253.終止符を打つ者
「永遠はない……そりゃあ、そうでしょうよ。私だってこの私という存在が、会談という組織がいつまでも続くとは考えちゃいないわ。だからこそ一瞬一瞬を悔いなく、楽しく、美しく生きる。それをポリシーにしてきたのよ」
憮然とした調子でそう述べたティアラは、まるで身を守るように腕を組んで。
「永久に残る美と刹那に散る美。生き様と死に様には、それこそあんたの魔力の残滓から生まれ落ちたその瞬間から強く思いを馳せてきたわ。それでも。そんな私よりもあんたのほうが永遠の儚さってものを知っているっていうわけ?」
「独自の美学を持ち、自分を最高の芸術品と讃えて憚らない。残るものと残らないものへの造詣は人より深く、たくさんの思索を経ての観念だろうから確かに、君だって『知っている側』なんだろうが──ああ、そうとも。それでも俺には及ばない。実際に何度も永遠の終わりを目にしてきたからにはそうなるさ」
永遠の終わり。
と、噛み締めるように呟いたのはディータだった。
「そうだよディータ。俺の生みの親である創造主もそのひとつだ。オルトーにシースグラムにクラエルにオレクテム。永遠の支配を謳って君臨した誰しもが今はもういない。辛うじて生きているのはクラエルだけ……なんとも惨憺な末路だと思わないか? 永遠を実現させられるだけの素養を持ちながら失敗した、それは何故なのか。これもまた単純だ──永遠への執着そのものが理由だよ。それのせいで皆が選択を誤った」
永遠に神であり続け、世界の全てを意のままに縛り続けようとしたオルトーも。神に与えられた地位に拘り、永遠に竜の時代を守ろうとしたシースグラムも。竜王から引き継いだ記憶を頼りに、今度こそと魔女の時代を永遠にすべく画策したクラエルも。そんな魔女を利用し地盤を整え、オルトーを超える永遠なる創造主へ昇りつめようとしたオレクテムも。みんなみんな間違った。正すべきところを正せず、取り返しのつかない場面でこそ決定的なミスを犯した。
オルトーは俺を手放そうとしなかった。シースグラムは俺に迎合するのを良しとしなかった。クラエルは避けられないと知りながら俺を避けようとした。オレクテムはあまりに俺を欲し過ぎた──そうだ、全員に共通しているのは。俺への接し方を誤ったという点。それぞれ形は異なれど『イデア』の扱いに失敗したことが失墜の直接の原因である。
こんな風に言ってしまえば俺はいったい何様なのか、ということになるが。だけど仕方ないのだ。イデアとはこの世界における真の異物。各時代の支配者からこぞってそう評されたように、そして俺自身が誰よりもそれを実感しているように。本来は世界にあってはならないバグ。綺麗に整えられた水槽へ垂らされた一滴の猛毒のようなもので……その扱いを間違えばどうなるかは自明の理。
オレクテムの言う大いなる意思がそうさせたのか、あるいは全て俺が悪いのか。その点は不明であり大して興味もない。なんであれ俺が俺として生き、そして死ぬことは決して変わりのないこと。そこへの拘泥ならティアラにも負けないだけのものがあると自負している──大いなる意思が何をしようとも何もせずとも一緒である。俺は俺自身が永遠に終止符を打つ者であると認めなければならない。だからこそ、こうして柄にもなく現支配者たちのまとめ役に名乗りを上げているのだ。
「しかし。永遠などないと元から諦めるのであれば、あなたは何を思い会談に協力していくつもりなのですか。少なくとも私はクラエルの意思を引き継ぎ、この組織を『いつまでも』。永遠とも言える遥かな未来へと紡いでいく所存です……それは果たして不適切なことなのでしょうか?」
「──いいや、それを不適切とは貶さない。永遠を謳えるのが魔女だ。それだけの力がありながらそこから目を背けるのはそれこそ適切じゃないし健全じゃない……だけど知っての通り、永遠にばかり目を向けて支配者の座から引きずり降ろされたのがこれまでの者たち。その二の舞にならないためにはもう一方、即ち『永遠の終わり』からも目を背けないことが肝要だと思う」
最初から諦めるつもりなんてない。しかし永遠が叶うとも微塵も思っていない俺は、なので少しでも長く。『魔女会談』による支配を未来へ届かせたいのだ。そこにはオレクテムが生きた証として生き続けんとしているオーゼムにも重なる部分がある。遥かな未来ではなく少しでも先の未来。永遠よりも日ごとの明日を求める姿勢とでも言おうか。いずれ訪れる終焉から逃げず、否定せず、だからといって受け入れたりもせず。先人たちから得た教訓を活かしていこうという、実に簡単な話だ。
