257.天賦にして破天荒
「前言を撤回するつもりは、ありません」
「それじゃあ」
「はい。賢者にはならない。それが私の答えです」
二度も断ってしまって申し訳ありません、とセリアは頭を下げたが。それを言うなら断られておきながら二度も誘った俺が悪いのだ。なので謝ってもらう必要はちっともないのだけど、しかしわからないな。どうしてセリアはこうも頑なに会談の一員となることを拒むのか。
まさか賢者にも課せられる厳しい試練──魔女のそれほどではないにせよ──に恐れをなしている、などということもあるまい。セリアは今や、生来の不得手としていた攻撃魔法の会得に至っているのだ。防御・索敵等の身を守る術ばかりに偏重していた以前の姿はもうどこにもない。それ以上の精度と練度で攻めることも可能となった彼女に死角らしい死角などなく、もちろんフラン君や弟子たちと比べればまだまだ『強い』と称せなくはあるけれど、だが賢者の枠組みに手が届く程度には著しい成長を遂げている。そのことはこの、十年経っても出会った当初と『ほとんど印象の変わらない』彼女の外見こそが何より証明していると言えるだろう。
不老は魔法使いの資質を表す最もわかりやすいバロメータのひとつだ。何せ魔力とまったく無縁の者ですらも目で見て判断できるのだからね。年齢比の若々しさで今でも言えばクアラルブルが飛び抜けているが、けれど三十を越えたセリアがまだ二十歳そこそこの外見年齢を維持しているのは将来的にクアラルブルにも劣らないだけのアンチエイジングを発揮するであろうことは想像に難くない……まあ、それを言ったらうちの城の住人は大概が十年前とそこまで変わっていないんだけども。原因は俺が手ずから魔法の指南を繰り返しているのと、あと全員で黒葉茶をずーっと飲み続けているせいだと思われる。城の者に限らずリーナあたりも歳の割にとても若いのでこれはおそらく間違いない。その中でも特に変化がないのがフラン君とセリアである、という話だ。
ともかく。一般の魔法使いとしては上澄みもいいところのクアラルブルに対し、セリアは若さだけでなく魔法戦の腕前でも勝るようになった。それだけ熱意を持って日々仕事外で修行に精を出していたという証であり、ならばその熱意の行き着くべきところというか、努力に見合うだけの地位を欲するのは人として当然だと思うのだが……故に賢者になってみないかと彼女の喜ぶ姿を想像して行なった勧誘を、見事なまでにきっぱりお断りされてしまったわけである。それも二回もね。
賢者になれるだけの実力があって、主人たる俺が直々にその打診をしているというのに、それを受け入れない理由がどこにあるのか。前回は「まあまた誘えばいいか」と流したそこを今回はきちんと確かめておきたい。そう考えて素直に疑問をぶつけてみれば、セリアは少し言い辛そうにしながらも答えてくれた。
「なんということもない理由です。聞けばきっとイデア様は呆れられると思いますが……」
「ふむ? そう言われるとますます興味深いな。言ってごらんよ」
「──私に役職はございません。イデア様の『従者』、それ以外には何ひとつ。付き人としてお供する者は他にもいますが、モロウには政務室の役員、マニには居住の管理をする使用人としての役目もあり……このセリア・バーンドゥのみが唯一、純粋なるあなたの付き人として共連れをさせていただいているのです」
「ああ、言われてみるとそうだね。セリアは公私問わず俺の秘書みたいなことをずっとしてくれているし、世間からしても『イデア新王の従者』と言えば君だと認識されているだろうね」
東方連書関連で東方圏の各国を巡っていた頃(今でもセストバル王国やステイラ公国を始め連盟国の諸王とは密に顔を合わせているが)、その傍には常にセリアがついていた。なので、新王国(あるいは俺個人)宛てに何かしらが寄越される際に政務室を介すのと従者セリアを介すのとでは割合的に半々となっており、つまりはそうなるだけの認知が新王国内のみならず各国各地へ浸透しているということで。個人がひとつの部署とタメを張るってすごいことだよなぁ、冷静に考えずとも。改めてセリアという存在にどれだけ助けられているかを実感し、こちらも素直に感心している様子のミザリィとひとしきり頷き合ってから。
「で、それがどうしたの?」
「ですからその……つまりですね」
ちょっと恥ずかしそうにセリアは頬を染めた。
「賢者よりも、従者にこそ価値を見出しているのです。以前はアーデラ様が、現在はフランが担っているその地位よりも。私だけが背負うことを許されている従者という肩書きのほうが……好きなんです」
