表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/277

251.らしくもなく後悔するくらいには

「約束、とは」


「とんでもない要求をしようっていうんじゃあない。とても簡単なことさ。君たちにとっては簡単じゃなくても、内容的には至極あっさりとした、なんの含みも企みもないものだよ。『仲良くやっていこう』。ただそれだけのお願い・・・さ」


 仲良く、と何人かがおうむ返しに呟いた。その口調、その眼差しを受けて俺は続ける。


「最低限の決まりさえ守っていればそれでいい、と。放任とバランスを重視したクラエルの運営方針は間違いではなかったろう。アビスや俺という不穏分子がいて、それ以外の魔女も漏れなく我が強くて、制御しようとすればするほど溝が広がっていくような組織だ。縛り付けない代わりに一線だけは越えさせないその配慮はなるほど名案だったと思う──けれども。俯瞰・客観と言えば聞こえはいいがそのために皆から一歩引き続けた彼女は結果として、アビス以上の不穏分子であるオレクテムを見抜けなかった。先がどうなるかを何ひとつとして見通せなかった。魔女の名付け親にして精霊使い。新時代の支配者の頭領たる彼女が、その使命と精霊の目を以てしても、一線の向こう側を望むことは叶わかったんだ。これは偏にクラエルの姿勢。何があろうとも、何がなくとも歩み寄ろうとしなかった頑迷さにあると俺は思う。自分のポリシーを曲げてでも、リスクを背負う危険性を無視してでも。シースグラムの記憶が示す道筋に逆らってでも本当の意味で『魔女会談マレフィキウム』を一個の組織へと昇華しきれていれば、こんなことにはならなかった。少なくともオレクテムが体勢を整えた上で、会談にとって最悪のタイミングで裏切ることは阻止できた。その点は同意してくれるよね──ねえ、ルナリス?」


 そう問えば、彼女は強く瞼を閉じて何かを思い出すように。あるいは思い出したくない何かをどこかへ追いやるように、ごく短い沈黙を挟んでから頷いた。


「ええ、同意しますとも。会談員ならば私とクラエルが度々意見を衝突させてきたのは誰もが知っているでしょう──その最大の争点であったのが『始原の魔女』に関する方針であったのはクラエルと、彼女の賢者であるメサイスしか知り得ないことですが」


 と少しだけ俺に対する嫌味を覗かせてから「それはともかく」とルナリスは言葉を続けた。


「実質的に会議が意味をなさない会談の在り方にも疑問を呈したことはあります。しかし付かず離れずを維持して一定の安定を取る方法が過ちであったとは今も考えておりません──裏切り者さえ出なければクラエルは正しかった。しかしそれを出してしまったからには、彼女は誤ってこそおらずとも正しくもなかった。そうと評する以外にないと思います。自らの手で生み出したこの組織を、しかして組織するには……彼女という魔女は相応しくなかったのだ、と」


 ルナリスはそう言い切った。心苦しそうにはしながらも、けれど否定できる部分ではないと彼女の空けた席に座っている身として打算も忖度もない正当な評価を下しているのだ。しかし、だとしてもルナリスは。


「クラエルが会談に復帰するなら、リーダーの座を明け渡すつもりなんだろう?」


「ええ。彼女がいるのなら私が責任者を名乗る必要もない」


「今し方語った内容と矛盾しているように聞こえるけどね、それは」


「なんということはありません。私が悔いているのはクラエルにリーダーを任せていたことではなく、それを支えきれなかった自分自身に対するもの。いみじくもあなたが口にしたのと同じですよ──『結束』が足りなかった。メサイス、そしてオレクテムがいれば補佐としては充分に過ぎるだろうと。会談の運営から距離を置いてしまったのはまさしく過ちであったと自省します。そもそも方針を一任すること自体が組織としてはあり得ない失態。なまじそれで五百年以上が、些細な諍いこそあれど概ね平和であったために私たちの目は曇ってしまっていた……全員で組織し、全員で運営する。それができていたなら確かに、オレクテムを抑制できたかどうかはともかくとして『魔女会談マレフィキウム』の現状が大きく変わっていたのは確実でしょう」


 俺を、というよりもクラエルの座っていた第二席。現在は空席となっているそちらを見ながらそう言ったルナリスに、ディータが言葉を挟んだ。


「方針を定めてきたのはクラエルでも、その決定はいつも会談で行われた。私は基本的に彼女に賛成したけれど、一個人の魔女として反対に回りもした……実際、クラエルの提案であっても否決された議題は少なからずともあった。全てが彼女任せだったわけではなく、伴ってオレクテムに付け入れられるばかりでもなかったはず。……それでも私たちには結束が足りていなかった──結束さえあれば、誰も失わずに済んだということ?」


