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39.努力家

 杖の材料となるものは樹木。それも、なるべく生木から切り出した素材を直接加工したい。そうでないと杖が持つ役割である『魔素の吸収の手助け』が十全に行われなくなるからだ。


 影響が目に見えて表れるか否かに関わらず、大概の生物は自然と魔素を体内に取り込んで生きている。それを普遍的な──と言うには生来の才能に依り過ぎているが──技術として学術にまで昇華させたのが人間というだけで、何も魔素や魔力に触れるのは魔法使いだけの専売特許ではないのだ。


 草木もまた例に違わず、その身に少なからず魔素を吸収する性質を持っている。そしてそれは他の動物などと比べて効率が良く、自然的な機能である。そこに着目した者の天啓的な閃きは僅か数年で実用性のある形となり、今に伝わる杖の骨子が生まれた。初めて杖を見たイデアが受信装置と例えたのは正鵠を射ており、それはまさしく木製のアンテナとして着想されたアイテムであった。


 こういった経緯から現代に至るまで長さや太さ、材質に工夫はされど、棒状で樹木から取り出されたものという杖の基本形にして完成形のルールは破られていない。──だからこそ、ミザリィには困惑があった。


「それが、杖……?」


 銃型という聞き覚えのない単語もそうだが、まずもってセリアの手にある物体が杖だとはとても思えない。武骨なデザインで引き金を持つそれは、魔素吸収の一助となる補助具などではなく……どう見ても殺傷力を有する何かしらの武器・・である。


 実際それから撃ち出されたと思しき正体不明の攻撃によってこうして地に這い蹲っている彼女なので、つく意味のわからない嘘をつかれたような気持ちだったが。しかし騙そうとしているにしてはセリアの表情には余裕がなく、真剣そのものであった。それが余計にミザリィを戸惑わせる。


 実際、彼女の推測は正しかった。材料となるものが同じで、役割が似通っていて、そしてセリアの補助具となるべく考案されたものであるからして、製作者のイデアは便宜的にそれを杖と呼んだものの。ファイアフライは一般的な杖とは大きく機能が異なっている。


 魔素ではなく魔力の吸収と、保管。そして引き金を引くことで杖内部の魔力が円筒状の構造から発射されるようになっている。それは正しく銃だった。イデアの呪式魔化で施された呪文が火薬となり、セリアが込めた魔力そのものが弾丸となる。攻撃魔法を苦手とする彼女のために贈られた武装であることに間違いはなく、自分の知る杖ではないと一目で見做したミザリィの直感は実に確かなものだったと言える。とはいえ、その形状からして杖を知る魔法使いならば誰しもが最初にそう思ったことだろうが。


 なんにせよだ。弓やボウガンで狙われている以上のプレッシャーがそこにはある。銃口に晒されているミザリィは未だに酷く痛む脇腹に歯を食いしばりつつ、解けかけた身体強化をかけ直す。無防備な状態で今一度あれを食らえば最悪その時点で死にかねない。まだ立ち上がれないのは決してブラフなどではなかったが、それ以上に魔力を練ることを優先すべきだと考えたミザリィのその最善の行動に、けれど、同じ魔法使いであるセリアが察知できないはずはなかった。


「妙な動きは、見せないでください。ミザリィ。必要以上にあなたを傷付けたくありません」


「……!」


 向けた銃口を強調しながらの言葉に、ミザリィの歯噛みはいっそう強くなる。確かにあの威力には耐え難いものがあった。自分程度の強化幅では仮に全身全霊を魔力による強化に注いだとしても、とても対抗しきれないだろう。障壁を張る術もないからにはどうしようもなく、撃たれればそこでお終いだと思っておいたほうがいい。そしてセリアは、撃ちたくはなくとも必要とあらば撃てると。そう言っているのだ。


 ──避けられるか? ミザリィは自問する。あれは遠距離用だ。先ほどはあまりに距離が近すぎて弾速を測ることができなかった。だがこちらに向けられたあの穴から何かを射出するのが攻撃法である以上、その飛来速度が遅いわけはないだろう。であればボウガンや【マジックアロー】と同程度か、それよりも上をいくか。希望的観測はよくないと考え、ミザリィは弾速をかなりの高速だと仮定した。問題は、自分にそれが掻い潜れるかという点。


 できる、と彼女は結論付けた。簡単なことではないが、しかしミザリィには秘策があった。無名呪文である壁抜けはセリアに限らず学友たちに何度も披露してきたものではあるが、まだ見せていない使い方が手札として残っている。それが床抜け。元々彼女は壁をすり抜けているというよりも同化して内部を移動しているイメージで呪文を使っていた。そのイメージを高めることで彼女は床に潜り、移動し、好きな場所から出現することが可能である。


 境のない地面でやるとどこまでも落ちていきかねない恐怖があってどんなに追い詰められていてもなかなか実行には踏み切れないが、ここはアパートメントの三階。壁も床も涙が出るほど薄い安い造りだ。それが幸いし、切り札たる床抜けを敢行することになんの躊躇いもなかった。


