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271.摂理

 世界が被る不利益。管理者──いわゆる『神』と呼ばれるその存在が不在となれば、管理下にあったもの・・にも影響が出ることは必至であり必然である。と鼠少女は語る。


「人工物……建物を想像してもらえばわかりやすいだろう。管理の手がなくなった途端に朽ち始め、あっという間に廃墟と化す。そういう理屈は世界という『入れ物』にも当てはまるんだ」


「理屈としては俺にもわかるんだけど……でも想像はし辛いな」


 理想領域エイドスという曲がりなりにもひとつの世界を消滅させたイデアだ。入れ物が入れ物である以上、その出来や規模に関わらず永遠不滅はあり得ないと知ってはいるものの、しかしエイドスの消滅は他ならぬ彼女自身がそうさせたが故の事故ではなく事件。そういった意思や行為を介さずに勝手に世界が滅んでいく様というのを、実際に目撃したことがないだけにイデアにはいまいちイメージが湧かなかった。


「そうだろうね。壁越えの技術を持つ者であっても世界観・・・を理解できているのはごく少数だと言っていい。無駄に長く生きてきたぼくのような者にしか測れない事象というものもある──だけど伝える努力を惜しむつもりはないよ。君への恩義とは別に、ぼくにはそうする義務があると思うから」


 と、飄々としながらもどこかに重みも感じさせる調子で言った鼠少女はどこからともなく一本の糸を取り出し、それを両手の親指と人差し指で摘まみ伸ばしてイデアへと見せた。


「これが世界だと思ってほしい」


「……この糸が、かい?」


 流石に首を傾げたイデアだったが、しかし鼠少女は「ああ」と我が意を得たりとばかりに頷き。


「これに時間の概念を与える。するとだ」


「!」


 ぐっと両手で引き伸ばされた糸は次第に張り詰めていき、そしてついにプツリと小気味よく切れてしまった。左右に別れてたらりと垂れ下がった一本の糸だった物を交互に眺め、鼠少女は平坦に言う。


「この状態が滅び。『世界の終焉』だ」


「ふむ……なるほどね。経年劣化のようなものか。廃墟に同じならば世界にだってそういった作用はある、と。時が経てば限界がくるのは生物も非生物も、そして世界であっても変わらないわけだね」


「それが摂理のひとつだからね。何人たりとも抗えない、最も重要な基理がそうさせているんだ。まあ、そんな絶対の法則に捉われない例外だっているにはいるんだけどさ。だけど世界はそうじゃない。どんなによく出来た箱であってもそのままにしていればいずれ必ず終わりが来る」


「『そのままにしていれば』。その言い方はつまり、世界を長持ち・・・させる方法もあるということかな?」


 イデアの先を読んだ問いに、それこそが自分の言いたかったことであると鼠少女は力強く同意する。もう一本、別の糸を取り出した彼女は今度はその端と端を摘まんで。


「流れがある。世界を動かすそれもまた摂理。それが行き着くところまで行き着いたために世界は終わってしまう──その摂理を防ぐためにどうするか。先の例で言うなら、こうだ」


 繋げた。輪となって閉じた糸はただの線ではなく円となった。そういうことか、とイデアは瞬時にその意味を悟った。


「果てをなくすための循環! 俺が使う魔力輪による無限循環と理屈は同じかな……いや、同じではなくよく似ていると言うべきか。ともかく、流れとやらを延々と繰り返させることが経年劣化を防ぐ最善のお手入れだってことだね」


「理解が早くて助かるよ。そうとも、これぞ神が行なう箱庭の修繕の基礎。流転の神業さ。これが上手く作用している世界は住人の栄枯盛衰を何度となく繰り返しながらいつまでも続いていく。それでも手を抜けば段々と破綻していくけれど、几帳面だったり凝り性の神が管理者ならそういった心配はない。反対に、移り気だったり箱庭を玩具としか思っていないような神はたくさんの世界を滅ぼすのが常だ。気紛れや退屈しのぎ程度の理由でね」


「それはまた、ヒヤリとする話だね」


 これを聞いてイデアは、少なくともこの世界の創造主にして管理者がオルトーであったことは彼以外の全てにとって幸運であったのだと理解した。前世とここ以外にも世界と呼べるものは当然にあるだろうと天使時代から当たりを付けていた彼女ではあるが、けれどまさかオルトーと同じ立場にありながらそこまでいい加減な……もっと言えば悪辣な存在がありふれているとまでは予想できていなかった。


 しかし、流転の神業とやらが世界存続の秘儀であるならば、そんな技術を持たない自分が管理者もどきをやっているこの世界の果ては近いということなのか。そこに懸念を覚えた少女の気持ちを汲むように、訊ねられるよりも先に鼠少女は答えた。


