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45.拗れている

 三番目にして現状、俺が育てた最後の弟子にあたるノヴァの実力がどの程度かというと。そこそこ有望、といったところかな。教え甲斐という意味では弟子の中で一番だったと言っていい。


 あくまで一番弟子と二番弟子、この特殊な二人と比較しての相対評価なので改めて言わずもがな、弟子限定の括りを取っ払って魔法使い全体で見た場合は文句なしの上位層に入るだろう。セリアやダンバスといった一般的(?)には優秀とされる魔法使いの腕前を知った今、この評価に間違いはないと思う。それこそ賢者とか他の魔女のような、世間から見てトップ層に数えられている一部と同等のカテゴリにノヴァも含めていいんじゃないかな。……いくらか弟子贔屓が否めない推量の仕方かもしれないが、けれど、エイドス魔法と通常魔法の出力の差からすると決して師匠バカが過ぎることもないはずだが、どうなんだろうね。


 というわけで。少なくとも俺にとっては期待株である弟子とのおおよそ三十年ぶりとなる──はずだ、記憶が確かなら──久々の再会、そして触れ合いである。嬉しくてテンションも上がろうというものだ。何より俺に対して本気で怒りを抱いているのがいい。俺が彼の尊厳を踏みにじるどんな行為をしようとも(意図してやったことではない、念のため)自ら手を出してくるほどに激怒したことはなかったあのノヴァが、だ。


 昔の彼だとそういう場合は怒りながらもめそめそ泣くだけだったのだが、見ない間に色々と経験した結果なのか、修行時代にはあった俺に対する絶対服従の念も多少は薄れているようだ。


 そんなノヴァを前にしての俺の率直な感想としては……少し寂しくとも、それ以上に嬉しい。ジョシュアに言ったのは嘘じゃない、本心だ。独り立ちした弟子が立派に頑張っていると知れて師匠が喜ばないわけがないのだ──で、あるからして。


 ローブを収納空間に仕舞い込み、好んで着ているボイラースーツ……いわゆるツナギだけの姿になる。建物の内外問わずローブをほぼ常に羽織っている俺なので、その恰好はノヴァにとっても印象的だろう。俺がそれを脱ぎ去ったことに、やはり彼は珍しいと言いたげな顔をした。


「着ないのか」


「弟子の成長を見せてもらうんだ。汚れなんて気にしていたら師匠としての礼に欠けるだろう? ──存分に楽しませてくれよ、ノヴァ」


「はん──いいぜお師匠。見せてやるよ、今の俺はあんたを殺せるほどの男になったんだってことをな……!」


「ほー……いいね」


 死という概念を持たない俺を本当に殺せるのだとしたらそれは大変興味深いことだが。しかしノヴァの言わんとしていることは比喩だろう。つまりは俺が本気で戦っても敗北することが必至であると──本気の俺にも自分ならば勝利できると。そう声高に訴えたのだ。なんにせよそれだけの発奮具合だということ。素晴らしい。


 感じ入る俺の目の前で、エイドスから引っ張られた高次魔力がノヴァの身に取り込まれる。うむ、ちゃんと穴が開いているし、安定している。風前の灯火も同然にか細い繋がりしか持てていなかったモロウとはまるで違う。俺が思うエイドス魔法の強みをちゃんと活用できている……良き哉良き哉。さあこのふんだんな魔力からどんな攻撃魔法を披露してくれるのか。と、わくわくしたところ。


「ん……?」


 取り込んだ魔力が、取り込まれたまま。ノヴァの肉体に充満したままの状態で均衡が取られた。これは魔法を撃つのとは違うな……魔力による身体強化! そうかそうか、そちらを選んだかノヴァよ。


「姉弟子を見習ったか?」


「力じゃ到底敵いはしないけどな……だがお師匠を相手にはこれが最適解と判断するぜ」


 怪力自慢でノヴァ以上に泣き虫だった二番目の弟子をお互いに思い浮かべたところで、開戦。ノヴァが視界から消えた。


「!」


 おおっと、速いな。油断がなかったとは言えないが、まさか見失うほどの速度とは──む。


 柱の影から飛び出してくるのを察知してその場から飛び退けば、俺がいた場所をノヴァの蹴り脚が穿っていった。ドゴッ、と石畳をめくり上げるように突き刺さった彼は反転。脚を引き抜きながらその動作のついでのように、しかし目にも留まらぬスピードで裏拳を放ってきた。


「っ、」


 肉体よりも魔力の動きに反応することでどうにかガードを間に合わせたが、まあ。大した壁にもならなかったね。破砕音と共に吹っ飛ばされた俺は柱のひとつに激突し、それを根本から折ってしまった。うぐう。まったくノヴァめ、ここは世界遺産みたいなものだっていうのに暴れてくれる。知ったことではないと言わんばかりだ……いやまあ実際、彼の配慮するところではないのだろうけど。


 だがこれは策の内か。ここを戦闘場所に選んだのも、ちょこまかと動いて接近戦に持ち込むのも、俺と魔法の撃ち合いをしないための手立てのひとつなのだろう。ノヴァも姉弟子ほど自身がそれに劣っているとは思っていないだろうが、火力勝負をしては勝ち目がないとわかっているらしい。だから以前は見なかったような戦法を選んだわけだ。直情的に挑んできたようでいてなかなか考えているじゃないか……などと言っても、元から高火力な魔法をぶっぱするつもりなんてなかったのだけれど。無駄な用心だ。


