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254.たった十年ぽっち

エピローグ的な

でもイデアとしてはここからが本番です

 真っ白な空間。上下左右前後区別なくのべつ幕なしに白白白──これは、あれだな。理想領域エイドスが崩れ切った最後の一瞬。何もなくなった世界の光景によく似ていると思う。無を表すのは黒だと観念的に考察するが、しかしここには何もないわけではない。役割を終えたエイドスの終焉とは違ってこの世界には空白がある・・。俺が見つけ出した、あるいは生み出した世界の隙間。そんな場所で一人うんうんと悩む。


 頭打ち、かな。エイドスを手に入れたことでやれるようになった様々なこと。その調査も一通り済んで、晴れて次なる研究……というか『解明』に挑んだわけだが。ここ数年順調に進んできたそれもついに停滞を見せるようになった。感覚的にはエイドス化に行き詰っていたあの頃とまるきり同じである。何を試しても手応えが感じられず、そろそろ新たな発想も尽きてきた最も苦しい時期。あの頃と同様に特段に急いでいるわけでもないので切羽詰まるほどではないのだが、それでも熱を入れて取り組んでいる事柄がまったく立ち行かないのは多少なりとも気が滅入るというもの。この状態を脱却するには何かしらのブレイクスルーが必要で、けれどそれが望めばすぐ起こせるような易いものでないことをよくよく理解できているだけに、余計に参ってしまうね。


「──ん? ああ。そうですね。エイドス化にかけた時間を思えばなんということもありませんが」


 頭の中に響いた姉の声にそう返事する。仰る通り、足掛け五百年以上。発案自体はオルトーが存命だった時代にされたことを思えばざっとプラス千年から千五百年越しの成就である。その長大な期間からすると、たった十年ぽっちで行き詰れる段階にまできているというだけで成果としては凄まじいと言えなくもないのだけれど……しかし今の俺には高次魔力の源が宿っている。言ったようにかつての俺とは『やれること』の範囲がまるで異なっているのだ。それでなお突き当たった壁を突破できないとなると、仕方ないというよりも不甲斐ないと感じる。


 そう、結局は気持ちの問題なのだ。あの頃はオルトーからの解放、そして竜王たちとのいざこざが解決(?)したことで自由が殊更に貴重に思えていた時分だ。のんびりだらだらと研究を続けるのが楽で楽しくて、歩みが遅々として進まないことへの焦燥や落胆などまったくなかった。実験素材の結果待ちをしているときには日がな一日中ごろごろと寝て過ごすのも珍しくなかったくらいだ。今にして思えば信じられないほど贅沢な時間の使い方である。やはり俺の本質は自堕落。努めて節制しなければ楽なほうへ楽なほうへと流れてしまう……なんて、それは人間ならば誰しもがそうだとは思うけど。あくまでそうでない者が奇特なのであってそっちが大多数だろうとは思うけれど、自分の責任ある立場を思えば大多数と同じように低きへ流れてしまうわけにはいかない。辛くとも苦しくとも高みを目指せる者にならなくてはね。


「そう思うなら実行しろ? 何を言って──おっと、呼ばれていたんですか。気付きませんでした」


 最近では気を使ってか人前では無言を貫くようになった姉妹たち。一人切りの際にも俺が何かに集中していれば黙ってくれるようにもなった彼女らが、いきなりやいのやいのと話し始めた時点でその意味を察するべきだったな。この異空間にも通じさせているリンクから確かに『お知らせ』が来ている──これは実存世界イグジスからお呼ばれされている合図だ。その感覚上の信号(明滅というか振動というか)の穏やかさによって緊急事態ではないと判断できるが、何かしら俺への用があるからこその反応であるのは間違いない。


「はいはい、わかりましたよ。一旦戻らせていただきます。そうしたらくれぐれもお静かに頼みますよ姉様方。……当然アビス、お前もだぞ」


 しっかり注意しておき、次元の壁を越える。ぬるっりとね。その先はオーリオ領に建てた我が自宅、のデッドスペースとなっている地下室だ。ここを素材置き場兼実験場にしようと目論み以前住んでいたロッジよりもずっと広く作ったせいでものすごーく無駄にしている感が強い。いやまあ、異空間行きの入口として使っているので完全に無駄ということもないのだが、手間要らずという利点があるだけで近頃じゃ別に入口に拘らずともどこからでも入れるようになっているからなぁ……やっぱり地下の存在丸ごとが無駄かもしれない。


 なんてことを考えながらノック音、それから俺の名を呼ぶ声に釣られて地下室の扉を開ける。すぐ先が階段になっているそこに立っていたのは、扉越しにも感じられた気配の通りにセリアだった。その横にはミザリィも一緒である。


