248.突拍子もない提案
慎重かつ強行保守。事なかれの穏健保守であるクラエルとはそこが違うルナリスにとってこの決定は重たいものだったろう。表情からして彼女の内心は察するにあまりある──が、何はともあれ。
「これで賛成三の反対一。多数決によりオーゼムの中央賢者就任が可決されたね」
「あーもう。これだから真面目に参加するのが馬鹿らしくなるのよね、会談の論議って。私の意見が通った試しがないわ」
それはそうだろう。と、この場にいる全員が思ったはずだ。『至宝の魔女』とはアビスを除けば最も非協力的であり、それどころか積極的に場を荒らすこともある外れ者だ。そんな人物が通そうとする意見なんてまともであるはずもなく、必然それをクラエル等他の魔女が採択する理由なんてないわけで。構成員が大幅に減ったことで比較的素直に協力するようになった最近でもその傾向が続いているのは……まあ過去の行いが尾を引いているのと、あとはなんでも頭ごなしに反対する側に着きがちなのが良くないと思う。
と言っても、元々の会談の仕組みからして談合が強すぎるってのもあるけどね。どんな理由であれたった数人がまとまるだけで過半数に達してしまうのだから。個性豊かな魔女の面々とその地域制定の指針を鑑みるに『数人がまとまる』ことの難度の高さがかなりのものであるのは疑う余地もなく、それを数世紀も安定させてきたクラエルはやはり立派な先導者だったのだなぁ、とは思うけど。少なくとも平和な内はそうだった。
「可決されるにしたって反対意見はあって然るべきだからね。これからもめげずにどんどん反対してくれると助かるよ」
「私が今後も反対派かつ少数派なのが決まってるような口振りじゃないの」
「そうなる確率は低くないと思うよ? ティアラは個人だとリベラルな享楽主義者なのに、組織となるとタカ派の保守になるのが面白いね……面白いというだけで君に向いている思想ではないと思うから、派閥を作れることはそうそうないだろうが」
この例で言うとディータは個人では急進社会主義かつそのために独裁を好む傾向にあるが、組織内ではノンポリでありどちらかというとハト派。だから基本、私見を挟みつつも提案者である俺に同調しようとするのだろう。彼女がいるから俺も意見が通しやすいので助かっているが、おそらくこのことをルナリスはよく思っていないので多用には注意が必要かな。あまり危険視されて──これもそうないこととは思うが──論議においてティアラと結託されてしまうと本当に通したい案が採用されなくなってしまう。
オーゼムの会談入りに関しては『本当に通したい案』だったかというと怪しいところだが……俺の城で引き取るという選択だってアリと言えばアリだからね。だけどまあ、ルナリスからも一応の納得は得られたのだし良しとしておこう。
「賢者の皆もそれでいいかな。一度決定してしまえば賢者は口を出せない決まりになっているようだけど、ちゃんとした会談の場ではないことだし。誰でも何か言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれていいよ」
「じゃあ、はい!」
「はい、ミルコット」
「そいつ魔女でもなければ賢者でもないでしょうが」
ぼそりとツッコんだティアラを華麗にスルーし、ミルコットは続けた。
「ミルも会談に入りたいです!」
「ほうほう。その心は?」
「お城の仕事はミルには無理そうだから……でもお師匠様のお役に立ちたくて」
「なるほどね」
ちょっと賢者を舐め過ぎじゃない? と思わなくもないが。だけど政務作業とは大変さのベクトルが違うのはその通りだし、城勤めよりも(強いて言うなら)ミルコットに向いているであろうことも確かだろう。ルーインや双子賢者のようにがっつりと地方の内政に携わるのではなく、ミモザや今は亡きメサイス、アルクラッドのように主人の補佐にのみ注力するタイプの賢者になら彼女でもなれなくもなさそうだ。などと認めてしまうと、俺こそ賢者を舐め過ぎだと言われてしまいそうだが。
「ノヴァも一緒にやろ? 一人だと不安」
「ねえ、こいつどう見てもバイト感覚で誘ってるわよ。いいのこれ」
というティアラの言葉はまたしても無視され、ミルコットはねーねーとノヴァの袖を引っ張って了承を得ようとしている。だがノヴァの顔付きは難しい。俺に対する誤解から一度は賢者を目指し、そしてそれを取り止めた彼だ。今更になってまた賢者入りを希望するのが恥ずかしいことのように感じるのだろう。わかる、わかるぞ。ころころ意見を変えるのって男らしくないように思えちゃうよね。それでも俺は実利優先でころっと考え方を変えてきた側なので、あまり同調してやれないが。
「中央賢者以外の加入については一考しておくとして。ミルコット以外に具申はないのかな?」