言うまでもなく一番の反面教師となるのは最も永遠に近しかったオルトーである。しかし彼の支配も、彼が手の内に抱えていた永遠の象徴である理想領域も、今や影も形もなく。創造主の空白を埋めるように現れた竜も魔女も補助具も結局は創造主を終わらせた俺の手によって終わらされた──では終止符たる俺が協力者となれば会談は永遠でいられるのか? いや、あり得ない。『永遠なんてない』のだ。たとえ俺が終わらせる者としての役割を放棄したとしても、それによって過去最長にこの新生会談の時代が続いたとしても、いつか必ず終わりはくる。
「会談だけじゃない。世界にだっていずれそのときはやってくる。それ自体は防ぎようがないことだ。けれど、オレクテムに誓ってしまったんだよな。世界の行く末を見届けることと、それが訪れるのを避けるために最大限努力することをさ」
「その努力が会談への協力……いえ、より正しくは会談の超長期政権を実現させるための革新である、ということですか」
その通り、と俺は話が読めてきたらしいルナリスの確認に肯定を示す。
「必須だとわかるだろう? これまで通りでも、昔のままでも会談は長く続くだろう。だが末永くとなるとちょっと怪しい。実質的にオレクテム一人にここまで掻き乱された悪い意味での実績を思えば、このタイミングで魔女も会談も大きく変わるべきなのは間違いない。竜王たちの時代だってそこそこ長かったけれど、そんなんじゃあ困るんだよ。まったく足りやしない。せめてオルトーによる創造から彼の死までと同程度の期間は当たり前に持ってくれなきゃね」
俺としても安定は欲しい。世界の終わりにはどんな光景が広がるのか。エイドスに引き続き実存世界のそれだって見逃したくない好奇心も大いにあるが、けれどそんなものが満たされるのはずっと後でいい。今この瞬間や明日明後日のことであってはならない──なんと言っても最終目標であった『エイドスの内包化』を果たしたからには、俺は更にその先を目指さなくてはならないのだからね。
世界を長続きさせながら俺が何をしようとしているのかは、まあ、大方の見当がつくことだろうと思う。
「中立の中央賢者は必要だと考えた。だからオーゼムを誘った。魔女の数も賢者の数ももう少し多いほうがいい。だから新入りを検討する。人員が入れ替わって形を変える会談をひとつのものとするには多少なりとも強硬な手段がいる。だから俺がその手段になる。それに付随して予め言っておくが、たとえさっきまでの敵だろうとどこの誰とも知らない人物だろうと会談の一員となれば内部での諍いは絶対的に厳禁だよ。私闘を禁じていながらも暗黙の了解で決闘を見逃したり、度々衝動的な衝突を起こしていた以前までとは違って絶対禁止とさせてもらう。誰にどんな不満があろうと全て円卓の間で言葉にしてぶつけて解決すること。差し当たって始めに加えるルールがこれかな」
「げ……」
ルナリスとの定期的な喧嘩──予定して行う喧嘩を果たして喧嘩と呼べるのかはともかく──をほぼ名指しで封じられたに近しいティアラが案の定楽しみがなくなったと言わんばかりに渋い顔をしたので、一応のフォローを入れておく。
「どうしても戦りたいなら俺と戦ろうよ。どうせルナリスとは全戦全敗なんだろう? どんなに強くなっても相性差は絶望的なんだ、まずは俺と特訓してもっともっと強くなるといい。少しでもチャンスがあると判断できたならルナリスと戦う許可を与えることも、考えなくもない」
「リーダー様は前よりもお忙しいでしょうから今までみたいに喧嘩吹っ掛けようとは元から思ってなかったわよ……まあ、それはそれとして。あんたが代わりを務めてくれるっていうんなら喜んで挑ませてもらうわ。あんたを一泡吹かせるのはルナリスに勝つ以上にやりがいがあるもの」
「私もあなたとの再戦を希望したい。できればティアラとも」
とディータが追随するように言ったので、それにも頷いておく。絶対禁止と命じておきながら自分が関われば例外なのかとルナリスからの冷ややかな視線が少し痛いが、これは各員の欲求不満の捌け口も俺が務めようという気概の表れである。目の届かないところで勝手に丁々発止をやられるよりはまとめて面倒を見たほうが楽だし間違いも起こりにくい、という理屈もルナリスも認めてくれめいるのだろう。だから言葉にせず視線だけを投げかけてきているのだ。
わかっているさ、とこちらも目だけでそれに応えてから再び一同を眺める。
「そういうわけで会談は今日から生まれ変わる。と言っても各々がやることはこれまでとそう変わりないんだけど、まあ。意識だけを新たに改めてよろしくね」
魔女も賢者も弟子も、そして新人のオーゼムも。俺の言葉にしっかりと首肯して──。
◇◇◇
──そして十年の月日が流れた。




