250.約束してもらいたいこと
魔法使いを──非魔法使いにするという意味で──消し去ることで唯一の超常の使い手になれる。とは言ったが、この言い方は適切ではない。俺が魔素を生み出さなくなとも魔法を扱える者たちだって、いるにはいるのだからね。
しかしそういった例外となるのは魔素偏向から生まれた魔女や、そもそもが魔力体であるアクアメナティスを始めとした精霊くらい……つまり特異も特異な存在のみで、そんな彼女たちも魔素がなくなれば多少なりとも魔力の生成や操作に支障が出る。自己補完で成り立つ魔力だけでなく外部からも取り入れられるならそりゃあ誰だってそれに頼るし、頼るだけ得だし。魔素を利用するのとしないのとでは魔女の誰をピックアップしても魔法の出来は──戦闘時に限らずもっと日常的な範囲においても──雲泥の差、とまでは言わずとも目に見えて違いが出ることだろう。
とまあそんな具合なのでルナリスの不信はもっともであり、先ほどの懐疑の目だって俺は甘んじて受け入れたし誤解も解いておいた、のだけど。あえて言っておくとそれは自分のためでなく彼女のためだ。繰り返すが独占には今のところ興味なんてなく、そんなことをするつもりは皆無である。ただし何かしらの事情ができて『必要に駆られた』なら別だ。躊躇うことなく魔素の供給をストップさせて会談が維持させている現在の魔法界隈を一変……どころでなく壊滅させることも辞さない。つまり何が言いたいのか? ──気にしても仕方がないことをずっと気にさせては彼女に悪い、ということだ。
全ては俺の胸先三寸。その必要に駆られるかどうか次第でしかなく、ルナリスが気を揉もうがどうしようがなんにもならないわけで。改善されているとはいえ根は四角四面な性格と会談の責任者という立場もあって気苦労の絶えない彼女のこと、余分に能力のリソースを割り振らせるのは申し訳なく、何よりそれは俺が嫌う類いの無駄そのもの。他人のこととはいえ一応は仲間同士だ。そんなものに苦しめられているところを見させられても気持ちのいいものではないので精々太平楽に構えていてほしい、というのが俺の率直な意見にして気遣いであった。
……などと素直に明かしてしまえばきっとルナリスは眉間に皺を刻み込むのだろうけど。それはもう深くね。
「ティアラの感覚は正しいよ。今の俺はきっと今までになくハイテンションだし、そうなるだけの理由も持ち合わせている。わかりやすく根拠を示すとなると……そうだな」
ちょっと考えて、俺はルナリスへと訊ねる。
「皇城にアウグニスたちが帰ってくるのはいつかな」
「私が許可を出せばいつでも避難先から戻るでしょう。それが何か?」
「更地のまま帰ってこいと言うのも忍びないことだし、城を直しておこうと思ってね。というかもう直したんだけど」
そう告げるとルナリスが驚いた顔をしたので、一応は証拠として映像を出した。クラエルを吸収したオレクテムを吸収したことで一時的に俺個人の既得権益となった精霊魔法によるものだ。クラエルも重用していた『精霊の目』が映している風景を俺の視界だけでなく皆にも見えるようにさせたのだが、この細やかな工夫を魔女たちはちゃんとわかってくれているようで。
「こんなことはクラエルにもできなかったわね……」
「しようとしなかった、が正解だと思うけど。まあ今の俺ほど簡単にやれはしなかっただろうな。それよりもそこに映っているものを確かめてくれ」
「……確かに、全て直っている。以前にも目にした皇帝の城がそのままそこにある」
とディータが認めてくれた。おや、彼女もアウグニス……もしくはそれより前の皇帝と面識でもあったのか、それとも単に『魔女会談』の一員として帝国の中枢程度は把握していたのか。なんと言っても帝国こそが最も会談と密接な国家であるのは間違いなく、中央の魔女に限らずまた支配地がどこであるかも関わらずかの国、そしてかの国の支配者とは無関係ではいられないわけで……自地域自治には熱心な意欲を見せる彼女のこと、そういった方面にはさっぱりのティアラなどとは違って真面目に中央の情報を得ていたとしてもおかしくない。というかティアラがおかし過ぎるのだな。今も映像を見つつ「へー、元はこんなだったの」と興味なさげにしているし。
「『神成の宮』とはまったく外観が異なっているよね。皇城は一部を除けばどことなくオリエンタルな造りだ。見た目だけじゃなくて中身も元通りにしたよ」
「内部構造まで、ですか? イデア、あなたが何故それを知っているのです」