言ってしまえばそれだけのことだと、ますます恥ずかしそうにしながら彼女は述べた。ほーう……なるほどこれは、予想の斜め下というか上というか。確かに少し呆れなくもない。だがそれは何もその理由自体を小馬鹿にしてのものではなくて、もっと深刻な事情を抱えているのではないかという懸念が単なる杞憂と判明したが故の呆れだ。つまりこの苦笑も、彼女というよりも俺自身に向けたもの。
「なんだか気が抜けた……というより、俺も嬉しいよ」
「嬉しい、とは」
「だってそうだろう? セリアがそこまで付き人としての自分に誇りを持ってくれているなんて、主人冥利に尽きるってものだ」
言ってしまえば前々から、それこそ彼女が俺の従者となった十年前からそのこと自体には気付いていたけれども。だけど賢者という世界にも十人足らずの魔法使いの頂点、その立場と比較してもなお純粋な従者であることを選べるほどに熱意を持って働いてくれているとまでは、思ってもみなかったのだ。
難度問わず攻撃系の呪文を一切習得できない、という誰の目にも明らかな欠点。コンプレックスを誰より重く見ているのがセリア自身であり、それ故に普段の態度にこそ出さないものの──だが少しでも立ち入った話になればポロリと本音が漏れ出る程度には──欠点のない魔法使いへの強い憧憬、もっと言えば嫉妬のような感情を時折覗かせることもあった。
欠点のない魔法使いの象徴とも言える賢者に対しては一層に焦がれ、特に大恩ありと自ら述べるアーデラには人一倍の憧れを抱いているというのも俺は知っていた。同じくアーデラを先達として仰ぎ見るフラン君にも劣らぬ、けれど彼のそれとは少しばかり種類の異なる、憤懣と言ってもいい粘り気のある思い。無論それはアーデラ当人に向いたものではなく、辿り着きたい場所のアイコニック的人物と自身との差。そのあまりに開いている距離へと向けられたものであって、言ったようにセリアはおいそれとはそういった負の部分を他人に見せることこそしてこなかったものの……まあ、さすがに傍にいる時間の最も長い俺には隠し通せもしない。
そもそもセリアがコンプレックスを更にこじらせたのは俺が初めて見せたエイドス魔法──ステイラ公国の兵団を消し飛ばした『光の奔流』が原因だ。や、直接の原因と言うべきはあれを披露したあと彼女へかけた言葉こそがそうなのだろうが、とにかくあの日を境にセリアは俺の従者という肩書きに拘りを持つようになり、反面それに相応しいだけの実力が不足していると(思い込んで)悩むようにもなったのだから、そうさせた俺本人がそのことに気付いていなかったらいくらなんでも酷すぎるだろう。当然、国中から慕われるイデア新王とはそんな非道で無体な少女ではないからして、セリアのメンタル面には常々気を使ってきたつもりだ。それはもう、他の配下たちや三弟子よりもずっと手厚くね。
口には出さずとも目標のひとつであったに違いない賢者の地位をこうも迷いなく断れるのには、ひょっとするとそれも関係しているのかもしれないな。
「セリアの考えはよくわかった。もう俺から誘うことはしないよ。だけど、もしも気が変わったならそう言ってくれ。今のセリアならいつでも試験を受けられる資格がある」
「ありがとうございますイデア様。そう仰っていただけるだけで充分に報われます」
「はいはい。いちゃいちゃするのもそこまでにしてもらいますわ。イデア様、モロウが気にしていたので今後の予定を教えておいてもらえますか?」
パーティーにも会談にも出席なさらないのであれば午後からは何をするつもりなのか、とミザリィは訊ねた。……忙しい日は分単位で動かねばならない王様の管理はセリアと政務室合同の最重要任務と言っていい。午前中を丸々地下室で過ごしていたことからも察せられる通り、今日という日は忙しいどころかおおよそ一年ぶりくらいにのんびりできる休日みたいなものだが、それでもやるべきことはある。パーティーや会談をぶっちしても──というかぶっちしなければなかなかできない、王としての『業務』とはまた別カテゴリのお仕事があるのだ。
「午後からは家庭教師をするつもりだよ。こういう日でもないとなかなか見てやることができないからね。前の授業から一月も空いてしまったからあの子も焦れているだろうな」
「あの子……なるほど。リーネとの個人レッスンをご予定なのですね」
正しく理解を示した二人にそうだと頷く。俺が見てきた人間の中ではぶっちぎりの才者であるアーデラとフラン君。を、更にぶっちぎってトップワンに立ったリーネ少女。その天賦にして破天荒の才能にとびきりの栄養を与える大事な大事なお仕事が控えているのである。




