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267.最大の武器

「おやおやおやおや、なんとまあ。内部からの破壊……理屈としてはどんな頑丈な生物でも致命必至な魔力大因業。を、まったく意に介さないか。本当にどうなっているんだかな、その身体」


 俺も人のことを言えたタチじゃあないが、と軽く笑ったイデアからどろりと魔力が溢れ出し、零れたそれが無数の形となって彼女と共に宙に浮く。


「領域精霊。……行け」


 少女人形のように小さな人型のフォルムに、その背丈の倍はあろうかという剣状の腕を持つ黒い精霊たちが主人の命令に従って一斉に降下していく。改めて精霊の生態を観察し、イデアが一から生み出した最新にして人工の精霊。己が魔力領域を糧として疑似的な生命を得たそれをなんの捻りもなく領域精霊と名付けたのは、他精霊の呼ばれ方と変な差を作らないため。自作の武器・・にはわかりやすさ優先で変わった名前を付けておく傾向にあるイデアが精霊に対してだけはそうしなかった理由は──ひょっとすれば、彼女の中にいる精霊魔法の第一人者クラエルが関係しているかもしれないし、していないかもしれない。


「…………」


 刃先だけを青白く光らせた黒い剣が殺到する。その様を渦中の灰は眺めるともなく眺める。ただ佇んでいるだけにしか見えない彼女がしっかりと全精霊の全軌道を把握していることをイデアはその出で立ちから理解した。現在の軌道の、更に先までも。魔法に頼らずどうやってそんなことをしているのかは相も変わらず不明であるが、しかし間違いない。高速で攪乱せんとする領域精霊の努力がなんの意味もなしていない……それを証明するように灰が動き出す。


「──おおっと。これはまた……」


 振るわれた拳。先に仕掛けた精霊よりもずっと早く完了したその攻撃は空を叩いた。精霊は一体たりともそれに当たっていない──されど砕け散った。空振りの生んだ絶大なる衝撃。空間を伝った振動だけで、ある程度の距離にいた十体ばかしの精霊は抵抗もできずに殺されてしまった。それにイデアがろくろく驚く暇もなく身を翻した灰の上段蹴り。またも空振り、またも崩れ去るその付近にいた精霊たち。たった二回の無造作な。それだけで領域精霊は半数以上を失い、もはや残る彼女たちが灰をどうこうできないことは確定的であった。


「仕方ないな」


「!」


 だからイデア本人もそこに加わった。するりと、己の知覚を掻い潜って背後に現れた彼女に灰は即座の裏拳を見舞った。振り向きざまに放たれたそれが容易くイデアの肉体を突き破った瞬間、飛び散ったものが墨汁のような黒い液体であったことから灰は失敗を悟る。これ・・は本物ではない──その遅れた理解を咎めるように、足元。広がった黒い液体の中から浮かび上がってきたイデアに両脚を掴まれて。


「超越魔化」


「……ッ、」


 ほどほどの魔力をほどほどの勢いで注ぎ込んだ最初のそれとはまさしく雲泥の差。遠慮も加減も情け容赦もなしの最大最速魔化。魔力に際限のないイデアが最高規模かつ最高速でぶち込むからにはさしもの灰も顔を歪めた、けれども。そのイデアを以てしても彼女の肉体に己が魔力を定着させることはできず、かと言って乱流や暴発を誘発させることもできず。本当にただ注いだだけ、多少不快にさせただけ。流し込んだ傍から流れ出て行ってしまう魔力に灰を封じる期待などできない。とイデアは瞬時に察し。


「これ以上は試すだけ無駄かね」


 そう呟いたイデアの姿がとぷんと黒い水に沈み込んで消え、その直後そこへ灰の拳が叩き込まれる。隙間世界の地面へ激しくぶつかった彼女の一打は足元の液体を全て霧散させるだけの威力があったが、しかして見渡しの良くなった一帯のどこにもイデアはいない。戸惑うことなくすぐさま振り返って上空を仰ぎ見た灰の視線の先には、残りの領域精霊を下がらせて一個・・にまとめながらこちらを見下ろすイデアの姿があった。


「やはり異常な察知能力だね。合間と呼べるだけの意識の切り替わりもほぼない……それに加えて常識外れのそのパワー。オレクテムから得たいくつかの権能がまるで役に立たないとは草葉の陰であいつも泣いていることだろう。と言っても、この姿の俺の魔化でも用をなさないようならそれも致し方なしではあるか」


 イデアの台詞を聞く意義を見出さず、灰は跳び上がって殴りかかる。一介の魔法使いには何も見えない、どころか殴り終わった後ですら何が起きたか把握できない、それだけの尋常ではない一撃をイデアは圧し固めた領域精霊の刀剣で悠々と逸らしてみせた。


