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33.勧誘

 自分は何か悪い行いでもしてしまったのだろうか──目をぐるぐるとさせながら自身の置かれている状況を天罰かと自戒する少年の名はフランフランフィー・エーテル。ともすれば少女にも見紛うその紅顔を緊張によっていっそう赤く染めながら困惑する彼は、自宅にて五人の人間に囲まれているところだった。


 目の前に禿げ頭の厳つい男。玄関口に茶髪の軽薄そうな男。フランから見て左側の壁にもたれかかる短髪の男。裏口の前にはローブの男。そして背後には五人組で唯一の女性が寄り添っている。その意味が決して自分への気遣いではないことをフランは重々察していた。


 ちらりと後ろを見て、まるで逃走経路を潰すように裏手への通路を塞いでいるローブ男──ロウネスへと視線をやったが、目が合った彼はそれを嫌がって顔を背けてしまった。その反応にフランはショックを受ける。


 正面側の三人の男のことは露とも知らない。だがロウネスと、それから真後ろの女とは知己の仲であった。リルデン王国ただひとつの魔法学校で共に勉学へ励んだ学友同士だ。特に、学校長に認められた数少ない卒業生の一人であるロウネスに対してはフランも尊敬の念を向けていたために、その彼が今どんな仕事を行っているのか。それがなんとなくわかったことで余計に動揺が隠せなかった。


 助けを求める視線を無視されてしょんぼりと肩を落とすフランは、小柄な体躯をますます縮こまらせて長椅子の上で委縮するしかない。そんなとても家主とは思えぬ有り様を見て、安っぽい木組みの椅子に跨っている禿げ頭は笑った。そして自らこそがこの空間の真の主人であるかのような太々しい態度で言う。


「そんな泣きそうな顔をしなくたっていいじゃねえか、エーテル。こういう人相をしてるもんで怖がられることには慣れてるが、何も取って食おうってんじゃねえんだ。俺はただお前を勧誘しに来ただけだぜ? 『ブローカー』の新たな仲間としてな」


 ブローカー。家計が自転車操業であるフランもその組織名くらいは耳にしたことがあった。


 曰く、貧民の味方。闇の斡旋業者。稼ぐ手段のなくなった者の最後の砦。聞こえてくる噂はどれもがブローカーが決して真っ当な存在ではないことを示していたが、貧困層にとって組織は忌避されるものでありながら拠り所でもあった。なんとか食べられているうちはいいが、それすらできなくなったときには自分もそこを頼るしかないと誰もがわかっていたからだ。


 勿論、腐っても魔法学校を出た身。フランは何があろうとそんなところの厄介になるつもりはなく──犯罪組織を訪ねるだけの度胸もないので──どんな形であれ関わり合いになることはないだろうと思っていた。だというのに、人生とはままならないものだ。こちらが関わらずとも向こうからやってきてしまうとは。


 俯くフランに禿げ頭は続けた。


「そうだ、改めて快く家に上げてくれたことに礼を言っておくか。ありがとよエーテル。これで俺たちはもうダチだな?」


 半ば強引に押し入ってきたくせに何を言うのか。思わず顔を上げたフランは男の顔付き、その他人へ暴力を振るうことになんの躊躇いも持たない人間特有の険相をまともに見てしまったことでぶるりと肩を震わせた。そうして固まってしまった彼に、禿げ頭はギシギシと椅子を鳴らしながら、威圧するように顔を近づけた。


「最近、この国も騒がしくなったろ? ブローカーとしてはちょいと仕事がしづらくてな。働く場所を変えようと計画してるところだ。王都から出ていくつもりかって? いやいや違う、国を出るんだよ。近場で言えばセストバル辺りが最近荒れてるようで狙い目かと睨んでいるんだが、ともかくだぜ。移転の前にせっかくだからチームを増強しておきてえと考えたわけだ。そこで白羽の矢が立ったのが……お前ってわけだ、エーテル」


「ど、どうして自分に……」


 哀れなほどにか細い声で呟いたフランに、禿げ頭はローブ男を指差した。


「そりゃああいつが勧めたからさ。誘うべき優秀な魔法使いは誰かと聞けば、真っ先にエーテルっつー名が挙がった。後ろのミザリィも文句は付けなかったぜ? 無論俺らもな。満場一致で組織に加えるべきはお前だって決まったんだよ」


 ロウネスとミザリィが自分のことをそんな風に。そこまで買われているというのが嬉しい反面、それが闇組織の新入り候補としての推薦であることに悲しさも覚える。先輩から認められると言ってももっと素直に喜べるシチュエーションがよかった。そう涙目になる彼に、禿げ頭は呆れたように首を振った。


