誘導も利かなければ射程も短いし装填数も少ないという有り様で、実戦を経るまでもなく魔力を用いた武器としては最低限度の性能しか持っていないことは明らかであったけれど、そうは言っても仕方ないことなのだ。これは俺としても初の試みであって、その割には上手に作れたほうだろうと思う。
弾数や射程、射撃精度は携帯性と交換にライフル型にでもしてやれば解決するし、呪式魔化のやり方をもっと工夫すれば減音させつつ威力の増減もコントローラブルなものにもできそうだが、そこまでして本格的な『兵器』にしてしまうと持ち主たるセリアのほうが喜ばなさそうなのがどうもね。
拳銃を知らないが故に彼女の認識でファイアフライは『護身具』である。女性がスタンガンを隠し持つような感じだね。それで扱えているものが変にゴツくなると、いざ撃たんとするときに引き金を引くことに躊躇いが生じてしまいかねない──言うまでもなくそれは命取り。そんな事態に彼女を陥らせないためにもグレードアップのさせ方と頻度にはある程度慎重になるべきだろうな。
「参考になったよ。できるときに改良するから今はそのまま持っていてくれ」
懐にそれが仕舞い直されたと同時、俺専用の執務室の扉がノックされる。王様らしい細かなやり取りをすっ飛ばして「入っていいぞ」と俺自身で答えれば、間を置かずその扉は開かれ。
「……お連れいたしました」
「ありがとうマニ。──やあ、二人とも。あの日以来だな」
二人の人間を伴って入室したのはマニである。彼女の背後にいるのはいずれも顔付きに強張りが見て取れる少年と女性。フランフランフィーと、そしてミザリィ。王城で働く新入り候補たちであった。無論、候補というからには彼らがこの城で働けるかどうかはこれから決定されるわけで。
──ただいまより面談の時間である。




