276.復帰おめでとう
「五百年間。謹慎と休暇を存分に堪能できたろう? 今日から晴れて君たちは魔女を名乗り直せる──『魔女会談』への復帰おめでとう」
「ありがとう、と言っておくべきなのかしらね」
「お礼はいいよ。これまでのように……いや、これまで以上に熱心に働いてくれればそれでいい。けっこうな時間が経ったんだ、君たちだってそろそろ蚊帳の外は寂しくなってきていた頃合じゃないか?」
「わ、私はもっと……お母さんの中にいてもよかったというか、できればずっと中にいたかったんですけど……」
「それはダメ。君は微睡んでばかりでうるさくないから、中にいられても別に困ることはないんだけどさ。でも俺としてはともかく、会談としてはそれじゃ困るんだ。いつまでも甘えていないでしゃきっとしなさい」
「うぅ、が、頑張ります」
「よろしい」
「ルナリスたちはどこなの?」
「うん? ああ、そうか。姉妹たちとは違って君はなるべく目も耳も閉ざして沈んでいたんだものな、直近のことでも知らないのは当然か。皆は今、膿退治に出ているよ」
「膿。そのワードは私にも聞こえたわね。いったいなんだというの?」
「いやー、実はまだよくわかってないんだよね。採取させたものを解析してみたけれど、判明したのはどうも魔力が変質したものらしいってことだけ。それが情報の全部だ。どうしてそんな変質を遂げたのか、どうしてそれが地中の奥底から溢れ出てくるのか、その源はなんなのか。一切が不明なんだ」
「お、お母さんでも解明できないことなんですか……!?」
「はは、俺はそう万能じゃないよ。あれは後から後から湧いてくるし、大地ごと消し去るってわけにもいかないだろう? それにまずは調査よりも一般市民の保護を優先しないと。場所によっては国レベルの被害になっているからね」
「避難誘導と撤去に駆り出されているのね。道理で天空議場がもぬけの殻のはずだわ。……中央賢者すら不在なのは、流石にどうかと思うけれど」
「元リーダーからすれば目に余る行為だったかな。けれど、オーゼムの干渉力と管理能力は何かと便利だからね。ここで中継役に務めるよりも現場でこそ輝く、というのは君も認めてくれるところじゃないかい? 彼の仕事ぶりくらいは確かめていただろう」
「まあ、ね。前中央賢者と同等かそれ以上の価値はあるでしょう。それは否定しないし、ルナリスが決めたやり方に文句をつけたいわけじゃないわ。そも、私にそんな資格はないもの」
「卑屈だね。ルナリスは君の解放の日を今か今かと待ち構えていたというのに、その調子じゃあやはりリーダーの再引継ぎはなさそうかな」
「ええ。そんな真似はすべきではない。私やルナリス個人の感情に関わらずね……それは、あなただって認めるところではなくて?」
「ふふ。うん、そうだね。復帰早々に前のポストへ戻すなんて常識的じゃないもの。ブランクだってあるんだからまずは是非とも平からやり直してもらいたい。フォビイと二人三脚でさ」
「やり直すも何も、クラエルさんは最初からずっとリーダーでしたから、平だった頃なんてないですよ……」
「言葉の綾ってやつだよ。別に君にもクラエル並みに働けと言っているわけじゃないから、そう苦しそうな顔をしないでおくれよ。分相応の努力さえしてくれればOK。できることをできる限りにやって貢献する。それだけなんだから何もプレッシャーに思うことはない。いいね?」
「は、はいぃ……ぅおえ、」
「え、吐きそうなの?」
「そういう言い方はかえってプレッシャーになるわよ、その子には」
「うーん、そうなのか。扱いが難しいな……そういう意味でもコンビとしてクラエルは適任だね」
「難しいからって扱いを投げ出すのは感心しないわね。でもまあ、いいわ。平として役職持ちの魔女の言うことはちゃんと聞かせてもらいましょう。それで? まず私たちの為すべきことがなんなのか、指示を貰えるかしら」
「そりゃあもちろん膿掃除のお手伝いだよ。クラエルの精霊魔法は範囲が広いし加減も丁寧だ。悪戦苦闘中のティアラやミルコットあたりを手助けしてやってくれ」
「了解。ほら、行くわよフォビイ」
「二人の活動場所は──」
「大丈夫。もう『目』で見つけてあるわ」
「さすが。仕事が早くて確かだね」
「行ってきます、お母さん……あの、帰ってきたらまた中に入ってもいいですか? ちょっとだけ、ちょっとだけでもいいですから……」
「わかったわかった。一仕事終えたら俺の中で一眠りしてもいい。しばらくはそういうルールにしよう」
「や、やった。私、がんばります!」
「思うにこの子、飢餓感に支配されているのよね。元になった竜王の性質のせいなんでしょうけど、ちょっと普通じゃないわ」