 あらぬ方向に曲がっている右腕を治しながら立ち上がった途端、襲来する影。エンジンがかかってきたのか更に速いな。今度は防御する間もなく蹴り飛ばされ、柱を二本折ってから地面に激突。それでもいくらか進んでからようやく体が止まってくれた。おーおー、派手にやる。柱だけじゃなく首の骨まで折れているじゃないか。


 俺の肉体はお世辞にも頑丈とは言えない。少女の身体だからね。人にあるリミッターというものが最初から存在しないために見た目以上のパワーはあるが、しかしそれはこういった戦闘において武器にできるほどものじゃあない。あくまで少女の見かけよりは力持ちという程度で、仮に見かけ通りであろうがなかろうが大別すれば貧弱であることに変わりはないのだ。そんなか弱い俺を、強化した肉体で思い切り殴るわ蹴るわとノヴァも随分容赦がない。


 骨と内臓の位置がずりゅずりゅと元通りになっていくのを感じながら、面白いなと思う。同じ身体強化でも姉弟子ほどの膂力がない……だがその代わり、姉弟子にはない機動力がノヴァにはある。魔力による強化の方向性はある程度操れるが、しかしここまでの差がつくのは生来の性質によるところが大きいのではないか? これはまた解明に唆られる題材だな。


 拳で戦うのは魔法使いらしくないことだと思っているのであまり関心もなかったのだけど……それこそ二番目の弟子のために手ずから伝授したのが最後で、それより前となるとこっちの世界に落ちてきたばかりの頃まで遡らないと使った記憶もないが。しかし今になってもう少し深く根を掘ってみてもいいなと思えてきた。けれどもだ。今ここでそれを実践するのはちょっとばかし躊躇われる。


 なんと言えばいいかな。身体強化でいいようにされたので身体強化で対抗する、のでは、なんだか味気ない気がしない? 普段使いしているならともかく俺はそうじゃないタイプで、ノヴァもそれを考慮してこの戦法を取っているのだろうし。ここであっさり弟子と同じ土俵に立ってしまうのでは師匠としての威厳が廃れるというかなんというか。


 反旗を翻されておいて威厳も何もないという意見があれば無言で頷くしかないけれど、しかし自分でそう思ってしまったからには手段を選ばざるを得ない。弟子の工夫を台無しにしたくはないからね。


 作戦は上手く機能した。その上で──完膚なきまでに敗北した。ノヴァにはちゃんとそう胸に刻んでもらって、次なる成長のためのバネとしてほしい。


「さて、やるか」


 瞬く間に距離を詰めてくるノヴァの猛る魔力を捉えつつ、俺も魔力を練り上げた。



◇◇◇



「!」


 それを察知した末弟ノヴァはひと息に接近しようとしていたのを取り止め、跳躍。魔力を静めながら一本の柱の中ほどに片手の指を突き立てて留まり、その場所から慎重に師の様子を窺った。


 傍目にはなんということもない、黒い作業服に全身を包んだ少女がただ突っ立っているだけ。それだけの光景だが、けれど、そこに溢れる魔力が尋常ではない。この世の終焉かと思うような濃く煮詰まった不吉なオーラ。高次魔力を取り込んだ傍から自らの魔力として盛大に……それの意味するところはノヴァにも察しがついた。


(戦る気になったってわけか……!)


 あそこは師の領域にして死の領域だ。あの空間に踏み入った生物は深い海の底にいるような圧を受けることになる。それは極限まで身体強化を果たしているノヴァであっても例外ではなく、どうしても影響からは逃れられないだろう。あの中で普段通りに過ごせるのは魔力の主たる己が師匠だけである。


 同じく高次魔力を用いている身でありながら、規模も違えば規格も違う。魔素から変換される通常の魔力よりも遥かに酩酊を引き起こしやすいエイドスの魔力。それをああも大量に無駄遣いできるのはもはや恐ろしさを通り越して笑えてくるほどだ。


(わかっているさ、弟子である俺が誰よりも──あんたが化け物だってことくらいはよ)


 だからこそ彼は、ノヴァは。姉弟子よりも一番弟子よりも、末弟たる自身こそを。彼女の口から最良の弟子であると認めてほしくて。言ってしまえば独り立ちも、そして賢者を目指したのも、全てはただその一言が欲しかっただけのこと。


 拗れている、とは自分でも思うが。それもこれもこの心を好きに弄ぶ師が悪いのだ。なので、もはやぶつけずにはいられない。ぶつからずにはいられない。そしてそうすれば、師匠は両手を広げ嬉々として迎え入れてくれるとも知っているから尚のこと。


「飛び込ませてもらうぜ、お師匠!」


 色々と手を考えた結果、結局彼は最短最速のルート。即ち正面突破を敢行することにした。



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― 新着の感想 ―
[一言] これ一番教え甲斐のある弟子だったって知った時の顔見てみたいわww
[一言] 少女の体なのに折れるだけで粉々になったりしないのが逆にすごい笑 他の弟子さんたちのイデア様に対しての思いも気になってきますね〜(っ ॑꒳ ॑c)
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