ルナリスの疑問は当然のものだった。ティアラに対して(心の内で)色々と言ったが、俺だって魔女の一員ながらに帝国のことも皇帝のこともつい最近まで何も知らなかったのだ。オレクテムの陣地探しを行う一環でアウグニスへの謁見に俺も同行したものの、結局あの日目にしたのは大聖堂という魔女と皇帝がプライベートに語らうためだけの部屋、ただそれのみ。城の中を案内されたわけでもなければ精霊の目よろしく何かしらの魔法で敷地の隅々まで目を配ったというわけでもない。つまり俺が内部まで完璧に再現できるはずもない、としかルナリスには思えない。
再三言うが魔力は破壊的な力。撃ち放てばそれだけで危険な凶器だし、人や物が魔力を宿せば超人、兵器となって容易く人を殺せるものになる。つまるところ武装であり闘争のための手段なのだ。それに適し過ぎている、と言うべきなのかな。自己強化や初歩的な攻撃魔法なら優れた才覚などなくてもほぼ誰にでも使えてしまうという点からしても、やはり魔力は戦闘にこそ向いた──最適化された要素にして素養であるのは疑いようもない。俺が見出した魔力、そしてそれを十全に操る魔法の魅力というのはそれとは少し違うのだが。しかし魔力=破壊の力という図式を否定しようとはまったく思わない。この式に何度となくお世話にもなってきていることだしね。
だが=の前にアプロクシメトリーくらいは添えさせてもらおう。同じ物を壊すのに比べて直すほうが遥かに難度が高い、というだけで決して不可能ではないのだから。そして先ほどの全体治癒でも明らかな通り、理想領域を収めた俺にもはや苦手はない。相変わらず壊すほうが得意であることに変わりはなくとも直すことだって充分以上に手が及ぶようになっている。これもその実例のひとつである。
「無機物有機物問わずどんな物体にも保持性と再現性がある。決まった形に作られたものは自然と現状を保とうとするんだ。経年や外からの力での劣化はどうしたって避けられないが、だが『正しい状態』の記憶は常に残り続ける。どんなに劣化しようと、風化しようとね」
「物に宿る記憶……それを読み取ることで知りもしない構造や内装を復活させたと? ……だとしても、城はオレクテムによってそもそも消滅していたのです。読み取るべき記憶もその対象もどこにもなかったはずではありませんか」
「そこは場所に宿る記憶を頼ったよ。見てみる? それがちゃんと再現できているかの答え合わせにもなる」
「見る──?」
映像を『巻き戻す』。最初は何が起きているのかわからなかった様子の一同も、そこに自分たち、それからオレクテムと神徒の一行が映ったことでそれが何を映しているのかを理解したようだった。
「これは……まさか、あの地の過去を遡っているのですか?」
「あり得ないでしょ! いったいどうやったらそんな真似ができんのよ」
「時精霊の力だよ。竜魔大戦時にたぶん絶滅しちゃったのを復活させてみた。空間精霊を使ってのあくまで『モドキ』でしかないから、精々がこうして過去の出来事を映像に再現するくらいしか叶わないけれど」
魔法の構造上未来の映像は見られず、あまりに大昔過ぎても精霊の力と時の再現性が擦り切れてしまう。そして直接的な作用が及ぼせないのは過去も未来も関係なく共通している。これでも人間社会で被疑者の容疑の真偽を暴くのには大いに役立ちそうだし、そういう用途なら会談内でも活かせる機会があるかもだが、現状の使い道というとそれくらいかな。もしもいつか技術の簡易化ができて普遍的に広められるならそうしてもいいかもしれない──が、精霊魔法だとさすがにそれも厳しそうだな。俺が呪式魔化で道具に過去視の機能を持たせてそれを普及させるほうが現実的かつ手っ取り早いだろう。ただそちらのやり方はあまり面白くないので興味がそそられないのが問題と言えば問題か……とまあ、それはともかくだ。
「これが明朝、神成の宮に上書きされる前の皇城だ。ざっと見てもらってもおわかりの通り、さっきまでの映像と何も違いなんて見つけられないだろう? 復元は完璧だってことだ」
「……!」
この席から一歩も動かず、指一本すらも使うことなくこれだけ大規模な復元を一瞬にして終わらせたこと。そのために精霊魔法の駆使や時間まで操った俺を脅威と思わない者は──如何に仲間内だと言っても──ここには誰一人としていないだろう。弟子たちも含めて騒然としている円卓の様は長年の努力が報われたようで少しだけ愉快だが。しかし何も、俺はただ彼ら彼女らを驚かせるためだけに新たに得た力を見せつけているわけではないのだ。
「これまで通り自分こそを第一とするのに変わりない。けれどこの力を会談のためにも大いに役立てることを改めて約束しよう──その代わりと言ってはなんだけど、俺からもひとつ。たったひとつだけ君たちに約束してもらいたいことがあるんだ」




