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266.らしいことをしてみよう

 完孔体は元々理想領域エイドスの内包化。それに耐え得るための身体であり、つまりは創造主オルトーのプログラムを書き換えるための自己改造のようなものだった。性能の飛躍ぶりは転じて戦闘にも活かされ、かつてのオレクテム戦や直近の竜人の女王との一騎打ちにおいてイデアは切り札としてこれを使用した。


 しかしながらこの二戦においては決定的な違いというものがある。オレクテムを相手に完孔体となったのがエイドスを手中に収めるための一環であったのに対し、女王との戦いではそうではなかった。勝つため・・・・の手段として。まさしく戦闘用の技術として手元に残され、移り変わったその本領を完孔体は発揮したのだ。


 既にエイドスを取り込んでいる現状、そのための回路も同然であった完孔体は言ってしまえば役割を終えているに等しくて。無限の魔力をいつでもいくらでも完全の精度で操れる今のイデアにとっては無用の長物となり下がる、ところに彼女は逆の視点から目を付けた。我が物としたからこそ安易にエイドスを暴れさせてしまわぬよう──掛け替えのないこの世界を壊してしまわぬよう。自制という名の枷を己に当てはめたイデアは故に、その落としどころとして完孔体を定めた。


 戦闘向けの一種としてしか価値のない変身。だがそれを使う選択肢が浮かぶ際とは即ち強敵との相対時に限られる。そういった状況下であれば自分の枷を外すことも許されるだろうと。つまりイデアがイデアらしく力を、エイドスの神髄たる『暴力』を振るうのは、己にしか倒せぬ敵が現われたシチュエーションただひとつそれのみに限られるということ。


 我ながらなんとも厳しい縛りを設けたものだ、とぶっ放す・・・・喜びを知っている彼女はこの十年で何度となく自身へ苦笑を向けてきたが、しかしてその我慢があればこそ──、


「ふふ……嬉しいよ。初めて出会った他の世界からの敵がこれの必要を迫ってくれるほどの強さで。こんなにも早くまた機会が訪れるとは、思ってもみなかったからね」


 小さくあどけない少女から、女性に成長せんとしている少女へ。著しい変化を遂げたイデアの言葉を灰はまったく理解しない。何を言っているのかわからないし、何を言っていても同じこと。イデアの変化が外見のみに留まらないという、ただそれだけを理解できていれば彼女には万事事足りる。


 『灰』がやることは常にひとつだ。


「大したリアクションもなしか。本当に壊すことにしか意識が向かないみたいだね」


 これを見せれば皆いい驚き方をしてくれるんだけどな、と少々残念そうにしながらイデアはひらりと動き、軽やかに灰の打撃を躱した。目で追う灰。見つめ返すイデア。二人の視線が交わった、その瞬間に立ち位置は入れ替わっていた。灰の馬鹿げたほどに素早い蹴り、に対して同じような速度で、しかし悠然とした動作で躱したイデアは背中合わせの彼女へくすくすと笑いかける。


「楽しいね。察知能力に身体能力が追いつく、どころか追い越していくこの感覚。何度味わってもいいものだ……これを基準にしてしまうと普段の自分が水銀の海底に沈んでいるように思えてしまうのが玉に瑕だが」


 魔力体であるイデアはイメージのみで動作性も決まる、言うなれば性能限界のない機体も同然。そこに無限出力を常時併せられるようにもなっている現在の彼女は正しく『世界最強』──この世界・・・・における頂点であり、他の誰も並び立てない境地に至った慮外の存在。故にこそ、異なる世界からやってきたこちらもまた慮外たる灰を前にしても必要充分な応戦が可能となる。


「そら」


「ッ!」


 灰の徒手空拳のシンプルな戦法。そしてその動き。モードが変わって以降は出力──というよりも圧力か──の上がったそれの具合をじっくりと観察してのち、イデアは万全にイメージを成り立たせて反撃に打って出た。避ける、だけでなく避けながら打つ。いわゆるカウンターの要領で入った肘鉄に灰が大きく仰け反った、そこにその場から動かない横回しの挙動で斜めに踵を叩き込んだ。隙間世界の地面との強烈なプレス。そんな目に遭った頭部はついさっきのイデアのように、トマトの如く真っ赤な中身を飛び散らせてもおかしくない。というかそうならなければおかしいはずなのだが。


「残念。君を傷付けるにはまだイメージ不足か」


 自分の足の下にある小さな頭から血の一滴すらも流れていないことを確かめて息を吐く。その足を掴まれそうになったので「おっと」と引っ込め、起き上がりながらの蹴りがきたので「わっと」と躱し、次に拳がきたのでガードで「よっと」と止める。そして跳び退って距離を取り「ふう」とひとごこち。完孔体となっていなければ今のどれにも身体ひとつでの対応などできなかったな、とつくづく魔法使いにとっても運動能力は大事だと改めて思い知らされつつ、されどイデアは心中に若干の不満を募らせる。