「超越魔力、と呼ぶことにした。魔力そのものの名称ではないよ。エイドスを得て本格化……いや神格化した魔力を十全に、万全に操ることそれ自体を超越魔力の運用と定義付けしたんだ。そうやって区分する必要があるほどに以前までとは別格になったからね。だからこそ普段は努めてセーブする必要もあるわけだが──こと君に関してはまったくいらない配慮だね。何せ超越魔力での魔化だって物ともしないんだから。まったく、素晴らしく面倒なことだ」


 面倒と言いながらイデアの口元には笑みが浮かんだままだ。日本刀と西洋剣の合わさったような身幅も重ねも中途半端な剣身を、灰が振るう手足へと何度も当てていなす。剣術の知識などなくともイメージだけで剣豪顔負けの技量を獲得できる完孔体が、領域精霊の集合体への超越魔化による再強化。それによって生まれた稀代の業物を手にしたことで生半な武器程度は持ち手ごと粉砕せしめる灰の殴打すらも防げるようになった。更にそれだけでなく。


「まあ。こんな機会も滅多にないのだから色々と試させてもらおう」


 ここぞというところで拳を大きく弾き、空いた胴部へ横切り。切断こそできなかったもののまた芯を捉えた。灰は構わず殴り返してくるが、目に見えた効果がなくともイメージが成立しているのなら多少なりともダメージを押し付けることはできているはずだ。反撃を捌きつつこれを続けて重ねていくのがベターか、とイデアは思考する。地味で地道ではあるが少しずつ、少しずつ。硬い鎧の表面を根気強く削っていくのが灰を倒す最適解にして唯一の方法かもしれない……そしてそれは充分に実現可能である。


 確かに灰は先ほどまでと比べても各段に速くなったし、強くなった。だがあくまでやれることは殴る蹴るのみ。そのスケールアップがどれだけ凄まじかろうと想像力でどこまでも高みに上れる自分から見れば、脅威ではあっても難敵とはなり得ない。少なくともこうして武器を手に取れば白兵も成立する──どころか僅かにも上を行けるだけのイメージがしかと固まっているのだから。


 まさかではあるが。ここから更に上がっていく・・・・・・などということさえなければ、この堅実な戦法でイデアには充分な勝機があると言えるだろう。


「……なんて考え方は、フラグってやつだったかな」


 いなし続けるイデアの表情に曇りが出る。苦しげにも思えるそれの意味するところは、負荷の増大であった。余裕をもって捌けていたはずの灰の拳が、足が、やけに重い。一打ごとにどんどんと重みを増していくではないか。留まるところを知らない威力の上昇にもはや余裕などかなぐり捨てての懸命を強いられる。そうしてようやく捌くことができるのだから、イデアのほうから一撃を差し込むことなど到底できやしない。


「なるほ、ど。その状態からでもまだ引き上げられていくのか……加速度的に強くなる! それが君最大の武器ってわけだね」


 べきり、と圧に耐えかねてついに折れてしまった領域精霊の剣。宙に舞った刃先が交錯する視線を切った、その瞬間に両者は着火・・。不可解なまでに高められた膂力を更に引き絞り、無防備となったイデアへ放つ灰。それを避けるでも防ぐでもなく迎え撃たんと、超越魔力による魔神掌をカウンターで灰へ叩きつけんとするイデア。殴打と掌打が交差し、速度面で灰が。技量面と腕の長さでイデアが機先を制した結果、ふたつの打撃は同時に着弾。互いが互いの読みを越えたために起こったダブルのクロスカウンターは双方を大きく吹き飛ばす結果となった。


「ぐぅ……!」


「っ……!」


 体勢を引き戻し、灰が空中を駆けてくる前にイデアは超越魔力によるレーザーを射出。そのときには既に接近を始めていた灰は眼前に迫る極小の光線を認め、だが回り道を嫌った彼女の選択はあくまでも『直進』。そのために邪魔なものはどうするか──殴る蹴るしかできない灰の答えはシンプルこの上なく。


「……! 超越魔力レーザーを殴って片付けるか」


 真正面からぶつけた拳によって、竜人の女王の進化した竜鱗すら貫いた光線が呆気なく力負けさせられた。これは、いくら超越魔力で強化しようが、触腕にしろチェーンソーにしろドリルにしろ。まだそれらを試していないが試さずとも『足りない』とわかる。かつての戦闘用技術ではどれだけ工夫を凝らしても灰を相手取るにはまったくもって不足である──ならば。


 神格化した今だからこそ可能となる、出来立てほやほや。完全新規の戦闘技を試験する他にはあるまい。


「初の実戦使用が今日になるとは夢にも思わなかったが。だがこれも嬉しい誤算のひとつ……思い切ってやってみるとしよう」


 レーザーを退かして突き進む灰が、イデアへ拳を届かせる直前。その間に五つのリングが出現した。



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