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31.心の強さ

「……ま、こんなもんか」


 いやー、くっそ久々にぶっ放したな。エイドス魔法。これだけの規模になると最後がいつだったか思い出せないくらいに昔だぞ。こんなものを撃てる機会なんてそうそうないので、なんと言いますか。かなりの爽快感があるよね。


 そうだよこれだよ。エイドス魔法っていうのはこういうものなのだ。高次魔力をじゃんじゃか溶かしてばかすか壊す。モロウのように既存魔法の延長・拡張や、自分が持ち得る才能を伸ばすことももちろん悪くはないけれど。それはそれで素晴らしい使い道だとは思うけれども、だがやはり。エイドス魔法最大の魅力はこの破壊力。息切れしない暴力装置という点にこそあると、俺は思う。


 だから理想領域あちらと繋がるだけでは足りないのだ。大きな穴を開ける。そこから高次魔力を引っ張り出す。そのダムの放水のような勢いあってこそ大規模な殲滅は遂行される。そちらに関して自覚的でないモロウが感覚にしかない繋がりのみを頼りとしているのも、その結果エイドス魔法としては貧弱極まりない魔法しか使えないのも、さもありなんと言ったところか。俺から見れば拙いにも程がある──が、まあ。そこ止まりではあっても、俺が鍛えずともそこに至っているというだけで価値ある個体ではあるんだけどね。


 何はともあれ、これで王城に乗り込む際にエイドス魔法の使用を控えた理由をセリアもわかってくれたと思う。こんなん使ったら城が消し飛ぶわ。ってことでね。使う場所と加減次第ではその限りでもないだろうけど、そんな失敗の可能性ありありな博打をする意味もなかったし。人を消すくらいなら魔力風だけでも充分だということもあって、あのときはああしたのだ。


 だけど今回はさすがにねぇ。魔化された鎧はそうでない鎧とは比較にならない強度だ。それで身を守っている二万越えの軍勢ともなれば、魔力風だけで対処しようとしても追い付かない。俺自身や傍にいるセリアくらいは守れたとしても、背後のジョシュアと本陣にまで手が及ばないことは目に見えている。だからこそのぶっぱ。こうするのが手早くて手堅い、とは戦争に参加することが決定した時点から考えていた。その予定通りにやっただけ、なのだが。


 なんだかな。ちょっと口惜しい気持ちもある。というのも、人の消えた平野に祭りが終わったあとみたいな寂寥感が漂っているからだ。うん、祭り。例えとするなら俺にとってはそれが一番近いものだな。重なり合う濃厚な殺意! 本気で戦を制し、敵を屠らんとする過剰なまでの熱。その総量は凄まじかった。なんであっても人が本気になっている姿はやはり美しい。その対象が戦争であっても、殺意を向けられるのが俺であったとしても。そこは決して変わらない。


 魔化された武器を持っての増長か、過酷な訓練に身を投じている自負か。あるいはステイラという国の教育の賜物なのか? とにかくステイラ兵の士気と勝利への意欲は眩しいくらいのものだった。特に、先陣切って駆けてきた筋肉ダルマなんかはもう笑っちゃうくらいにギラギラしていたよ。そんな彼を筆頭に、大勢を十把一絡げに消し去ってしまったことをどうしても惜しいと思ってしまう。


 何か使い道があったんじゃないか。そういう考えが付き纏うために、人を殺すのにはいつも忌避感がある。いらないな、と判断できればまったくそんなことはないのだけど。しかし向かってくる軍勢を前に一人一人じっくりと検分して仕分けするわけにもいかない。なので泣く泣く、こうして一斉処分を敢行した。や、二万人だよ二万人。これだけの数で試せたらどれだけ研究も捗ることか。そんな場所も時間も現状はないんだけどさ。


「──どうだいセリア。参考になったかな?」


「…………いえ。残念ながら私には、何も……」


 振り向けばセリアは地面に座り込んで俯いていた。魔力風で倒れたまま起き上がれずにいるらしい。間近過ぎて腰でも抜けたか、と思いきやどうもそういう感じでもない。彼女は立ち上がれないのではなく、立ち上がりたくないように見えた。


 ……それがどういう心境によるものかはともかく、ローブの裾が捲れてちょっとはしたない雰囲気になってしまっている。俺にしか見えていないとはいえ女子がこれはよくないな、とその手を取って強引に立ち上がらせた。と言っても、俺のほうが遥かに背が低いので途中からは自力で起きてもらったが。


 それでも俯いたままでいる彼女の顔を下から覗き込んで、強引に目を合わせた。


「セリア。別に俺のようになれってことじゃないし、俺のようになれなきゃ魔法使い失格ってわけでもないよ。ただ、尻もちをついたまま立ち上がろうとしない君を、心から残念に思うだけで」


「……イデア様」


「そうなるにはセリアなりの挫折もあったんだろう。わからないけどわかるよ。種類は違えど俺だって失敗続きだから。上手くいくことのほうが珍しいくらいだ。初めてのことには大概ミスを仕出かすぶきっちょさ──でも、どうしてもやりたいと思ったことには上手くいくまで挑戦してきた。諦めることだけはしなかった。だから今の俺がある。仰々しくも始原の魔女だなんて呼ばれている俺が。それは約束された道だったのか?」


