表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/277

26.杖と呪文書

 帝国に頼る=属国になるということらしいので、それを嫌っているジョシュアには今回の一件で新王国とセストバル王国に上下ができることはないと確約し安心してもらった。だけどその代わり、貰えるものはきっちりと貰いたい。そう告げると彼も心得ていたようですぐに具体的な金額の話になった。向こうもこっちに現金が要り様であることは見抜いていたんだろう。


 提示された額はセストバルの国家予算の三分の一ほど。おお、そんなに貰えるんですか。ここ十年の平均で算出されたもののようだが、最初からこの額ということは渋ればもっと大金を引き出せたかもしれない。けれど、俺はこれでOKを出した。ここで変にがっぽりせしめようとするのはよろしくないだろう。稼げるときに稼ぐのも重要なことではあるが、相手は新王国唯一の条約国だ。セストバルがこちらとのパイプを望むのと同様に、こちらにとってもこの縁は蔑ろにしてはいけないものである。


 今後もあるかもしれないこういった場面を見越して、今はがめつい交渉なんて試さないのが吉と考えた。まあ、あぶく銭としては充分にデカい金だし俺は満足だ。これで魔法使いの一人や二人くらい──見つかりさえすれば──簡単に雇えるぞ。


 と、いうことで。ジョシュアはしばらく考え込んでいたが最後には全面的に俺の言う通りにすると決めて、断固としてステイラ公国の要求を突っぱねる現在の姿勢を崩さないこととなった。攻め込めるものなら攻め込んでみろ、という感じだね。もちろん俺の助言を聞いて、仮にステイラが最終通告をしてきたとしてもジョシュアは弱気な態度を見せないし、始原の魔女という隠し玉を忍ばせていることも教えない。そうなれば確実にステイラは侵攻を開始するだろうが、それでいい。そこを俺がどうにかするというのが謝礼金の対価になるのだ。


 その段取りに従ってセストバル王国が動く間、俺とセリアはジョシュアの城で御厄介になることになった。転移でいつでも自宅に戻れはするし、実際に戻って絶賛療養中のマニの様子を確かめたり調整したりとかもしていたけれど、泊まってくれと厚意を示されたからには遠慮しないのが筋というもの。なので基本、仕事が終わるまでの寝る場所は宛がわれた貴賓室となった。


 ステイラから新たに好戦的な声明が届き、ジョシュアがそれに物怖じせず返し、また向こうからの脅しがかかり、という一往復に数日かかる気の長い口論の結末を待つ間に、俺はセストバル王国の宮廷魔法使いと顔を合わせることができた。


「へえ! 『杖』ねぇ。そんな道具もあるのか……知らなかったな」


 彼らの仕事場にお邪魔して、そこの壁に飾られるようにして置かれているいくつかの長短も形状も様々な杖を眺めながらそう感心すれば、彼らのほうもえらく感心したようにしている。ん、このリアクションはなんだろうか?


「いえ……始原の魔女様ともなればやはり補助具の杖など知識にもないのかと思えば、ますます私たちの至らなさが身につまされると言いますか」


 代表して答えた一人の後ろに隠れるように、残る三人も控えめだが同意を示して頷いている。トーテムの魔力量に受けた衝撃以上のものを俺から感じ取ったらしいこの男たちは、挨拶の時点から何を話していても終始この調子なのでなんとも反応に困る。恐れを抱きすぎだ。いや、この場合は恐れというよりも畏れか。舐めた態度を取られるよりはいいけれど、なんというかこう、他の国の魔法使いを見るのを楽しみにしていた身からするとちょっと微妙なんだよなぁ。……別にいいけどさ。


「補助具と言ったけれど、杖を持つことでどんな補助になるんだ?」


「魔素の吸収の助けとなります」


「ほーう。言わば受信装置ね……」


 一本の杖を取って矯めつ眇めつ確かめる。なるほど、言う通りこれ自体には特殊な効力があるわけではないようで、単に魔素の吸収の起点になれる文字通りの補助にしかならないアイテムだと見受けられた。


 まあまあ面白いな。ほぼ先天的に決定する魔素の吸収力にこういった形で斬り込むとは、発明者は結構革新的だったんじゃないか? 変換のプロセスにまで助けが及べばもっと良かっただろうが、さすがにそこは難しいか。


「ですがより早くより多く魔素を取り込めれば変換に至るまでがスムーズになり、その速度に魔法式の構築が追いつくのであれば発動にかかる時間の飛躍的な加速が実現します。更に、こういったアイテムもありますよ」


 説明するうちに気分も乗ってきたか、舌が回り出した印象の男は言いながらいそいそと部屋の本棚から抜いた本を俺に渡してきた。これまたなんぞや、とひとまず杖からそちらへと観察の対象を移せば……ははぁ。これに書かれているのはあれか。魔法陣か。


「はい。魔法陣は本来脳内でイメージとして描かれる魔法式を図式化したものですよね。元来は儀式と呼ばれる大掛かりな種類の魔法のために用いられることが多かったのですが、近年ではこのようにひとつひとつの呪文に対応した魔法陣をいくつもまとめ、その発動のための補助とする手法も確立されたのです。これを呪文書といいます」


