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274.多世界構造

「認識の齟齬。何かしらの思い違いで、俺は俺自身を邪魔してしまっていると」


 ノータイム。彼女からすれば突拍子のないつもりであった言葉に戸惑わず正しい理解を示したことで、鼠少女は少しばかり意外そうにした。しかしながら、実を言えば何も意外ではなかったのだとイデアは軽く打ち明けた。


「認識のズレからくるイメージのズレ。それがどういった結果を生むのか。いやさ『結果を生んでくれない』かを俺はよく知っているつもりだよ。だから別段、驚きなんてない。元より一からの手探りでやっているのだし、壁越えや世界観というものに大きな誤解を抱いていたとしてもなんらおかしくないだろう……というか、むしろ誤解して当然ですらある」


 そういったズレを避けるためにじっくりと時間をかけて隙間世界の探求と改築を行なっているところなのだ。その時点で何かを間違えている可能性も大いにありはするが、イデアからすればある程度失敗の目途も立ててとにかくやってみること。それ以外に取り得る手段もないために、焦らず慎重に世界の外側への造詣を深めていった──が、やはりというかまさかというか。その行為自体に既に認識の齟齬があったのだと鼠少女は指摘する。


「間違っている、とは言わない。世界と世界の間に所在させるのは珍しくもあるけれど、神域の保持は神ならばやって当たり前の行為でしかない。未完成であっても管理者として、そして言うなれば上位者として。君がここに自分だけの世界を置くことは何も悪いことじゃあなく、世界やそこに住まう住人にとっても悪いことではない」


 世界と世界の間。知る者からは隙間や狭間と呼ばれるこの場所に神域を設けて不便を強いられるのは他ならぬイデアである。神が座す領域とは通常、自身が持つ箱庭の異層・・に置かれることが多い。世界に対する観測や干渉の行いやすさ、外からの来訪者にも脅かされにくい立地。そういったメリットをデメリットへと変換してまで己が領域で世界全体を覆う神などそうはいない……繰り返しになるが神にとっての自宅と呼べる神域を、箱庭の保護膜のように扱う上位者を鼠少女はこれまでに見たことがなかった。未だ神ならぬ身であるイデアが手探りで行ったからこその特異な結果であると彼女は見ている。それ故に。


「間違っているどころか、正道だと判断する。神らしくはなくとも管理者として不完全な君が、それでも世界を精一杯に守らんとするのなら。そういう意味では最上の工夫だと言えるだろうね──だからこそ惜しい。視た・・ところ君がこの隙間に求めているのは強靭な足場だね。世界の地盤固めに同じく、『壁の向こう側』へと飛び越えていくためのしっかりとした足元を欲している。そうではないかい?」


「その通りだ。まったくもって正しい……俺が持つイメージ。向こう側の光景を言語化するなら、それは海だ」


「海──」


「見果てぬ大海原ってところかな。ここがそれに接する海岸。絶賛開発中のビーチであり、世界は海に接しない内陸ってことになる。……改めて確認するまでもないが、要はこの認識が間違いなんだろう?」


「そうだね。一番良くないのはそれ・・だ。浮島のような認識。世界をひとつの島と捉えることは、多世界構造を知った人間が陥りやすい典型的な錯誤の一種だよ。見方を誤っている。──いいかい、ぼくは言ったはずだ」


 千切れたはずの糸。いつの間にか繋がって元通りとなっているその一本を、鼠少女は再びイデアへと見せつけるようにして続けた。


「『これ』こそが世界だとね」


「……それは、比喩の話だろう? 俺が世界と世界の隔絶を海と表したように」


「そう、ただの比喩だ。だけどこれ以上のない比喩であり、真実でもある。ひとつの世界とは一本の糸。そして多世界構造とは糸と糸の集まり。その束が更に束ねられて縄となる。縄を編んだのはこの世の全てを司る四つの基理だ。これは、ぼくたちに関わらない現象のようなものと思ってくれていい。星に引力があるように、種が子孫を残すように。ただ『それ』を『そうさせる』だけの法則……そういうモノが、全世界を創ったんだよ」


「四つの基理という、絶対の法則。そいつの編んだ縄が全世界で、それを構成する小さな一本一本の糸こそが、世界と呼ばれる神の箱庭である。この解釈でいいのかな」


「グッド。ただしぼくも成り立ちを知っているというだけで『起こり』を直接この目にしてきたわけじゃあない。特殊な力を以てしても神には抗い難い。ましてやそれよりももっとずっと上・・・・・・・の存在へ干渉する能も権限もありはしない……あくまでも知識として語ることだと承知してほしい。その上で、君へアドバイスを送りたい。聞いてくれるかな」


