表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
270/277

270.世界を越える是非

 どこにも灰の気配がないことを念入りに確認したのち、イデアと鼠少女は向かい合う。


「さてと。これで少しは落ち着いて話ができるかな?」


「……ああ。改めて礼を言わせてくれるかい。イデアくんのおかげで本当に助かったよ。あれにはとても手を焼いていたんだ」


「よしてくれよ、同じことで何度も感謝されたってくすぐったいだけじゃないか。それよりもまずは、本題より先にどうして君が神の道具に追われていたのか。そこの訳を聞いておきたいところだね」


「何故追われていたか、か。一言で言うならそれは──禊のようなものかな」


「禊?」


「君が言う本題、『壁越え』を可能とする力をぼくは持っている。正確には所持しているのではなくこの身に呪い・・を宿していると言うべきだけれど。それを使って君の神域であるこの隙間へとやって来たように、他の世界も巡って長く旅をしているのがこのぼくだ。本当にいくつもの世界を見てきたよ……だけど世界の管理者の全てが君のように心優しいひとばかりじゃあなくってね」


「…………」


「? どうかしたのかい、妙な顔をして」


「いや。心優しいなんて褒められ方はあまりされたことがないものだから、ちょっとね。気にせず続けてくれ」


「──とにかく、異世界からの来訪者。管理する箱庭へそれが勝手に侵入することを嫌う神も多いということだ。神として生まれた純粋種ほどその傾向が強いかな……その怒りを避けるべくぼくには神から身を隠す術もあるけれど、それが必ずしも機能するとは限らない。自らの意思で神の前に姿を現わさなくてはならないときだって少なからずある」


「灰をけしかけられたのはそのせいだと?」


「まさしく、だね。諸事情あってその世界・・・・は神の管理下にあっても歪極まりなく、多くのそういった世界を見てきたぼくの指摘というか、横槍が絶対的に必要だと思えた。神も人も滅びた、あるいは既にそれが決まったような終わってしまった世界ならともかく、そこはそうでなかったから……なんとか朽ちる世界をひとつでも少なくしたいと、ぼくは神にこの身の露呈もやむなく間接的接触を果たして──」


「結果、怒らせてしまったわけか」


「いいや、『怒り』とは少し違う。その神は、神ならざる身が神へと至った変異種。純粋種よりもまだしも人の価値観が通じてくれたけれど、それだけに神の中でも特殊な気質の一柱だった。ぼくという闖入者やその暗躍には目を瞑ってくれたように思う。だけど、そうやって提案するなら協力もしろ、と。暗にそう言われてしまったのさ。失敗作たちの廃棄処分を押し付けられたのはそういう意味だったに違いない」


「失敗作たち・・? ちょっと待ってくれ、ひょっとして灰は他にもいるのか……それも何体も?」


「何体もいた、が正しいね。正確には七体をけしかけられた。失敗作とはいえ自分で消すには惜しいものもある、と対話においてかの神は言った。距離をおいてのことだったからこの目の力も活かしきれず、その真意までは読み取れなかったけれど。だが目に頼らずともぼくの感覚があの言葉に嘘はないと言っている」


「つまりただ単純に、君へ処理を頼んだだけだということか。自分でやるには忍びないから、いっそ赤の他人に任せる。心情としてはそこまで理解できないものではないけど……しかし君からすれば堪ったものじゃあないだろう」


「うん、まったく」


「ところで過去形ということは七体のうち、さっき俺が相手をした灰以外は既に処理が済んでいるものと思ってもいいのかな?」


「それでいい。君が倒してくれた灰をもってぼくの禊は完了した」


「それはよかった。ちなみに、どうやって六体も自力で片付けたのか聞いても? 戦う力はないとさっき言っていた気がするんだが」


「ぼくが自分でどうにかしたわけじゃないよ。彼女らは神の矛として作られ、自然、何かを壊すことが──それだけが存在意義であり。だけど満足できる性能にならなかったことから神に失敗作の烙印を押され、壊すこと以外の何もできない哀れな存在。そういうものへなり下がってしまった意思なき生物兵器だ。ぼくはその生態を利用したに過ぎない」


「利用というのは、具体的にどんな方法だい」


管理者かみ住人ひとも失くし、とうに滅びた世界。時期を置かず消え去らんとしているそこへ彼女らを引き連れていって、ぼくだけ脱出したのさ。そういう小さくて誰の守りもない世界は好きにしやすい。結界を張って灰たちを出られないようにした。それを維持するためにはぼくもその世界の外側で身動きができなかったけれど、思惑通り。灰はすぐに『共食い』を始めた」