 自ら述べたように、基本的には・・・・・クラエルに従順であったらしいディータだ。今もルナリスや俺に対してそうであるように、彼女は立場上の目上を敬って素直に従うだけの、およそ魔女的とは言えないだけの良識を持ち合わせている。ふとしたことでそれをぶっちぎってしまうのが彼女にもある魔女らしい部分ではあるが、ともかく平時においてはフォビイと並んでクラエルにとってありがたい『駒』であったことだろう。自分の意見を言うのとアビスのことが死ぬほど苦手だったという事情のあったフォビイとは違い、自ら進んでそのポジション──秩序一派の一員──に収まっていたというディータからすれば、此度の事態を防げなかった……というよりも誘発させた主な原因が結束不足にあったと見做されるのには少々納得がいかない、といったところかな。


 その気持ちはわからなくもないのだが。けれど俺の要求に際してルナリスがかつての結束不足を嘆いたのはクラエル以下秩序一派を貶めるのが目的ではなくてね。それを明かすのは彼女よりも俺からのほうがいいだろうと、ルナリスが何か言うよりも先に口を開こうとして──それよりも先にティアラが口を開いた。なんとなんと。


「そうじゃないでしょ、ディータ。そもそも秩序側と混沌側に二分されていたその状況を指してルナリスは言っているのよ──そんなものを『組織』と認めていたクラエルも、そして私たち全員も、共に過ちを犯していたのだとね」


「……」


「わかってるわよ、協力してこなかった奴の言えた義理じゃないってことは。だけどそんな私だからこそだんまりじゃいけないと思ったの。自省というのなら私こそがすべきなんでしょう。ええ、イデアの言う通り。きっと『仲良く』やっていくのが何より大事なんだわ、これからは」


 これは……驚きというかなんというか。言っている内容も、殊勝な態度も。まるでティアラがティアラでないみたいだ。反省するなんて行為とは最も遠くにあるタイプの魔女であるはずの彼女がここまで会談の在り方について真剣に考えるとは──いや、その傾向はオレクテムによって被害を受けた当初から言動の随所から見られるものではあったのだが。しかしここまで冷静に、それこそクラエルにも劣らないだけの客観性で自らの至らなかった点を認められるというのは……俺以上にルナリスと、加えてルーインが大きく目を見開いて驚愕を露わとしている時点で、それがどれだけ今までのティアラから乖離した行為であるかのかは明らかであろう。


「何よ、その顔は」


「いえ……」


 いつまでも成長を知らなかった子供のような存在が、いきなり別人の如く羽化・・した。そのような心境でいるのだろうルナリスが珍しく返答に詰まっていると、それを見たティアラはふんと鼻を鳴らして。


「私だって多少は責任ってものを感じるし、これからはそれをもっと背負っていくべきだと考えを改めもするわよ……これでも会談のこと、結構気に入っていたのよ。面子も含めてね。それが一気に六人も数を減らしちゃって。そのことに自分でも想像以上のショックを受けてたわ、私。せめてもう少しクラエルたちにちゃんと目を向けていれば何かが変わっていたんじゃないかと──そんな風にらしくもなく後悔するくらいには、ね」


 そういうことでしょう? とティアラは俺に視線を寄越して訊ねてきた。


「あんたの要求っていうのはつまり、クラエルみたいに魔女個人の自主性を認めず常に律し、真実会談をひとつ・・・としていく。そういう宣言だと私は受け取ったわ。何か間違ってるかしら?」


「いいや、何も間違っちゃいない。あえて言うなら自主性をまったく認めないわけではないというのと、必ずしも全員が同じ方向を向くのに拘るつもりはないことを強調しておこう。あくまでも一個一個の議題に全員で取り組み全員で決定し全員で納得する。という綺麗事・・・を求めていきたいんだ。もちろん、綺麗なだけだと物事は進まないからね。これに反する者は魔女だろうと賢者だろうと、これから増えていくであろう新入りであろうとなんの区別もなく。誰であってもこの俺が罰する。強制的に矯正して言うことを聞かせる所存だという、そういった旨の宣言のつもりだよ」


「……私が思うより、幾分か過激だったわね。でもそれを聞いて安心したわ──ただお優しいだけよりもそっちのほうがずっとイデアらしいもの」


 むむ、オルトーだけでなくティアラの思う俺もまたかなり物騒なのだな……どうしてだろう? 自分では、他の魔女たちと比べても相当に穏やかな性分をしていると思うのだけど。ルナリスやディータだけでなく、円卓の間にいる面々が同意を示すように頷くのを見てなんだか腑に落ちない気持ちとなった俺であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