表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
272/277

272.だろうね

 恐れていた直近の破滅はない。少なくとも、外的要因により致命的な何かでも引き起こされない限りはしばし安泰である。という、管理者ながらにやって来たばかりの外様からその事実を教えられて。イデアはそれを深く噛み締めるようにしながら重ねて訊ねた。


「施した当人がいなくなっても恒久的に続く流転法。というのは、やはり珍しいものなのかな。他の世界の神はそういったことをしない?」


「まずしないね。まずもって彼らはいつもいつでも自分が絶対者であり支配者であることを疑わない。『自分がいなくなった後』のことなんてちっとも考えたりしないんだ」


 世界を保護するにしたって常に手を加え続ければそれでいい。そして、もし仮になんらかの事情があって管理する世界から離れることになったとしても──。


「自分の手の内にないものなら滅びようがどうなろうが構わない。そう考えるのが神だよ。中でもこれは、純粋種にありがちなスタンスだけどね」


「神として生まれた神らしい価値観か。そういう意味でも、うちの前管理者は良き管理者だったのかな」


 生まれながらにして神、という言い方をするなら純粋種そのものではあるが。しかしオルトーは生まれ変わって神となった男だ。前世が自分と同じただの人間である以上──ん? とそこでイデアはその考え方が必ずしも正しくないと思い至った。


 そもそもオルトーは本当に人間だったのか? 大いなる意思。便宜上そう呼称しているなんらかの思惑ないしはシステムによって、転生させられた自分とオルトーは同じ世界出身の、同じ種族だったのだと断定してしまっていたが。元々これは仮説として持っていたもの。オレクテムから色々と知らなかったことを明かされて、その結果いつの間にか仮説が定説となっていた。そうなるほど自らの中に定着したことで別の可能性に目を向けられずにいたが……そうだ、オルトーが人だったことを裏付ける証拠などどこにもないではないか。そう気付いたイデアは愕然とする。


 彼からは確かに人らしさを感じた。転生者であると共に秘密を打ち明け合ったとき、オルトーはイデアに対して自分たちは何から何まで同じだと口にした──そのときの安堵したような口振りを、その表情を、彼女はよく覚えている。どんなに忘れっぽくても忘れられない記憶のひとつがそれだった。


 だがしかし。考えてみればオルトーの口から直接前世が人であったと聞いたわけではない。記憶を引き継いだオレクテムの言によれば、オルトーが生きた前世は少なくともイデアの前世と似た・・世界であったこと、それだけは確かのようだが。けれど鼠少女は数え切れないだけの世界を見てきたと言った。壁越えを容易になせる彼女にもそう言わしめるだけの数があるのなら……似たような世界なんていくらでもあり、そしてそこがイデアの前世と同じく『人間種』の天下であるとは限らない。


 ひょっとするとオルトーとは──だとすると、そんな彼を邪魔するようにこの世界へ放り込まれた自分とは。そしてそうなるように仕向けた大いなる意思の目的は……。


「イデア? どうかしたのかい」


「……いや、なんでもないよ。人との会話中にも考え込む悪癖が出てしまった。どうか気にしないでくれ」


 それより話を続けよう、と思考を切り替える。既に終わってしまったことに目を向けるよりも、今は未知を既知へと塗り替える大切な作業を優先させねばならない。纏まり切らないものは一旦横に置くに限る──そう小さく笑ったイデアに鼠少女は訝しげにしたが、それ以上追求する気はないようだった。


「それじゃあぼくの言いたいことを言わせてもらうけど。せっかく前任がここまで丁寧な梱包・・を行なった世界だ。君も大切に思っているようだし、であるなら尚のこと迂闊に目を離すことも手放すこともオススメはしない。一時のことだと思っても何が起こるか知れたものじゃないからね」


「……? どういうことかな。完全無欠の流転法によってこの世界は安泰なんじゃないのか? それこそ俺が終始見張っている意味もないように思えるけれど」


「ところがそうじゃないんだよ。流転法はあくまで流れを循環させるためのもの。けれどそれに収まらない、神の手に依らない『大きな流れ』というものもある。それが過度に勢いを増せば結んだ波濤となり円が壊れてしまう。流転法すら食い破る鉄砲水になることだって、珍しくはないんだ」


「つまり……流れにもなだらかなものと荒々しいものがあって、後者には管理者が手を付けないでいれば世界を脅かすだけの可能性もあると。流転法という神業はそれの対抗策とは成り得ない、ということだね」


