表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
260/277

260.想像鍛錬

 素敵なオトナ女子になるためのお化粧の是非については一旦保留としておいて。収納空間へ丁重にコスメセットを仕舞った俺は、いつもの立ち位置へとリネットを促した。見ようによってはそそくさと話を終わらせたようにも思えるだろうが……というか実際それで合っているのだが。しかしリーナがくれた贈り物は此度の本題ではないのだから構わないだろう。今は何を置いてもリネットへの講義こそを優先すべき時間なのである。うん。


 講義と言っても今回の内容は、その言葉から連想されるものとは一風変わった教え方になるだろうけれど。


「さて、予習復習はしてきたね? 成果が見たいな」


「自分なりに精度を高めたつもりです」


「よろしい。それじゃあ始めようか」


「お願いします。私からでいいですか?」


「オーケー、いつでもどうぞ」


 と言った途端に来た。飛び足刀。鋭いそれへ横合いから掌を当てて優しくいなす。するとリネットは払われた脚を床につけて軸とし、回転。右脇腹へ裏回し蹴りを繰り出してくる。いなしに使った右手を動かし、肘部でブロックを図る……そんな俺の挙動を先読みしていたのだろう。くんと軌道を跳ね上げたリネットの足が正確に俺のこめかみを狙った。おっと、と頭を仰け反らしつつ沈めてそれを空振らせたのはいいが、ここまでリネットは織り込み済みであったらしい。むしろ当てないようにしていたのかと思うほど華麗に通り過ぎていった足を引き戻し、軸を入れ替え、回転の速度を殺さず──力のベクトルを横から縦に。飛び足刀を放ったのと同じ脚で再び足刀の前蹴りを叩き込んできた。


「……!」


「やるね」


 前回にはなかった動き……できなかった動きを軽々と持ち込んできたな。一月前に初めて体術を習ったとは思えないレベルの習熟度。充分に実戦に耐え得るだけの連撃を見舞った勤勉かつ優秀な教え子へと笑いかける。足首を掴まえられているリネットは冷静ながらに隠しきれない悔しさを表情に滲ませているが、なんということはない。


「前の反省を活かしているのはわかる。蹴り筋がいいと褒めた部分を素直に伸ばしてきているのも好印象だ。動きだって悪くなかった。でも、どれだけに繋がる攻めをしたところでこうして捕まってしまえばそれで終わりだよ」


 足首を放す。という『イメージ』をする。すると数メートル・・・・・離れた位置で立ち尽くしているリネットもふうと息を吐いた。


 そうだ、一連の全てはイメージ上のこと。身体強化を施して攻めるイメージと、それを迎え撃つイメージ。互いの想像を共有させて行う思考内特訓を俺とリネットは行なっている。


 これの良いところは何かって、やっぱり疲れにくいこと。身体を一切使わずに頭の中だけでの手合わせ。言わずもがなそれでも疲労は溜まるけれど、考えながら動く必要がある普通の鍛錬よりも長時間かつ高密度に彼女を鍛えることができる。……想像だけで鍛えられるものなのか、という疑問にはノーと答えるしかないだろう。これが鍛錬として成立するのは教師が俺であり、生徒がリネットであるからだ。


 具体的な例を添えるならそうだな──十年前のオレクテム戦がいいか。決着も近づき激化する闘争の中、あいつと俺は互いに『イメージを押し付け合った』。自分にとって都合のいい展開を実現させるために己のみならず相手にも想像の共有を強制させた……つまりこれの軟化版というか、協力版というか。もっと穏やかにイメージを重ね合わせることで想像鍛錬は鍛錬足り得ている。


 もちろん簡単じゃあない。今の俺なら誰を相手にもイメージを押し付けることができるが、それに乗った上で自らもイメージで動ける人間がこの世にどれだけいるかという話だ。リネットだって俺が手を引くように導いてようやくではあるが、しかしできない者はそれをされたって、何をどうしたって相互イメージを成り立たせられない。そのハードルをあっさりとクリアしたばかりか既に俺の手解きからも解き放たれつつあるリネットはやはり破格。今し方見せた通りの恐ろしいまでの戦闘センスに加えて発想のセンスもいいときた。向上心・学習能力共に申し分なしである。


 何度も言うが、彼女が未だ満九歳の子供であることを忘れてはならない。


「部屋が汚れないとか、静かだから窓を開けていても森の『生き物』たちを驚かせずに済むとか、細かい利点は多々あれど。リーネの集中力が長続きするっていうのと、あとは何よりも俺を相手に想像できたことならそれは間違いなく誰を相手にも実現させられるっていう点だね。凄いだろう? ろくに体を鍛えていなくたってイメージと身体強化だけでどこまでも人間離れした戦い方が可能となる。その基準から言うと、今のリーネはまだまだ常識・・範疇・・。狭い思考の檻に捕らわれていると言えるね。勿体ないことだ。せっかく俺の補助も必要なくなってきたんだからもっと大胆に自分という可能性を飛躍させてみたらいい。そうすれば一発くらいは当てられるはずだよ」