「それを言ったら魔女に普通の子なんて誰一人としていやしないけれど……しかし飢餓感ね。吸収の能力はそれを端的に表したものってことかな。そして逆に吸収されたことで、彼女の欲求は裏返ったと?」
「ええ。求めるならば飲み干すだけでなく飲み干されるのもひとつの手。あなたの内部は居心地も悪くなかったものだから、余計にフォビイを満たしてしまったのね」
「へえ、その言い方からすると。君からしても俺の中は落ち着ける場所だったのかな?」
「……そこも否定はしないわ」
「あ、あのぉ……私の目の前で私の分析をするのはやめてもらえませんか……? いま最高に居心地の悪さを味わっちゃってますよ……」
「ごめんごめん、マナーが悪かったね。それじゃ出発の前に一応の注意点を述べておくよ。膿には決して直接触れないこと。なんでも溶かすしなんでも引き込もうとする厄介な特徴があるからね。攻撃というより自然機能って感じだから触れたら即アウト、というわけではないけれど油断は禁物だ。できるだけ距離を取って対処したほうがいい」
「……? ミルコットの名が出ていたけれど、彼女は確か独自体系の魔法の使い手。肉体の増殖以外には何もできないはずよね。それでどうやって膿に対応しているの?」
「あの子は膂力を極めたことで拳を振り抜いた風圧だけで範囲攻撃ができるようになっているからね。特に膿が色濃く出ている地域で単身処理に当たっているよ」
「すごいわね」
「ね。で、注意点ふたつ目。半端な刺激はNG。どういう方法にしろ膿を攻撃する際は徹底的に大威力でお願いね。そうでないと逆に体積が増えるから」
「増える」
「そう、増える。これも機能だね。膿そのものじゃなくて、膿の元凶に備わった防衛機能だと思う」
「…………」
「どうかした? 何か疑問点があるなら遠慮なく訊ねてくれ」
「疑問よりももっと確かなものよ。万能じゃないなんて言うだけ言っておいて、その気になれば膿。あなただけでも解決は可能なんでしょう」
「む……何故そう思う?」
「むしろ何故そう思わないと思うの? どんなに目や耳を閉ざしたってあなたの内部にいる以上、あなたの力は伝わってくるのよ。直に魂を叩くその感覚が誤魔化されるはずもない。……考えていることは大方わかるわ。これは私たちの復帰試験であり、ようやく完成を見た新会談の慣らしでもあるのでしょう? だからあなたは解決の目途を立てながらもそれを共有しようとはせず、わざと手をこまねている……否定も肯定もいらないわ。ただ一言だけ言わせて」
「なんだい」
「馬鹿にするな、ということよ。どんな形であれ会談の一員へ戻ったからには最善を尽くすわ。私はそこに私情や我儘を持ち込んだりしないし、程度の差こそあれ他の会談員たちだってそれは同じよ──私情のみのあなたとは違ってね、イデア」
「……ふむ」
「それだけよ」
「あっ、ま、待ってクラエルさん……!」
「ストップだフォビイ」
「は、はいぃ!」
「や、直立不動になれとは言っていないよ。息も止めなくていい。楽な姿勢でいいからクラエルを追いかける前に少し聞いてくれ」
「なんですか? お母さんの言うことならなんだって聞きます」
「あー、うん。ありがとう。だけどそんなに大したことじゃないよ。ただ、君たち二人にちょっと謝っておきたくてね」
「謝る、ですか?」
「クラエルの矜持を傷付けてしまった。五百年も一緒にいたのに──いや、それだけ一緒だったからなのかな。ちょっと侮り過ぎていたね。クラエルだけでなく、君や会談の皆にも俺は失礼なことをしていたようだ」
「そ、そうですね。お母さんは五百年前からずっと、他人のことを試し過ぎてる気もします。いえ、あの、必要なことだっていうのはわかってるんですけど……」
「いや。はっきり言ってこれも俺の悪い癖のひとつだ。自省しようと思う。取り急ぎ、元凶のほうは俺の手でなんとかしよう。それまで時間稼ぎを頼みたい……皆にもたった今そう伝えたから、一丸となって膿の広がりを抑え込んで欲しい」
「いいんですか? 元凶の始末も含めて、私たちだけで解決させたかったんじゃ……?」
「君にもお見通しか……ま、そうなんだけどね。でもクラエルは民間に被害が出ていることにご立腹のようだし、俺としても守りたいものは人命だけってわけじゃあないからさ。せっかくの機会ではあるけれどちゃちゃっと片付けてしまおうと考えを改めた。君からそうクラエルに伝えてくれるかい」
「わ、わかりました。じゃあ、行ってきます」
「気を付けてねー」
「はい! お母さんも!」
「あとごめん、前は許可したけどやっぱり『お母さん』呼びやめてもらえる? なんか落ち着かないや」
「えっ?!」




