27.宣戦布告
「昨日の彼らは二つ返事でプレゼントしてくれましたが、杖というものはそれなりに高価な物のはずですよ」
「あ、そうなんだ?」
俺が貰ったのはあの部屋にあった中でも特に大きくて立派な作りの長杖だ。俺の身長くらいあってちょっと立派過ぎるくらいのやつ。察するに一番高くて良い杖を差し出したようだ……何もそこまでしてくれなくてもよかったんだけどな。いや安物じゃないのは嬉しいけども。
言っておくが別にガキ大将イズムで珍しい物を取り上げたわけじゃあなく、あとでじっくりと調べようと思って──つまりは研究目的で頂戴したのだ。魔素の吸収を手助けする道具、というのは俺では思い付かない発想で生まれたものでもあるから興味深い。どういう材質なのかとか、一応の見当はつくもののしっかりこの目で検分したいと思ったわけだ。もちろん断られるようなら素直に諦めるつもりだったよ? まあ、おそらく断らないだろうと予想しての催促だったことは否定できないが。
改めてその黒檀のような色味の長杖をひと眺めしてから収納空間に仕舞う。俺たちがいるのは貴賓室。王城内で寝泊まりするために用意された専用の個室だ。最初はセリアと別部屋だったんだけど、ここだけでも家みたいにめちゃくちゃ広いしベッドも複数あったので、相部屋にしようぜと俺のほうから頼んだ。その理由は、俺がちょくちょく自宅へ戻っているからだね。王城の人が何か用を持って来ても生憎俺が不在で、じゃあセリアの部屋に行って用件を言付けておこう、みたいな感じになると無駄に手間をかけさせてしまう。だったら最初からセリアを同室に配置しておこうと考えたのだ。
この何日間かですっかり定位置になったソファのポジションに収まりつつ、俺は向かい側に腰かけているセリアへ言った。
「杖は思わぬ収穫だったけどさ。ここは本来の収穫の話をしようか……ほら、謝礼金のことだよ。貰ったお金で誰を最初に勧誘するかもう決めた?」
「まだ貰っていないもので勘定をするのですか?」
「気が早いかな? でも獲ってもいない獲物の皮を数えているわけじゃないからね。まさかジョシュアが、俺に働かせるだけ働かせといて支払いを渋るはずもないだろう?」
そして無論、俺が失敗することもない。たぶん。
ステイラと丁々発止をしている間にセストバルも国境付近に戦線となる陣を構築しようとしているらしく、そのついでトーテムを置いてきてくれと頼みもした。なのでそれを目印に跳んでみて敵方の戦力がどんなものか前もって確認してみようと思っている。そこで、まあ考えづらいことではあるけれど、もしかしたら俺でもちょっと不味いなと思うような相手が確認できないとも限らない。その場合は前言を撤回して慎重に立ち回らざるを得ないだろう。
なんと言っても、新王国は俺の一存でセストバルと同盟を組んでいるようなものだ。肩入れしているセストバルがステイラに大敗して首根っこを押さえられてしまうと、必然と新王国までステイラの脅威に晒されることになる。ジョシュア曰く好戦的な軍事国家の兵力を差し向けられてはうちの民などひとたまりもない。何せ王を守っていた(一応は精鋭の)城兵も消えた今、新王国の戦士は街々に置かれている衛兵たちくらいしかいないのだから。セストバルに輪をかけて武力に欠ける国である。
「そういう意味でもやっぱり、優秀な順に魔法使いを誘って早いとこ国の体制に引き込みたいかな。知人なんだし、誘う順番はセリアにお任せするよ」
「それでしたら……以前に話したフラン。若き才者フランフランフィー・エーテルこそを最優先に雇用すべきかと」
「ああ、魔法学校で一人だけセリアより年下だったっていう」
やっぱりそいつになるか。学校長からの期待も凄かったっていうし、話しぶりからしておそらくセリアの鼻を折った人物でもある。いや別にセリアが天狗だったとは思っていないけれど、彼女だって学校長直々の勧誘で入学した身であり、同級生は年上ばかり。そんな環境であれば普通はモロウみたいに自意識を高く持ちそうなものだろう──なのにセリアはむしろ己の限界を低く見誤って縮こまっている印象である。それつまり学生時代のいつかの時点で、何者かが彼女の自信を喪失させたのだと推測できる。
じゃあそれは誰なのかと考えたとき、やはりセリア自身の口から褒めそやされるそのフランこそが最大の容疑者となるだろう。
「どんな人間なんだ? 性格は良いのか悪いのか」
「悪い子ではありませんよ。少々扱いに難しい部分はありますが……しかし友人のつもりです。少なくとも私のほうは。それに、彼の助けがあったからこそ賢者アーデラ様からお言葉をいただくこともできたくらいですから、恩義もあります」
