252.永遠なんて
「ま、とにもかくにも。リーダーはルナリスでいいが、だったら俺は風紀委員をやらせてもらおうっていう話。皆の会談に対する姿勢、体勢を一律に律する。ひいては組織全体の体制を律するわけだね。クラエル統率の『魔女会談』にあった弱点を克服するために……そうすると良かった点もある程度消してしまうことにはなるが、そこには目を瞑って欲しい。俺のお願いを言い換えるならつまりそういうところかな。俺の敷く風紀を受け入れられるか。俺の言葉をルールとして聞き入れられるか、という質問をしたいんだ」
「『はい』以外に答えを認められる気がしないんだけど?」
「あはは、その通りだね。聞くだけ聞くがその意見を聞き入れる気なんてこっちにはさらさらない。『YES』or『SURE』だ。そう答えられない者は即刻会談員ではないと見做したい」
重苦しい沈黙が円卓の間に降りた。俺は言葉に威圧感なんてものは一切乗せていないが、それがかえってこの場に妙な緊張を生んでしまったようだ。誰も彼もが俺に探るような視線を向けてくる中で、ルナリスが薄く息を吐き出すような調子で「イデア」と俺の名を呼んだ。
「念のために確かめたいのですが」
「なんだい?」
「非構成員を構成員にするのと同様に、あるいはそれ以上に構成員を非構成員に落とすのには厳重な決まりがある。つまるところ既にルールが敷かれているのですよ。会談の総則については一から十まであなたも把握済みのはず。クラエルと共に創成期に勘案し、黎明期に編纂し完成したそれを私が改めるつもりがないことも承知でしょう……その上で口にしているのですよね? 今後『自分の一存で非構成員を生み出す』のだと」
「もちろん、それこそがまさに最も譲れないポイントだよ。何もその権利を振り翳そうっていうんじゃあないんだ。議論を待たない強制排除。そういう絶対性がないことには同じ轍を踏みかねないだろう? 誰がそういった権限を持つべきかと考えたとき、俺以外にはいない。他に候補がいるなら話は別だったけどね」
これまで働きようのなかった自浄作用のちゃんとした機能が欲しい、というだけであって。俺よりも適任がいるのなら風紀委員なんて任せたっていいのだ。本当に、別に誰だっていい。ルールに則ったことであれば俺もその誰かに従うことを嫌厭したりはすまい──しかして現実はそうでないから、一身に内部監査人というどの組織においても最大級の嫌われ者役を引き受けるしかない。そういうことを言っているのだ。
「もちろんリコールはいつだって受け付けるつもりだ。その要求にも手順は守ってもらうけれど……実力的にも立場的にも代わりが出てこないうちは現実的じゃないかもね」
「はっ、何よそれ。実力はともかく、立場的にもっていうのは……まさかイデア。あんたが私たちの生みの親だっていうことを根拠にしてるってわけ?」
「まあ、そうだね。頭ごなしに言うことを聞かせる立場としてそれ以上はないだろう。庇護下の子供と、庇護者の親と。そういう関係になぞらえるのはおかしいかな?」
「おかしいかおかしくないか。で言えば、めっちゃくちゃにおかしいわね。っていうかちゃんちゃら可笑しいわね。私たちとあんたが親と子の関係にあるのは単なる事実だから認めるとしてもよ? 認知も関与もしてこなかったくせして今になって母親面すんのはどうなのって話でしょうが。面の皮が厚すぎないかしら」
「それは些かナンセンスな指摘となりますね、ティアラ様。師匠の厚顔ぶりは世界一なのですから。そんなことはこの場にいる誰もがとうにご存知のことでは?」
「あーっと、ちょっと黙っていようかアーデラ」
出しゃばりな彼女ながらにここまでよく沈黙を保ってくれたとむしろ褒めてあげたい気分だが、どうせならもう少し我慢してほしかったところだ。会談の今後を左右する割と重要な場面なのだから──と言ってもアーデラから言わせれば『だからこそ』茶々入れをしたくて仕方がないのだろうと親代わりとして我が身のことのように察せられるのだが、そこはぐっと堪えてもらわなくては。でないと魔女入りの査定についても逆贔屓しちゃうぞ。という気持ちをこめて自制を促せば、さすがは一番弟子。ツーカーの間柄で俺たちの意思疎通は完璧に行われた。
「邪魔してしまって申し訳ありません。黙ります」
「よろしい。で、なんだっけ──ああ、母親面することの是非についてか。うーん、そうだね。ティアラがそれを不快に思う気持ちもわからなくはないんだけど」
俺だってこの第二の生においては変則的な生まれ方をして、それ以上に変則極まりない『親』を持ったのだ。ティアラがいま抱いている感情……おそらくは彼女自身も正確には把握しきれていないであろうその内情というものをほぼほぼ正しく理解できている自負がある。なので不服そうにしているのにも一定の共感だって得られはする、のだが。