「落ち込むことがあるかよ! 悪い話を持ってきたつもりはねえんだ。俺たちゃ魔法使いが欲しい、お前は魔法使いとして活躍できる場が欲しい。飯屋や本屋で下働きばっかしてる現状に満足だとは言わせねえぜ? ロウネスが言うには魔法使いには誰しも強い欲求があるそうじゃねえか。身に着けた呪文を思い切り使いてえって欲求が。お前だってそうなんだろ、え? エーテルくんよ」


「それは……」


 確かにそうだ。魔法使いとしての才能。亡き学校長から大切に育みなさいとの言葉を頂いたそれは、フランにとっての唯一の自慢であり宝物でもある。心の拠り所だと言ってもいい。なので、その日暮らしに精一杯で魔法使いらしいことが何もできていない現状に不満がないと言えば嘘になるだろう。


 けれども最近はどこも景気がよくなっているところだ。その流れは経済の末端にいるフランにまで及び始めており、賃金の上昇となって影響が表れていた。レストランの客は増え、暇な時間も多かった古書店も多少忙しくなった。外食や読書といった贅沢・・を楽しめる人々が増えてきているという証左であった。


 これが続くのならそう遠くないうちに貯金もできそうだ。貯金ができれば何か新しいことを始めるための資金を用意できる。国が変わるのと同じく自分の取り巻く環境も大きく変わっていくという確信がフランにはあった。つまりは長く続いたトンネルからようやく抜け出して展望が見えてきたところであり、そして何よりも──。


 この国には『始原の魔女』がいる。

 なればこそ、彼の答えは先と変わらなかった。


「じ、自分は……やっぱりいやです」


「あ?」


「あなたたちに手を貸すことも、新王国から出て行くことも……い、いやです!」


「ほー……俺の誘いを断るってかい」


「っ……、」


 凄んだ禿げ頭に臆しながらも、フランはもう俯かなかった。真っ向から見返してくる彼の濡れそぼった碧い瞳に禿げ頭は愉快そうにする。こんな女顔の貧相なガキが本当に誘うに相応しい魔法使いなのかとロウネスらを疑う気持ちもあったのだが、なるほど。最低限の根性くらいは持ち合わせているらしい。単なる女々しい玉無し野郎ではないようだと判明したことで、ますます禿げ頭はフランが欲しくなった。


「いっちょまえに啖呵を切れたことは評価してやるよ。だがお生憎だな、俺は別にお前の意思なんざ聞いてねえんだ」


「え──?」


「わからねえか? いくらお前が優秀な魔法使いっつっても、こっちは五人。しかも二人は魔法使いだ。まあ、これだけ人数がいなくたってこの距離だ。お前が何かしようもんならすぐさま俺がその首をへし折ってやるがな」


 そう言って酷薄に笑う禿げ頭の太い腕を見て、フランは赤くなっていた顔をサッと青褪めさせた。首が本来動かない方向へ曲げられている己の姿をリアルに想像してしまったのだ。そしてそれは想像だけに留まらず、呪文を唱えようとした瞬間に実現するであろう光景でもある。禿げ頭の血生臭い物言いからフランはそれを理解させられた。


「言っておくが来てるのはこれで全員じゃねえぞ。表に二人、裏に一人。見張りを立ててる。助けはないと思え。これはブローカーのフルメンバーだぜ? 総出で来たのはお前っていう魔法使いを警戒してのもの……そんだけ俺たちも勧誘に本気だってことだ。それをすげなく断ろうなんざとんだ人情なしってもんじゃねえか、なあ?」


「へはっ。違いないねえ、エーテルくんはひどい冷血漢だぜ」


「なんでもいい。とっとと頷くが吉だぞ、坊主。どうせお前がはいと言うまでこの状況は続くんだ」


 冷やかしも同然の発言をする茶髪とは違って、男たちの中でも一際逞しい肉体をした短髪の男は腕を組みながら諭すようにフランへ忠告した。それは親切心というより長話にうんざりしただけのようだったが、しかし今後の付き合いを考え、仲間になる少年との間に変な禍根を作りたくないという思いもあっただろう。


 それは脅しをかけるプランへとシフトした禿げ頭にも共通しているものだった。


「お互い変に気色ばむのはよそうや……ここで血を流したってなんもいいことなんかねえ、そうだろ? 人か物か、この国に何か大事なもんがあるのか知らねえが、そいつはすっぱり諦めちまえ。そうすりゃ今みてえにあくせく働かなくたって大金を稼がせてやるからよ」


「自分は、でも……」


「『でも』じゃねえなぁ、聞きたい言葉は」


 ごきごきと指の骨を鳴らす禿げ頭にもはやフランの血の気は引き切り、顔色は青を通り越して真っ白になっていた。恐怖でまともな思考もできなくなった彼が思わず悪徒から差し伸べられた手を取りかけた、そのとき。


「あ……?」


 小さな、けれどしっかりとしたノックの音が室内に響き、一同の視線は玄関の扉へと吸い寄せられた。



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