 セリアはおそらく、壁に寄らせないようにする。壁抜けで見失ってはまた奇襲に怯えなければならないし、逃げられる可能性がある。それを防ぐためにも、自分が少しでも足を動かせば彼女はすぐさま撃ってくるだろう。だがその用心が裏目となる。手足を動かさずとも呪文さえ発動してしまえばあとは沈むだけ。彼女の前から瞬時に姿を消せる。


 逃げるにしろリベンジするにしろ、まずは射線から身を隠さなければ。


 呪文が使えれば、というその考え方はミザリィ唯一の活路へと飛び込む上で正しいものだった。【マジックアロー】以上と仮定したファイアフライの弾速は過たず魔力の矢を超える。ただし、対象を定めて発射すれば狙い撃たずとも誘導性が発揮されるそれに対し、ファイアフライの弾丸は真っ直ぐにしか飛ばない。撃つに早く当たるにも速いが、僅かにでも狙いが逸れれば無駄弾になる。そういった扱いの難しさが銃型杖にはあり、そしてそれを得て間もないセリアの射撃の腕前はまだとても人に誇れるようなものではなかった。


 故に、虚を突いて床抜けを行うことができたなら。飛び出す銃弾に悩まされずミザリィはその脅威から完全に逃れられるだろう──そう目論んだ彼女の方策に誤りはなく、また挑もうとするのは当然のことでもあったろう。しかし。


 あくまで誤りがないのは、逃れるべき脅威が銃弾のみであった場合だ。


「──【プロテクション】」


「なッ……!?」


 潜ろうとしたその瞬間を、まさに狙い撃たれる・・・・・・ように。ミザリィの足元に張られた障壁が彼女と床の同化を阻み、許さなかった。逃げ場を塞がれて愕然とするミザリィに、セリアは言った。


「やはり。あなたが通り抜けられるのは壁だけではなかったのですね」


「! し、知っていたの……?」


「いえ、知りませんでした。しかし、難しいとされる呪文の拡大化。それを可能とするのもミザリィほどの『努力家』であればあり得ないことではない、と考えたまでです」


「──、」


 学校長の教えの下に研鑽を積み、やがて実現させた床抜け。初級・中級・上級と段階が設定されていることが多い名称呪文とは違い、効果の拡大・拡張の難度がより高い無名呪文においてそれを成し遂げたのは、不断の努力と不屈の精神あってのもの。そう自負しているミザリィはしかし、学校長以外に泥臭く努力しているところを見せた覚えはなく。なのに、セリアが。よりにもよって一番の目の敵にしていたこの美しき才女が、自分のことを──。


「どうして……タイミングまで、こうもばっちり見抜かれちゃったのかしら? 発動を悟らせないように気を付けていたつもりだったんだけど」


「魔力の動きは静かでしたね。ですが完璧ではなかった。こちらもあなたの動向を注意深く見ているのですから、気付かないはずはありません」


「そう……そうなの」


 ミザリィは俯き、そして笑う。それは自嘲の笑みだった。悟らせないようにしていた魔法式の構築とその始動を見破られる。あまつさえ「気付かないはずはない」と言われては、渾身の隠匿を行っていたつもりの自分のなんと滑稽なことか。これだけで自身と相手の立つステージがまるで違っていると身に染みてわかる。


 この【プロテクション】の使い方や、攻めに乏しい己を省みての独自の武装。一瞬とはいえ拘束に抗ったこと。そして何より、やや陰のあった以前とは異なる確固としたその佇まい。──成長している。顔を合わさなかったたかだか三年弱で、ここまでも著しく。


 それに比べて自らはどうだろう。魔法使いとして働ける場所も見つからず、ふてくされ、ブローカーなどという非合法集団に誘われて喜び。挙句にはそこを乗っ取ろうと画策することで野心を失っていない振り・・をして。それはうだつの上がらない現実から目を背けていただけだと今になって気付く。薄汚れた自分とは違う、輝かしいまでの後輩の姿にそう自覚させられた。


 首を振り、ミザリィは静かに両手を上げた。


「降参よ」


「! ……、」


「疑わないでちょうだい、もう戦うつもりはないわ。その気力は失せてしまった……と言っても貴女には信じられないか。好きにしてくれてもいいわよ。できれば、命までは取らないでくれるとありがたいわね。貴女を殺そうとしておいて都合がいいのは承知しているけれど……」


 期待半分、覚悟半分の命乞い。もし助かるにしてももう一、二発は撃たれて痛め付けられるだろうと予想していたミザリィだが、存外にセリアはあっさりと銃口を彼女から外した。


「殺しませんよ。私の主人は向上心のある魔法使いをお求めです。なので、あなたのことを話せば良い拾い物だと喜ばれるでしょう」


「主人……その変な杖を作ったのも同じ人なのよね。いったい何者なの?」


 口振りからセリアはその人物の命令に従って動いているらしいことを把握しながら誰何してみれば、これまたあっさりと、しかしミザリィにとっては驚愕の答えを彼女は告げた。


「『始原の魔女』様。この国の王であられるイデア様です」


「…………はぁ!?」



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