 世界を維持する基礎にして基本。初歩にして奥義でもある神の技術、流転法。しかして役割が重大であっても基礎は基礎。対応できない事態というのも多々あり、故に神々は己が箱庭を大切にするならおいそれと他所へ気を向けてはいられないのだ。そう語る鼠少女に、イデアはそういうことかと頷いた。


「俺が壁を越えて旅立ってしまえば、たとえ必ず戻ってくるつもりではあっても。不在期間の長短に限らず世界が滅びてしまうかもしれない──そういうリスクがあると知っておけと君は言いたいんだな?」


「知らないままに世界が滅んでは目も当てられないだろう? それがぼくの影響であったなら尚更に悔やんでも悔やみきれない。君がどんな理由で何を目的に壁越えを習得したがっているのか知る由もないけれど……だからあまりこんな言い方はしたくないけれど、でも推奨できないというのは心からの本音だ。管理者が迂闊に世界を放り出すのは、駄目だ。それはその立場に就く者許された振る舞いじゃあない……とぼくは思う」


「同意するよ。俺も心からね」


 オルトーを始め、正統なる立場にあったはずの支配者候補・・たち。彼ら彼女らであれば確実に、この世界をほっぽってどこぞへ遠征に出かけたりはしないだろう……何かしらの必要にでも駆られない限りは決して外になど目を向けなかったはずだ。それはまさしくその世界を預かる神に相応しい態度であるとイデアも思う。


 しかしなんの因果か、管理者となったのは閉じこもる気など毛頭ない彼女である。知りたい。ただそれだけのために重責ある立場も押してもっと広い世界へ目を向けんとしているのが、このイデアという少女。実に報われないな、とまるで他人事のようにくすりと笑って彼女は言った。


「だけど最低限、俺も保証は用意するつもりでいる。それでどうにかならないかな」


「保証?」


「ああ。流れだとかの理屈は知らずともおぼろげながらに世界の劣化。いずれ来たる終焉への危惧は当然に抱いていた。それを排すためには徹底的な管理が必要であることもなんとなくわかっていたんだ。それでもいつか終わりは来るんだろうけれど、少しでもそのときを遅らせるために。俺は『後任』を育てることにした」


 鼠少女の目が丸くなる。特殊な経緯で神の代わりとなっているらしいイデアが、誰に教えられるでもなく、感覚的なものであってもそこまで正確に世界の仕組みを理解できている……というその点も驚きではあったが、何よりもそれに対処するため、後任となる者を自分の手で育成しようとまで考えていたとは。完全流転法を用いた前管理者にも勝るとも劣らぬ用心深さ。どういった関係性なのかはともかく、この二者はどうやらよく似た者同士であったらしい──。


「不在期間に宛がうための代理を備える。どうしても君が世界の外へ赴きたいというのなら確かにそれこそがベストであり、そしてハードな選択でもある。当てはあるのかい? 神の代わりを務める君だからわかるだろうけれど、そこに立つための力と権利はそう易々と手に入るものじゃない……たとえ現管理者である君自身が全面的に協力したとしても難度は変わらないよ」


 神は孤高であり孤独である。対等な者と交わることがない──箱庭の全てを司る絶対者である以上、そうでなくてはならないのだ。例外だって当然にあり、管理者が複数いる世界や、神が住人側である世界だってある。それを鼠少女はその目で確かめてきている。だが例外はあくまで例外。一柱の神が遍くを監視下に置き、我が意の物とすること。それが基本的であり模範的な世界というものの在り方なのだ。


 そのことは偏に神が他の神と共にあること、そして神が神を育てることの難しさを裏付けるものでもあった。


偶然・・。滅多にないはずの神に並べる者それが湧いて出ること自体はままあるんだ。これもまた乱数の偏りだね──だけどそれを意図的に再現するのは不可能に近い。神の領域の根幹にある部分だけに、たとえ神であっても自身の運命は好きにできないんだ。言っている意味がわかるだろう? いくら望んだとて君の代わりを用意するというのは……不可能とまでは言わないが極めて難しいことなんだよ」


「だろうね」


「え──?」


 イデアには悪いが、しかし彼女のためを思ってこそ言い辛いことを告げたつもりの鼠少女は、だというのにそれを言われた当人のリアクションが思いもよらず軽々しかったことに再び目を丸くさせられた。だろうね・・・・? それはつまり、できもしないことをそうと知りながらやろうとしていたということか──いや。


 そうではない。と、涼やかなイデアの顔付きを見て鼠少女は自分が何か思い違いをしているらしいと悟った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