「ほーう、共食いね。すごく物騒なワードだ」


「言い方が悪いのは自覚しているよ。だけどまさにそうとしか言い表しようのない光景だった……標的を見失い、追うこともできない状況下で行き場をなくした破壊衝動は、手近にある動く物を壊さんとそれに向けられた。つまり灰が灰を狙う七体での壮絶な食らい合い、同士討ちによって彼女らは数を減らしていったんだ。可哀想なことではあるがぼくはぼく自身のためにそう仕組む他なかった。ただし、一点だけ思惑通りにいかなかった部分がある」


「個体ごとの完成度の違い、かな?」


「──ご明察だよイデア。よくわかったね」


「色々と作ってきた側だからね。どんなに愛着あるものでも失敗作を捨てられないという気持ちにはちょっと共感できないが、けれどその神と相通じるところは俺にもあると思う。一口に廃棄品と言っても、作った時期もその作成法も異なるんだろうし。そりゃあ出来栄えにも、要は兵器としての強さにも差はあって然るべきだろうさ」


「ぼくも当然に、より出来の良い個体が生き残るであろうことは覚悟の上だった。それだけは自分で対処しなくてはならない、とね。だけどその可能性と同じくらい同士討ちで一体残らず滅びることも期待していたし、なんなら最後の一体だってボロボロでろくに動けなくなっている。そういうぼくにとって喜ばしい結果を望んでもいた──そしてそれは決して高望みなんかじゃなかったはずなんだ。その残った一体が、あそこまで他の灰を圧倒さえしていなければ」


「ほう。そんなにも差があったのかい」


「あったね。それはもう、隔絶的な差が。最終的には生ける兵器として合理的判断を下した他六体が徒党を組んで挑んだというのに、それでも勝ったのは彼女。それもほぼ無傷でね。それが君の下した先ほどの灰さ。ぼくが必死になって逃げた理由もわかってくれるだろう? あれはさすがに、どんな手練手管を尽くそうがぼく一人でどうにかできるものじゃあない。だから方針を変えざるを得なかったんだ」


「方針を変える──ああ、つまり。自分だけでどうにかするんじゃなく、誰かの力を借りようということだね」


「その通りだよ。だけど神具をどうにかできる者なんて限られてくる。神か、神に近しい逸脱者か、はたまたぼくのように強くはなくとも特殊な能力を持った誰か。神具への特効でも有するような、どこかの世界にはいるはずのそういった人物とすんなり出会うことができたのなら良かったんだけど。生憎と追われながら向かった先々において幸運な出会いなんてなくてね。大抵の世界では神に門前払いを食らったし、事情を聞いてくれても本当に聞くだけで手を貸すつもりはないときっぱり断られてしまった。それを何回も繰り返してたくさんの世界を越えて……そしてここへと辿り着いた。ようやくぼくを救ってくれる君と出会うことができた、というわけさ」


「ふんふむ。俺やこの世界を目的地としていたのではく、単なる偶然の来訪だったわけか」


「ぼくとしてはここを見つけられたことを必然だと思いたいところだけど──さておき。灰がなんなのか、どうしてぼくが標的であったのかの説明は済んだ。いよいよ本題に入ろうじゃないか。イデア、君は壁越えについての何を聞きたいんだい?」


「できれば君の知っている全てを知りたいね。と言っても、知っている側からすれば何から話していいものかわからないだろうから。いくつか質問を重ねさせてもらってもいいかな」


「勿論、恩人への恩返しなんだ。いくらでも付き合う所存だよ」


「それはありがたい。じゃあ早速ひとつ目の質問……君がどのように世界の壁を越えているのか。そしてふたつ目、それは俺にも再現可能な方法なのか。これらについて教えてくれ」


「──なるほど。君はやっぱり……」


「うん?」


「どうしても別の世界へ旅立ちたいわけだね。だけどその手段について答える前に、是非に関してぼくからきちんと告げておきたい」


「世界を越える、是非?」


「そうだ。即ち、管理者である君が不在となることで降りかかる、この世界への不利益。避け難いそれを君が如何とするか、あるいは何もしないのか。それによってどういったことになるのか……最初にそういう話をしよう」


「ほほう。それもまた、俺からしてもとても興味深い話題じゃないか」


 しかつめらしく深刻な口調で話す鼠少女に、しかしてイデアは楽しげに笑うのみだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