「いいえ……そうではないと、思います」


「そうだ、違う。だったら君もそうだろうセリア。君には君の道がある。誰にも約束されない道なき道を、君は自分自身の手で切り拓かなければならない。そして可能な限りそれを楽しまなければならない。もしも今の自分にコンプレックスを抱えているのなら、克服するためには何よりも必要になるんだ」


「何が……?」


「心の強さが」


 俺の思う美しさも畢竟、そこに集約される。


 かつて俺の胸を打ったモロウの母親の赤子を救わんとする意思。疲労困憊のボロボロの身でありながら、俺に縋りつくように、泣き叫ぶように息子を助けてくれと懇願してきたあの姿。見る者によっては──いや見る目のない者にとってはみっともないとも称されかねないであろうあの姿にこそ、心の強さがあった。覚悟があった。自分がどうなろうと腕の中に抱く小さな命だけは絶対に守ってみせるという、命懸けの熱意。窮地や苦難を乗り越えるにはそれが不可欠なのだ。


「これから手に入れるといい。セリアは従者だからな……俺も手助けくらいはするよ?」


「…………」


 言葉こそなかったが。その切れ長の瞳に何かの想いを映しながら、セリアはほんの小さく頷いた。それに俺も頷く。今はこれでいい。一歩踏み出す、踏み出したいと自ら思ってくれたなら。きっとセリアの才能は無駄にならないだろう。


 無駄が嫌いな俺にとって、それは純粋に喜ばしいことだ。


「さ。ジョシュアと少し話して、一足先に王城に戻ろう」


「はい」


 なんとなくそうしてやったほうがいい気がしてセリアの手を引いて歩き出せば、彼女のほうもそっと握り返してきた。その控えめな力の入れ方に彼女らしさを見て俺は笑った。


 そして。お手て繋いで朗らかに戻った本陣は異様に暗かった。丸切りお通夜みたいな空気感である。


 いやなんで? 君ら戦争に勝ったんだぞ? そりゃ映像としては多少ショッキングなものだったかもしれないけれど、もっと喜んでくれてもよさそうなものだけどな。腑に落ちないでいるとなんかセリアに慰められてしまった……ううむ。さっきの今で立場が逆転するとはね。



◇◇◇



 ジョシュアの思い描いていたものとはだいぶ違ったようだが、勝利は勝利だ。国境平野の戦いを制したことでセストバル王国は戦勝国に、ステイラ公国は敗戦国となった。けれどだからと言って全てが大団円、とはならない。不良同士のプライドばかりを賭けた喧嘩とは違うのだから、勝敗が決した時点で何もかもに片が付くことなんてないのだ。むしろここからが始まりだと言ってもいい。


 敗戦したステイラがどう出てくるか。ある意味じゃ侵攻をチラつかせてきていたとき以上に先が読めない状況にジョシュアも臣下たちもやきもきしていたようだが、ここは腰の落ち着けどころだ。ステイラから金品を引き出すにしても単に相互不可侵の約束を取り付け直すにしろ、決して強気な姿勢を崩してはいけない。ジョシュア自身飲み込み切れていない様子の今回の勝利を、さも当然のものとして扱う度量を敵国の王へ見せつけなければならない。それは交渉における格好の材料になり、牽制にもなる。


 それからしばらく。


 まずは敗北を認めること。そして平野で何が起こったのかという説明要求。そのふたつが続けてステイラから届いた。ここでの敗北が国のものではなくあくまで今回の戦に関してであることが強調されている点を危惧し、ジョシュアはセストバルの完全勝利の宣言と、イデア新王国が義によって参戦し『始原の魔女』が味方に付いていることを明かす文書をしたためて返事とした。詳しく書かずもがな、数にも練度にも勝る自慢の兵団が一人の生還者もなく平野に消えた謎はこれで解けるだろう。


 原因は始原の魔女にある。そうと理解できたなら──。


「セリアは先に帰国してくれていいよ」


 ステイラからの次なる意思表明を待つ間、俺が思い立ったままにそう告げるとセリアはきょとんとしていた。


「どういう意味でしょうか。イデア様はまだお帰りにならないのですか?」


「言ったろう? ちゃちゃっと終わらせることはできなさそうだって。ジョシュアからの依頼内容は『セストバルを救うこと』だ。俺はまだそれを遂行し終えていない」


「! ではつまり……?」


「ああ、つまり。ステイラ公国は諦めていないだろうと見ている。武力の大半を失う痛手を負ったとしても、まだやれることはあるからね」


 国家を切り崩すには何も大きな戦ばかりが手段ではない。そしてそのためにも向こうは大方、まず盤外戦に勝利することから始めようとするはず。この盤外とは心理戦とか策謀とかそういった意味ではなく、文字通りのもの。


 ステイラの兵士に数えられない『未知なる戦力』が出てくるだろうという意味だ。


「楽しみだよ」


 そう言った俺に、セリアは返す言葉に困ったような顔をした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 全部伊達にして返すべきだったのかな?
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