「そりゃ動けるかどうかは大事だ。重大事だ。だけどそればかりじゃあ魔法使いは成立しない……どれ、そろそろらしい・・・ことをしてみようかな」


 完孔体の強さとはイメージで膨れ上がる膂力や機動力のみにあらず。変化中にしか万全のエイドス使用を自分に許していないからには必然、完孔体を解禁した今のイデアであれば──魔法という本義においてもその真価の発露が許されるということ。


「止まれ」


「……!?」


 開けた距離もなんのとイデアへ詰めてきた灰が、ぴたりとその動きを止める。殴りかかる直前という不自然な体勢で固まっている彼女は……よく見ればじわじわと、ほんの少しずつ。非常にスローではあるが拳と体を前に進めているのがわかる。その様をまずは目の前でじっくりと眺めて、それから横へと回り込みながらイデアは「ほうほう」といたく感心したように頷いた。


「疑問だろうから答えておくと、時間精霊の力を借りて君の内部時間を巻き戻しているところだ。本来ならスタート地点にまで後ろ向きで戻っていくはずなんだが、やっぱりそうはならなかったか。魔力も持たずに俺の拘束を解いた事例からもそれは予測していたけれど、まさか止まり切ることもないなんてね……素直に驚いたよ。どうやっているんだ? 今も精霊が悲鳴を上げている。長くこの状態を維持することすら難しいらしい」


 面白い、と呟きながら少女は少女の腹へと手を置く。


「魔神掌・改」


 ドンッッッ!!! と隙間世界を震撼させる撃音。それを生み出した衝撃を一身に浴び、灰は地面と平行に吹き飛ばされる。が、そのままであれば遥か彼方数千里にまで運ばれていたであろう彼女はその途上で顔を上げぐるん・・・と体を回す。そして地面を蹴る、というよりも隙間世界を蹴り飛ばすような勢いで脚を突き出して無理矢理に軌道を修正。慣性を打ち消した彼女の身体は高らかに宙を舞い──そこにイデアが待ち構えていた。


「魔力輪・魔孔」


 至近の真正面。攻撃自体からもその威力からも最も逃れ得ない位置から放たれた魔力光線は、灰になんの対処も許さない速度で彼女の肉体を飲み込んだ。実存世界イグジスで使用すれば一帯を更地とする……程度ではとても済まずに大陸を欠けさせてしまうことになる極大の一撃。それによって地へ墜とされた灰は。


「──多少の傷あり。これを食らってもそれだけか」


 大の字に倒れ伏す少女の全身を矯めつ眇めつ確かめて、イデアは「ふーむ」と顎に手をやる。あまりに頑強が過ぎる。この隙間世界はエイドスと同じく概念で構成された場所。壊れることはなく、故に魔力輪による放射を直にぶつけられたとしてもなんの被害もないのは当然である。だが一応は一個の生物であるはずの灰が軽い擦過傷程度の負傷で済んでいるのは奇妙どころの騒ぎではない。何かしらの手段で防いだのならともかく、クリーンヒットである。『芯を食った』という感触だってあった。だというのに、灰の命はまだまだ脅かされていない……。


「オリジナルの想い人がそこまで頑丈なやつなのか。あるいは他所の神様が盛りに盛り過ぎてこうなったのかは知らないが、困ったな。ただでさえ打倒のイメージが難航中だっていうのに──まだ先があるのか」


 それとも先ではなくと言うべきかな。


 そう独り言ちるイデアの視線の先。ゆらりと立ち上がった灰に、新たな変化が訪れていた。騒めていた長髪が怒髪天の如く立ち上がり。両の目からは深紅色の強烈な閃光を発し。闘気のようなオーラもその輝きを強め、今や神々しさすら感じさせる……またしても明らかに、段階ステージが変わった。そうと断言できる如実な力の高まりにイデアはやれやれと首を振る。


「いい感じだと思ったんだが振り出しか。いや、これは振り出しよりも酷いな。最初とさっきよりも、さっきと今のほうが変化の度合いが高い。一速から二速へ、二速から五速へって感じかな……まったく。どこまでも楽しませてくれるじゃないか、失敗作くん」


 だったら物は試しだ、と灰へ指を向ける。それは指定の所作。不可避かつ防御不能の反則的な攻撃を、この姿の灰はどうやって防いでくれるか。


「見せてもらおう──真・魔力大因業」


 指定箇所で複数種類の魔力を反発させ破壊力を生じさせるかつての強敵の得意技。イデアも苦戦を強いられたそれを──灰は躱すでもなく身を守るでもなく、身じろぎひとつせずにまんまと餌食になった。その結果を目の当たりとしてイデアは大きく目を見開いた。



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