「失礼ながら、君はここの本来の管理者じゃあないんだろう? そういった事例も……珍しいけれど珍しくないというか。稀によくある・・・・・・ことなんだ。言葉としておかしいのはわかっているけれど」


「ああ、言わんとしていることはわかるよ。検証の回数が膨大になればなるほど稀なはずの例外的結果がそうと感じられなくなってくるからね。乱数だって必ず偏るものだし、君の言に合わせるならこれもまた摂理なんだろう」


「そうかもしれない。とまれぼくは君以外にも管理者の代理となった神ならざる者をいくらか見てきた。その中には変異種へ至ったのもいれば、君のように神格を完全に保有することなくその座に就き続けているのもいた」


「だけどそれだと流転させられない。遠からず世界は滅びるしかないんじゃあないのか?」


「いや、そうなった世界もあるけれどそれは別の要因によるもの。流転の失敗などではなくもっと直接的な作用によるものさ……それはともかく、新しい管理者が流転法を使えずとも世界が滅びないパターンの主な理由はふたつ。神業のそれほど完璧じゃなくとも流転法に近いものを新管理者が世界に施している場合。それから、前の管理者が完璧を超えた完全無欠の流転法を世界に残していった場合。このどちからであることが大半だ」


「……!」


 その言葉にイデアは少なからず衝撃を受けたようだった。彼女の中に何かしらの気付きがあったらしい、と鼠少女はその様子から察したが、けれど目を使ってまで内心を読もうとはしなかった。癖のように人も物も問わずその特殊な目の力を使って奥底まで見通してしまう彼女であったが、命の恩人を相手にはそれを努めて自重するくらいの良識は持ち合わせていた。──それでも、本人の意図せずして目が勝手に読み取ってしまうことも多々あるのだが。


「前管理者の置き土産……が、あるかないかはどうすれば判別がつく?」


「判別ならもうついているよ。灰に追われて無我夢中だったとはいえ、ぼくも逃げる先はなるべく選んでいた。この世界を逃げ場所に選んだのは、数え切れないだけの世界を見てきたぼくであっても、未だかつて見たことがないほどに美しい流転法に守られているのが視えたからだ。この目がそれを教えてくれた。これだけ完全で丁寧な保全を施す神ならば。きっとぼくの話を聞いて力になってくれるんじゃないかと期待した──」


 世界の外側とでも言うべきこの外郭の隙間。鼠少女からしてみれば玄関口にも等しいここを神域として厳重にさせている点も高ポイントだった。流転法は内部からの崩壊を防ぐだけ。神域で世界を包むことによって外部からの崩壊の因子が入り込むことを抑制する慎重さは、箱庭の管理に重きを置いている神であってもなかなか見られないものである。故に、多少侵入に時間がかかって灰に背後まで迫られるリスクを冒してしてでも、彼女はこの世界へ望みを託したのだ。


「けれど蓋を開けてみればそこにいたのは流転法を施した神ではなく。神に至っていない不完全な代理の管理者が、これまた不完全な神域で遊んでいただけ……という風に君には見えたんだね」


「……重ねて失礼ながら、最初はそうとしか思えなかった。ぼくの目が映す君の力が灰に及んでいなかったことからも選択を誤ったのだと自分の行動を悔いたものさ。だけど君は予想も目の力も超えて、ぼくを救ってくれた。感謝してもしきれないよ」


 礼はもういい、と言われたから頭を下げることこそしないが。しかし灰は、特に廃棄品最後の一体たるあの灰は、充分以上に世界を滅ぼす因子となり得るものだ。迂闊に迎え入れることはできないし、鼠少女を助けるために──いくら廃棄品とはいえ──仮にも神具である。他の世界を管理する同等の立場の者の道具を壊してしまったためにどんな事態に発展するか知れたものではない。神からすればそんな面倒を背負ってまで不躾な侵入者たる鼠少女を助ける理由も義理もなく、だからこそ彼女は方々を回りながらも救いの手を差し伸べてもらえずに困り果てていたのだ。


 その窮地を、ろくに事情も知らぬままに打破してくれたのがイデアだ。無論壁越えに関する技術や知見を得たいがための打算ありきの行為であり厚意であることは理解しているが、とはいえ侵入した挙句に力不足を告げるなどという二重の非礼も気にすることなく、それどころか我が身の危険すら顧みずに死闘に挑んだ彼女の度量が低いなどということは決してない。他の世界の神々と比べても、未だ神へと至らぬ身でありながら余程に彼女こそが神格者・・・であると鼠少女は思う。


 質問されてもいないことをつらつらと自ら教示するのは、その多大なる感謝の気持ちの表れでもあった。


「話が逸れたが、とにかく安心していい。君が何をせずともこの世界は流転していく。経年劣化──流れによって自己崩壊を起こすことは、絶対にないのだからね」



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