 というか当ててくれなきゃ困る。現在の難度は十段階中の三。一撃ヒットさせれば合格として次の難度に進むこのゲーム風実技の授業……今回は肉弾戦で挑むという枷がリネットのほうにも存在しているとはいえ、俺の枷はそんなものじゃあない。魔力による身体強化なし、魔法もなし、干渉等の妨害もなし。当然完孔体にだってなっちゃいけない。あくまでも少女体の持つ元来のスペック、人間よりいくらか力も強くて頑丈、という程度の大した武器にもなり得ない性能のみでゴリゴリに強化された相手と渡り合わなくてはならない。そしてその上でイメージによって自分の動きをのんびりと、若干ながらにスローにまでさせている。それが十段階中三のレベルだ。


 いくら戦闘経験において一日の……いやさ百日の長があろうとも、スペック差は歴然。これくらいはそろそろクリアできてもらわなきゃな。いやまあ、前回時点で難度一と二を立て続けに攻略しているのだから決してリネットが遅いわけではないのだけど。だが彼女の才能はこんなものではないはずなので。


「……わかりました、やってみます」


 額の汗を拭い、深呼吸。こちらをじっと見据えるリネットの集中力が明らかに引き上がった。さあ、第二ラウンドをどう攻めてくれるのか。


「む……、」


 飛び足刀だ。先の初手を繰り返す? その意図が読めぬままに、こちらも先と同じ対処を繰り返す。掌で押し、真っ直ぐ進む打突を横へズラす。対処への対処もまた同じ。リネットは払われた脚を床につけて回転──し始めたところで俺の体がぐいと引っ張られた。おお?


当てる・・・のは打撃。でもそこまでの制限はありませんでしたよね!」


 引っ張られる、というより落ちているのか。横方向へ発生した重力が俺をリネットのほうへと手繰り寄せる。そしてリネットの動きも変わった。回し蹴りに移行せず背を向けたまま、いわゆる後ろ蹴りによってより素早く体勢の崩れた俺を叩く。抜群だな。防御も間に合わず腹へ命中。堂々とまたそこを狙ってくるとは、いい根性をしている。


「いいね。格闘の最中でも魔法の精度・速度ともに汚れがない。発動のタイミングが上手だし、それを悟らせない静かさも見事だ」


 難度三にしては、だけれども。しかし一月前は数回チャレンジしても攻略できなかったものを二回目で下したのだ。そしてこの調子からすると今日中に上位の難度にまで到達できそうな気配もある……やっぱりリネットの成長速度は異常だ。やればやっただけ、やった分以上に強くなる。授業の間が空いたことを申し訳なく思っていた俺だが、むしろもう少し成熟するまではこれくらいのペースに抑えたほうがいいのかもしれない。


「おめでとう、クリアだ。次は難度四だね」


「ありがとうございます先生。次に進む前に課題点があれば指摘をください」


 できなかったことをできるようになった。俺ならもっと大喜びしそうなところを極めてクールに受け流す生徒にいたく感心しつつ、考える。


「うーん、そうだね。……今のところ君が得意としている戦闘向けの魔法は、三弟子それぞれから教わった重力、加速、巨大化の三つだよね。単純に一発当てるためなら加速か巨大化を選びそうなところをあえて重力で、しかも自分じゃなく俺に作用させてきたのは裏をかくって意味ではすごく良かったと思うよ。難度が上がれば俺の対魔法能力も上がって同じようにはいかなくなるけど、このレベルに適性のある作戦を立てられたところは評価してもいい……だけど魔法の使い方そのものは今ひとつかな。重力魔法ならもっと小さい作用でも効果的に相手を崩すことができるよ──ほら、こんな風に」


「わっ」


 リネットの足の裏。床との接点に魔法の発生点を置き、一瞬だけ発動。それだけで少女は立っていられず、僅かに体を浮かせたあとに引っ繰り返った。


「気を抜いていたな? さっきの集中力を持続させていれば防げはせずともそこまで派手に尻もちをつくことだってなかったろうに」


「……先生の寸評を聞くのに相応しい態度を心掛けただけじゃないですか」


「あはは。自分でも厳しいことを言っているとは思うけどさ。クリアと言われたら気が緩むのも、戦闘の合間に少しでも神経を休ませようとするのも当然だ。後者に関してはやって然るべき工夫でもある。だけどそこを突かれて死んだんじゃなんの立つ瀬もないよ? せめて授業時間くらいは常に気を張っていたほうがいい。実戦での疲労度はそれの比じゃないんだから……と、前にも俺は言ったはずだね」


「それは……そうでしたね。失念していました、すみません」


「いいんだよ。それよりほら、続きをやろう」


 優秀で、そのことを自覚していながらも人に抵抗なく頭を下げられる素直さ。それもまた素質のひとつだ。俺は笑って彼女が立ち上がるのを待ち、すぐに難度四の訓練を開始させた。ペースを抑える、とは言っても。講義を始めたからには最後までみっちりと叩き込ませてもらおう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