 ふむふむ。やはり魔法陣については俺が持っている知識と相違なかったな。俺も使ったことあるしね。


 彼が言った以外にも魔法陣には用途があって、例えば遅延魔法で罠を仕掛けたり、広く描くことでその内側を結界のようにもできる。モロウとの対面時、俺は突き破ったがセリアが王城の外にまで跳ばされたのも──詳しく聞いてはいないが──十中八九魔法陣による仕込みだろう。エイドス魔法なので叶ったがしかし、通常魔法で言えば強制転移の結界というのはかーなり高度な魔法である。だから手が込んでいると俺は評したのだ。


「杖で魔素を吸収、自力で変換、生まれた魔力を魔法陣に従って動かして呪文を発動か」


 杖と呪文書を併用すれば変換部分くらいでしか素の力は発揮されないわけだ。セリアやダンバスがそういったアイテムらしき物を持ち歩いているところを見たことがないので、今も部屋の入口横に佇んでいる彼女にちょっと話を聞いてみれば、魔法使いのスタイルは地域や国によって微妙に異なるのだとか。


「私も講義で習った範囲でしか知り得ませんが、やはり魔法大国とも呼ばれる『カインドラ魔法国』は大陸の中央にありますので……東方でも果てにあるリルデン王国では見られなかったようなスタイルも、中央に近づくほどに目にする機会も増えるかと思われます」


「その通りです。杖や呪文書も元はかの魔法国で発明されたもので、私たちはそれを積極的に取り入れたのです。現地にはもっと革新的なものもあるという話ですが、そちらのほうはどういったアイテムなのかまだ噂にも伝わってきませんね」


 魔法大国! またしても興味をそそられるワードである。そこで開発された最新鋭の発明が、軍事技術がやがて民間に払い下げられるようにして広まり、国外にまで流出している。という具合かな? だとしたらその流出が意図的かそうでないかちょっと気になるところかも……まあ、どちらにしたってその国が魔法のメッカであることは確かなようだ。いつか見学してみたいな。


「積極的に取り入れたっていうことは、これらは飾りじゃなくて今まさに実用してるものなのか? この杖も、呪文書も?」


「はい! 王のために役立てております」


「そっか……」


 そう景気よく返事されると言いにくいが、これ。大の大人が使うようなアイテムには思えないんだよね。


 例とするなら自転車の補助輪が近いか。杖を持てば素の肉体よりも効率的に魔素を吸収できるかもしれないが、ずっとそれに頼っていてはただでさえ伸びにくい吸収効率がまるで成長しなくなってしまう。呪文書においても同じで、片手が常に塞がるわ使う呪文のページを開いておかなくてはならないわと、実践的でもなければ実戦的でもない。ただ単発で呪文を使うぶんにはそれでもいいが、これもまた頼り切っていると後が怖い。


 そもそも魔法式というのは脳内で咄嗟に任意のものを組めるから良さがあるのであって、トラップや一人では完成させられない大魔法を使うためといった明確な採用理由がない限りは、まずもって魔法陣などお呼びではない。というのが俺の持論だ。


 自転車に乗るための練習をする際、補助輪で走る感覚を掴んだ後にはそれを取り払うように。

 杖や呪文書は魔法初心者が一時の補助として使い、いずれ卒業するというのがベターなのではないかな。


 その利便性を味わっているからこそ彼らも普段使いしているのだろうが、どうだろう。もしも今、杖と呪文書を取り上げられた場合、彼らはそれらを使用していなかった以前のように魔法を使えるのだろうか。


 魔法使いを名乗っていいくらいの力量がちゃんと残っているのか否か。


「老婆心ながら言わせてもらうと」


「は、はい」


「工夫するのは悪くない。流れてきた技術を取り入れようとするチャレンジ精神もいいとは思う。だけど一見どんなに良いものに思えても、それだけに自分を預けるのは怖いことだ。特に魔法なんていうのは結局、本人が自力で身に着けた技量に左右される分野でもあることだし。必要だと思えば杖を使ったりするのもいいけれど、できるだけ普段は無手の生身で練習することをお勧めするよ」


 吸収量はともかく、自分の容量いっぱいまで吸収する速度くらいは反復練習で割と簡単に上げられる。割と簡単、と言っても容量の上限突破と比較しての難度なのでどちらにしろ根気のいる作業にはなるけれど、だが地道な訓練の成果が確実に結果に出るという意味では易しいし、優しい。同じように魔法式も努力すれば何個かくらいはほぼ無意識でも組めるようになる。誰だってね。子どもにだってできるようになったのだからそれは間違いのないことだ。


 そういうことを語った俺に、セストバルの宮廷魔法使いは皆神妙な面持ちで頷いた。ついでにセリアも。うむ、言いたいことが伝わったのならよかった。……ところでそれはそれとして、記念に杖をどれか一本貰ってもいいだろうか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
落ち着いてから魔法学園を開設するのも悪くない気がする。 魔法に才が無い人の社会を回すための人材育成コースもありとか。 セストバルからの留学もありで、寮も完備など。 将来的には学園都市として経済発展など…
[一言] 老婆心ながら言わせてもらうと……? あぁ、確かに実年齢を考えればバb(殴
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