「ああ、そういえばどこからアーデラに連絡を取ったのか気になってたんだった。そのフラン君とやらがあいつと知り合いだったのか」
「いえ、直接的な面識を持っていたのは学校長です。フランは彼から見ても相当に異質な才能の持ち主だったのでしょう、入学早々に賢者へと紹介されたようで」
「紹介? それはどういう目的の紹介だ?」
「そこまではわかりません。学校長が何をしたかったのか、アーデラ様がフランにどんな判断を下したのか。フラン本人は学友の誰にもそのときのことを明かしませんでしたから……ですが今でもアーデラ様との関係は切れていないらしく、それを頼りに彼を訪ねた私はそうと知ってとても安心したことを覚えています」
ふうん……? 亡き学校長がダンバスだけでなくアーデラとも親しかったとは、世間は意外と狭いものだ。そちらも意外だったけれど、それ以上にフランとアーデラがどういう仲になっているのか気になるな。
才者を見つけた途端に学校長が紹介した、という流れからすると、もしかするとアーデラのやつ……以前の俺のように弟子を取って育てようとでもしているのか? ひょっとしたら現在進行形で誰かを鍛えている可能性もあるぞ。魔法学校が廃校となってもまだ王都にいるというフランは候補から漏れたのか、それとも順番待ちをしているのか。
そこも含めてフランには少し面接が必要かもしれないな。
「セリアは最初、アーデラ本人の力を借りようとしていたんだよな」
「はい」
「それよりもまず他の元同級生に力を貸してくれるよう頼むんじゃ駄目だったのか? それこそフランとか、話が本当ならけっこうな戦力になりそうなものだけど」
「その頃は王城に残ったモロウが何をしているのかまったく不明でしたから、私がやろうとしていることは場合によって国家反逆罪とも見做されるだろうと覚悟の上で動いていました。最も重い罪のうちのひとつを犯そうというのですから、軽々と他人を巻き込むことはできません。それが学友であれば尚更……特にフランに関しては、争いを極端に好まないので余計に」
「ふーん……ま、そっか」
言われてみればそりゃそうかも。俺だから大して悩まず王城に突撃もかませたけれども、他の魔法使いに同じことをさせようとしてもまずできない。というかやろうと思い付きもしないだろう。
そもそも仮に同級生組でパーティを組めていたとして、そして王城に突入したとしても。疲労知らずの死兵軍団+モロウのエイドス魔法の前では普通に壊滅していたはずだ。なので、そもそも同級生に話を持ちかけなかったセリアの決断は素晴らしく正しいものだったと言える。
「戦闘向きじゃないっていうのは武力が欲しい新王国としては少し残念だけど、魔法使いの良さは強さだけじゃないものな。そこまでの才人だっていうなら俺も俄然にフラン君が欲しくなってきたよ。どう、誘えばすぐに応じてくれそうかな?」
「勧誘の難度で言えば容易なほうだと思われます。押しに弱い子でもあるものですから、その点も加味して最初に声をかけるべきだろうと」
アーデラとの仲介を頼むべく学校の解散以来の顔合わせをした際には、フランはレストランのバイトとその近くの本屋で日雇いの手伝いをして食いつなぐ苦学生のような生活であったという。やー、それはせっかくの才能がもったいないな。血筋を持たない身としてはこれでも労働環境は上の上だとセリアは言うが、そう補足する彼女も自分以上の優者がそんな状況にあることになんとも言えないものを感じているようだった。
アルバイターから立場が大きく変わりでもしていない限りは、王城入りの誘いにもほいほいと乗ってくれるかもしれない。しかし新王国の施策改革によって今はどこも流動の時期であるし、押しに弱いともなれば彼の実力に目を付けたどこかの誰かにがっつりと抱え込まれてしまう懸念もある。確かに、順番を付けるならフランをいの一番にしておくのが賢明だろうな。
「それじゃあ最初の助っ人はフランフランフィー・エーテルに決定だな」
はい、とセリアが頷くのとほぼ同時に扉がノックされた。いつもより荒めというか強めのその音にセリアが若干の警戒を滲ませながら席を立ち、扉越しに用件を訊ねる。すると緊急だとの返事があった。どうやら国境のほうで動きがあったらしい。
「せ、宣戦布告です。開戦を告知する真の宣戦布告がステイラ公国よりなされました! つきましては、そのことですぐに話がしたいと王より言伝を預かっております!」
招き入れた彼の硬い声音での報告を聞いて、とうとう来たかと俺も腰を上げる。思ったよりも早くはあったが、けれどまあ。無駄に時間をかけられるよりはいいかな。気の短いステイラに感謝して──ちゃちゃっと終わらせてしまおうか。