何か言うとすればオーゼムを正式に会談の一員とする前のこのタイミングしかないはずだが、誰からも声は上がらなかった。意外……でもないのか。決定に物申さじ。魔女の議論においてはそれが徹底されており、黙するのが賢者のスタンダードだということだ。もしも俺の提案だから躊躇しているのなら少々悲しいが、それならそれで構わない。一層にルナリスから不健全と見做されそうだが俺にとっては都合がいいのだし──おっと、待つのを打ち切ろうとしたところで挙手があった。スタンダードな賢者であればここで何も言わない、のであれば。間違ってもスタンダードな賢者などではない彼女なら物申すのは当然だったかもしれない。
「なんだいアーデラ。オーゼムの扱いにお前からも提案が?」
「いいえ。彼の加入の是非についてではなく、私自身に関しての提案が」
「ふむ? 聞こうじゃないか」
「彼の賢者入りが許され、ミルコットやノヴァの賢者入りが考慮されるのであれば。私は現状最も足りていない席を埋めたいと願います。つまり──どうぞ私を魔女の末席に加え入れていただきたく」
「「「!」」」
多くの者が衝撃を受けた顔をした。それだけアーデラの提案は大胆不敵で突拍子もないものであった、ということになる。俺もまた唐突におかしなことを言い出したものだと笑いそうになったが、しかし微笑を携えたアーデラの目だけが真剣そのものであることに気付いて考え直す。
本当にこれは突拍子もない提案だろうか? 魔女を増やさねばならないという課題。前述したようにそのクリアには大変な労力がかかる。賢者を増やすのとは訳が違うのだ──それだけ魔女という存在は特別であり、特別と認められる者にしか魔女は務まらない。大陸の支配者の一人となるのだからそれは当然だ。しかし市井からでも見つかる賢者と違って魔女とは竜魔大戦時の災害めいた魔素偏向によって生まれたまさしく別格な生物。新たに生まれることはもうない。
であれば自然、次なる魔女を用意するとなれば手段も大きく限られる。最も現実的なものとしては『身内から見繕うこと』であろう。
要は魔女となる者を自分たちで育てるのだ。その最大の候補が誰かと言えばやはり賢者。自力でクラエルが用意した道にない扉を開いた才者たち──彼らをより鍛え上げて育て上げることが一番の方法だと思われる。ならばアーデラの提言、というより直訴は、何もおかしくないし急でもない。いよいよアーデラに次ぐ新入りが現れた今だからこそ言っておくべき的を射た意見であった。
「よし、わかった。とりあえず第一候補にしておこう。だけど成長したと言っても今のお前じゃまだまだ実力不足だし、俺だって弟子贔屓で誤った判断をする愚昧にはなりたくない。もっと強くなってくれるよね?」
強さばかりが魔女の要件ではないが。しかしそれが飛び抜けているからこそ人に恐れ敬われ、故に支配者足り得るのだから弱くては話にならない。弟子たちは三人一組なら魔女にも劣らないだけの実力を発揮できると俺は勘定しているが──それは裏を返せば一人ずつでは半人前にすら達していないということでもある。あるいは一番弟子たるアーデラであればそこのラインに届きかけているのではないか、とも思うけれど。だとしても一人前に程遠いことは間違いなく、現状のままではいくら贔屓したところで彼女を円卓に座らせてやることはできない。
そういう意思を込めた俺の問いかけに、それを汲み取ったらしいアーデラの花のように可憐な、それでいてどこか不穏さを感じさせる笑みが弾けた。
「勿論! 心配ご無用です師匠、私のことは私自身が誰より客観視できている自負があります。だからこそいついかなる時も『今』に甘んじないのですよ。魔女の空席という明確な目標があるならより早くより高みへと昇れるでしょう──あなたに似て私は我儘で、とことん自分に嘘をつけない性分なものですから。すぐに届いてみせますよ。師匠が自信を持って判を押せるところにまでね」
「ふふ、それは頼もしい限りだ」
この生意気で負けん気が強くて、俺の知る人間の誰より才気に溢れた彼女であれば、必ずや有言実行してくれるだろう。しかもきっとそう遠くない未来でね。俺はそのことを信じられる。またぞろ現実と主義の板挟みに遭っている様子のルナリスや、じとっとした目を俺たち師弟に向けてくるティアラ、そしてさすがに魔女の新人候補ともなればノンポリでいられないようで何かを考えているディータ。……俺だけでなく彼女たちからも揃って認められるだけの素晴らしい魔女にアーデラが至ってくれることを、心から信じられる。それは実に清々しいことだ。
「それじゃあ話もまとまったことだし、行こうか」
そう言って、俺は誰の返事も待たずに集団転移を発動させた。