「仕方ないじゃないか? ここはお母さんが必要なくらいに未熟者の集まりなんだから。俺だって自分を立派な大人とは言わないが、それでも君たちよりは適任だ。どうせリーダーと別のまとめ役は必須だし、それが務まると思える人物案が他にあるなら是非聞かせてほしいところだね……ああ、釘を刺しておくが自薦はやめてくれよ。話がややこしくなるだけだから」
「それは……」
自省しているからこそ会談に新しいシステムの導入が必要であることを、ティアラは認めているのだろう。俺の言い分に反論しようとはせず、ちらりとルナリスへと目をやった──ははん、こういう場免で真っ先に思い浮かべるのが最大のライバルと日頃敵視して憚らない彼女であるというのは、実にティアラらしいこととは思うけれど。しかし新リーダーに推すことはしても……あるいはそれに推したからこそ、風紀委員の役目までルナリスに押し付けるのは『違う』と感じたのか。結局ティアラは何も言わずに視線を逸らし、それに対してルナリスが何かを言うこともなかった。
俺同様、いや俺よりもずっとその眼差しの意味するところを悟っているだろうに無言を貫いのは、即ちそういうことだ。自分にも他人にも厳しい彼女自身、その厳しさの種類。もっと言うなら目を光らせて抑制せんとする種目が俺とはまったく異なることを自覚している。そして会談全体の風紀を締め上げるとなれば求められるのが俺のやり方だというのもよくわかっている──故の無言。
目と目を合わせたことでルナリスのそういった判断を読み取ったか、それとも直感に近い何かでなんとなく察したか。ティアラは閉口しながらゆるゆると首を振って、それから俺のほうを向いた。その顔付きには明らかに変化があった。
「そうね、全面的に認めるわ。私たちには『母』がいる。厳しくて優しい、叱って守ってくれる存在が会談には必要……それが務まるのは確かにあんただけ。全ての魔女の始まりであるイデア以外にはいるはずもない」
「うん、ありがとう。反対するとしたら君だろうと思っていたから割とすんなり認めてもらえて嬉しいよ──ということで、他に反対者はいないね?」
ただ一人だけで監査部門を担い、都度に会談総則へと手を加えさせてもらおう。それが叶うならオレクテムのような不穏分子。クラエルが何より唾棄し嫌悪し忌避した、それ故に最も身近な害意を見逃した、そんな失敗を繰り返させないと約束しよう。無論そのためには俺だけでなく──おっと?
「ディータ」
小さく手を挙げた彼女の姿には、控えめな所作とは反対に存在感というものがあった。意外なところで意外なところからの主張があったな……そのことに驚きつつもとりあえず聞こうじゃないかと発言を促せば、彼女は訥々とした喋りで言った。
「イデア。あなたの目的がわからない」
「目的?」
「急に積極的になった。私の目には不自然と映るくらい……あなたが会談へそこまでする理由は何?」
「不自然とは心外だな。急も何も、正式に第一席へついて以降ずっと熱心に働いているつもりだけど?」
「オレクテムの排除という目的、その利害が会談と一致していたからあなたは協力的だった。私はそう考えている。それが達成されたからといって途端に会談を捨てるとは思っていない……けれど私の想定とあなたの行動には大きくズレがある。このズレの理由がなんなのか、知りたい」
なるほど。俺が第一席から外れようとする──あるいは用済みとばかりに会談そのものを畳みに掛かるとまでは思っておらずとも、ここまで運営に前のめりになるとはもっと思っていなかった。っていう感じか。少し距離を置きつつも要所要所で俺が意見し、ルナリスがそれを聞いて会談の方針を決める。今後はそういった流れになるだろう、と予想していたわけだ。それが思い違いになった原因をディータは知りたがっている。
ふんふむ。この主張からすると、オレクテムという最大の脅威の去った今でも彼女はやはり俺にある程度従順でいようとしているのがわかる。俺個人の意見で会談が左右されること自体には否定的でないのだからね。心強いことだと改めてディータの存在と今作戦での無事を喜びつつ、疑問に答える。
「俺が積極的になった理由……というならそれは至極単純でね。既に知っているからさ」
「知っている?」
ディータだけでなく、横に立つアーデラも含めて全員が不可解そうな表情を見せた。その反応に俺は笑って頷く。
「『永遠なんてない』。そんな当たり前すぎることを、この世界の誰よりも痛感しているってこと」