「ほぉら、ここだったでしょ? マニの言うことを当てにしちゃダメだってあなたもいい加減に学びなさいな」


「ぐうの音も出ませんね……。探しましたよ、イデア様。そろそろ城へ戻っていただきませんと」


「城に? なんでまた」


 いま何時? と時刻を訊ねてみれば、まだ正午過ぎであると返ってきた。だったらなおさらに呼び戻される理由がない。


「俺としては明け方まで戻らないつもりでイーディスに任せてきたんだけどな。就任十周年パーティーを影武者でやり過ごすのはちょっと申し訳ないけど、彼女とは記憶も共有できるし実質自分で参加してるようなものだろ?」


「……なるほど、イーディスがやけに気負っている様子だったのはそういうわけなのですね」


「あれ、もしかして二人にはこのこと……?」


「聞いていませんね」


「言ってなかったかー」


 ごめんなさい、と謝っておく。この二人どころかモロウやダンバスにも伝え忘れていたいみたいで、いつもの如くどこかのタイミングで影武者からのバトンタッチが行われるだろうと思っていた政務室の面々は本物おれが城のどこにもいないことに大混乱。慌ててパーティーの裏で俺に所縁のある地を手分けして探すことにしたとのこと。オーリオ領(というかこの家)の捜索を任されたのがセリアとミザリィである、と。いやほんと、無駄な労をかけさせてしまって申し訳ない。


「マニからはイデア様はお戻りになられていないと聞かされたのですが……」


「ああ、それはほら。例の件で竜人・・たちがひっきりなしにうちへ訪問するようになったからさ。在宅中にいちいち対応していたんじゃ時間がいくらあっても足りないだろう? だから俺の予定表にない来客には嘘をついてくれって頼んであるんだ」


「それを私たちにまで適用するのはどうかと思いますわ」


 まったくその通り。マニの融通の利かなさが悪いのか、それを承知していながら例外の指定をしなかった俺が悪いのか。どっちもどっちだな、たぶん。


「それにしても竜人たちはイデア様へ未だになんの用が?」


「ある程度の自治を認めたとはいえ『竜人国』は新王国の植民地みたいなものだからね。あちらさんもそれが身に染みて理解できているからこそ、細かい疑問が出る度に俺の確認と許可を取りに来ているんだよ」


 竜人たち、と濁して言ったが来客とは即ち竜人国の女王のことだ。他の顔触れは毎回違うのに彼女だけはいつも必ずいる。そして俺と周囲の竜人のやり取りを仏頂面で聞き、話がまとまったところであれこれと長々喋り出してやたら拘束してくるのだ。それが嫌で不意の訪問はマニに追い払ってもらうようにしたのだが、この調子だと竜人の女王にも居留守はばっちりバレているかもしれないな。それならそれでもいいんだけど。


「図太いんですのね、竜人というのは。つい数年前に大陸を滅ぼすべく侵攻をかけてきたとは思えない居直り方ではありませんか」


「滅ぼすべく、と言っても狙いは実質俺一人みたいなものだったし。そのおかげで被害ゼロという奇跡で終わった話だ。当然それなりの扱いは受けてもらうけど、受けてくれているのならこちらから蒸し返すこともないさ」


「政務室を通さずに直接イデア様へ談判を行うのは即刻やめていただきたいですが」


「それはそーだね、うん」


 人間界の常識で言えば竜人の行為はどれもとんでもない。がしかし、何度もやり取りを重ねたからこその確信だが、向こうには大それた真似をしているという自覚などまったくない。彼らがそういった機微も解せないほど野蛮、なのではなく、むしろそこらの人間よりも余程理知的でもあるのだが、細やかなところで価値観にズレがあるのだ。これは致し方ないことである。何せ大陸の外……外苑陸地と名付けられたそこは竜魔大戦以降に移住した竜の生き残りたちのみ・・が知的生命体として暮らす、真の意味での一極体制が敷かれている驚異の世界なのだ。前述の女王が統べる一国だけで成り立つ社会。となれば、様々な部分で俺たちと常識が異なるのも当たり前だと言える。


 今まさにそこの折り合いをつけている真っ最中であり、だとすれば俺も居留守なんて使っている場合ではないのだろうが……面倒なものは面倒なんだもん。急げばどうにかなる問題でもなし、ゆっくりとやっていけばよかろうよ。


「イデア様お一人での完封試合。意気込んで攻め立てた結果が手加減された上での完全敗北となればかえって開き直りやすかったことでしょうねぇ。その点は少し同情的にならなくもないですわ」


「あはは、言うねミザリィ。だけど『打倒イデア』を目指して牙を研いできた成果は確実にあったと思うよ? シースグラムの仕込みもあって俺との戦い方がわかっていたし、人化も竜気も実に面白い技術だった。魔力に頼らない戦法というのも大胆かつ的確な発想だ。エイドスを得る前の俺ならひょっとすると手も足も出ずに負けていたかもしれない……そう思えるくらいには、新世代の竜たちは強かった」


 中でも女王は別格にね。そう告げれば、セリアもミザリィも意外そうな顔を見せた。



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