「もちろん。世界を渡り歩く先輩からの助言、それがどんな内容であれ姿勢を正して拝聴させてもらうとも」


 力強く頷くイデアの胸中には、少なからぬ感動があった。世界は糸。全世界は縄。それが真実であれば──その点に関して疑っているわけではなく──確かに自分の認識は違う。違いすぎる。あまりにも間違いが過ぎる。孤島から孤島へ渡るための港を作り、船を出航させんとしていた。それがどうにも上手くいかずに困っていたわけだが……難航するのは当たり前だ。そもそも港も船も世界を渡るには、壁を越えるには不必要な代物であり、むしろ目的を阻害するものでしかなかったのだから。


 世界と世界が糸であるのなら。それが束ねられたものが多世界であり全世界であるのなら。ひょっとすると壁越えとは──見果てぬ海へ手作り船で乗り出すよりも、遥かに手間のかからない行為なのではないか。というイデアの蒙が啓けたような気付きに、鼠少女もまたしかと頷いた。


「もうわかっているようだね。そうとも、壁越えとはつまり隣り合う糸。近しい世界と世界を繋ぐための技術だ。隣接、とは言っても本当に触れ合っているわけでじゃあない。だけど君が思うほどかけ離れてもいない。近隣世界と表現しようか。それらは一歩隔てた程度の距離感で、しかし決して交わることなく並行している」


「隣り合う糸とはそういう意味か……それじゃあ、糸から糸へと順繰りに渡り歩くことでしか遠く離れた世界へはいけないと?」


「いや。神域を研ぎ澄まし、己が身に纏うこと。それができる神ならば細長くそして不安定な、本来ならどんな存在も存在が許されない糸と糸の間を行き来することができる。これが壁越えの上位である世界渡りだ。上位と言ってもその技術はまったく別のものだけれどね」


「世界渡り。なるほど」


 面白いな、とイデアは思う。聞くに神域とはつまり魔力領域の神さまバージョン。こちらの世界では領域を形成しきれない未熟者が使う領域の鎧化という手法、それを鼠少女はむしろ洗練化されたものであるかのように口にした。無論、神が行なう神の力の運用を領域の鎧化にそのまま当てはめることなどできはしないだろうが、理屈として正反対であるのは事実。見方や使い方が変われば同じような技術の評価もこうも様変わりするものかと少々愉快であった。それは、いつか壁越えに留まらず世界渡りも自分になら実現できそうだ、というリアリティの伴ったイメージが不意に沸き上がったが故の高揚でもあった。


「ぼくの壁越えは、言ったようにこの身に宿る呪いめいた力に依るもの。神や、神ならぬ身でそれに並ぶ逸脱者たちが用いるいくつかの技とはまるで趣を別にするものだ。真っ当なやり方で世界の壁に挑んでいる君に技術的なアドバイスはできない。こうして少しでも助けになればと齟齬を正すのが限界だ……でもイデア、君ならば。ただそれだけでもきっと充分だろうね」


 確信というよりも信頼を抱いて鼠少女はそう言った。その様子に、この短時間で随分と『買われた』ものだとイデアは可笑しくなる。それだけ灰を処理したのが好感触だったということだろう──当初の慌てぶりといい、今や我が家にいるかのように落ち着き払っているこの少女もつい先程まで本気で切羽詰まっていたのだと思えば、少々不憫に思わなくもない。同じく、見かけだけは少女でも人より長く生きている同士。しかして話によれば自分よりも遥かに長大な時を過ごしてきているあらゆる意味での先達へ、確かな敬意を以ってイデアは応じる。


「ああ、それで充分。充分以上に満たされたよ。何が問題なのかすらわからなかったのに君のおかげで問題点が目に見えて、どう解決すべきかという課題すらも浮き彫りになった。感謝してもしきれない。実行に移せるのはそれこそ数百年、数千年とまだまだ先のことにはなるだろうけれど、改めて約束するよ。心優しくも新米の管理者、神にもなり切れない半端者に知識を授けてくれた君のためのにも──いつか必ず俺は世界を越える。数多ある糸を望み、見識を広げ、より管理者らしくなって。そしてこの箱庭を少しでも長く豊かにしていこうじゃないか。それでこそ君も本当の意味で安心ができるってものだろう?」


「ふふ……気遣い痛み入るよイデア。そう言ってもらえるなら、そうだね。ぼくは心から君の旅路を祝福できる」


 数えきれないだけの世界を見てきて。数えきれないだけの世界の滅びもその目に映してきている鼠少女は、まるで取り返しのつかない過去の何かを想うような眼差しでどこか遠くを見つめて、小さく笑った。



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