247.適材
「中央賢者……それって」
「そうだねオーゼム。特定の魔女に、ではなく『魔女会談』そのものに仕える賢者。会談の司会進行役かつどんな議題においても中立を担う極めて重要な役回り。オレクテムが前任を務めたきり空白となっているそこに、俺は君を置きたい。君自身はそれをどう思う?」
どう思うも何も、と緊張を孕みながらちらりと一同を──特に厳しい目付きをしているティアラあたりを──不安げに一瞥してからオーゼムは言った。
「なんでもすると言ったんだ。それがイデアの命令なら従う他にはないよ……でも、会談は君だけのものじゃないんだ。他の人が納得してくれないことには賢者なんて務まらないでしょ。中央賢者ともなれば、なおさらにさ」
「じゃあ了承さえ得られれば引き受けるつもりがあるんだね?」
こくりと頷く少年の目にある困惑は一旦置いといて、俺は会談員へと向き直る。
「というわけで聞いた通りだ。今回の一件で魔女も賢者も数を減らしてしまったことで少々バランスが悪い。機能維持のためにはどちらも増員に踏み切るべきと考えるんだけど、皆の意見は?」
「オレクテムへの対処を優先するために後回しにしていましたが、構成員の増強は私の案の内にもありました。ですのでそれ自体に否やはありませんが……しかし彼をその人員に据えるのは是非の判断も含め性急に過ぎるのでは?」
「そうよ。個人で抱える賢者ならともかく中央賢者ってのは魔女全員の間であれこれと緩衝材になるポジション。そう簡単に選べるものじゃないし、現に私たちはそれを任せたオレクテムに裏切られている。なのにその息子的な奴を後釜に据えようだなんて二重三重に縁起悪すぎだわ」
「ふむ。つまり君たち二人は反対なのか」
「ただ反対の一言でまとめて欲しくはありませんが、どちらかと言えばそうなりますね。責任者としてリスクを懸念しないわけにはいきませんから」
「私はリスク云々だけじゃなく、能力への疑問視もあるけどね」
なるほど、と彼女らの言い分に納得しつつ次に俺が視線を向けたのはディータだ。会談の意思決定は多数決が基本。円卓の間で話し合っているわけではないが魔女が揃っているからにはちゃんと全員の賛否を確かめておかないとね。
「君はどうかな。やっぱりオーゼムを迎え入れるのは危険と考えるかい」
「言うほどの危険は感じられない。今の彼を見れば議場に介入してきたあの時とは様子がまるで違うことがわかる……だからと言って全面的に信頼はできれないけれど、イデアのことなら信じられる。あなたが手綱を握るのであればリスクはないものと考える」
能力面に関してはやってみてもらわないと判断できない、とディータは至極正論を述べて賛成側に立った。中央賢者として働かせてみてから本採用を決めたいということだね。試しもしないよりはずっと合理的だと俺なんかは思うが、それを聞いてもルナリスとティアラの意見は変わらないようだった。
「二対二に割れちゃったか。少数で偶数だとこういうことになりがちだから困るね。早いところ魔女も増やしたいところだけど……」
「私はまずそこを聞きたかったですね。クラエルとフォビイはどこにいるのですか、イデア。建物のどこかに捕らわれているのかと思えばそうではなかったようですし……だとするとやはり、そういうことに?」
と平坦な空き地となった周囲一帯を見回すルナリスの仕草、そしてこちらを見る目には僅かだが確実に恐れの色があった。俺の口から答えを聞くのが怖いのだ──最悪の可能性への覚悟はオレクテムが反旗を翻したあの日からできている、とはいえ。いよいよ現実としてそれと直面しなければならないとなれば会談への帰属意識が一際高い彼女からすればなんとも耐え難いものがあるだろう。フォビイもそうだが、何よりクラエルの死は彼女の初代補佐役を務めたルナリスにとって恐怖以外の何物でもないはず。
大切な誰かを失う悲しみはわかる。なのでルナリスを安心させられるように、俺は柔らかい笑みと口調を心掛けて言った。
「いいや、彼女らは死んじゃいないよ。フォビイの力を悪用されて二人ともオレクテムに取り込まれたが、彼の中でしっかりと生きていた。そして今は俺の中で生きている」
「あなたの、中で……? 想像以上におかしな事態になっているのですね、今のあなたは」
「あー、まあ、そうだね。否定はできないな。でもとにかく二人は無事だよ。だけどちょっと眠りが深く、すぐには起きてくれそうにない……目覚めてくれなきゃ開放することもできないからしばらくの間はこのままになりそうかな」
「ずっと目覚めないままっていう可能性もあるんじゃないの」
腕を組んだティアラのその言葉に、俺は頷きを返す。
「ないと言い切れはしない、けれど線としては薄いよ。呼びかけていればそのうち気付くはずさ。そういう気配がある……口では説明しづらいけれど、確かに二人の意識の反応はあるんだ」
「ではいずれ復帰できると?」
「そう思っている。クラエルもフォビイも会談の一員としてまたやっていけるとね」
まあ、それを当人が望むかまではわからないが。フォビイはともかくクラエルの責任感の強さは良い方向にも悪い方向にも振り切れていることを確認済みだ。そんな彼女が今回の事件を受けて、自分にまだ円卓の一席に座る価値があると考えるかというと……少しばかり怪しいところである。しかもクラエルが復帰すればルナリスはリーダーの肩書きを返却しようとするだろうしね。代理という冠はそのためにつけているのだから。彼女の口からそう聞いたわけではないが全員が薄々と察していることだ──ルナリスはどこまでいってもクラエルを信じていると。
考え方をはっきりと違えていながら相互に信頼が厚いこの関係。興味深くはあるが、その分もしもクラエルが復帰を拒むのであれば面倒なことにもなりかねないのでそこが少し気掛かりというか、若干の憂鬱ではある。
「全ては二人の目覚めを待ってからになる。それまでほぼ半数に減ったままの会談でやっていくのは大変だろう。俺たちが、というよりも各国や社会全体がね。資格と権利を思えば魔女はそうぽんぽんと増やせるものじゃないが賢者ならまだしも穴埋めしやすい。埋められるところは埋めておこうっていうのが俺の提案であり、そのために彼は適材だよ。何せ裏切るまでは立派に中央賢者を勤め上げていたオレクテムのバックアップなんだから。疑うまでもなく能力の高さは折り紙付きだろう」
「随分と入れ込むじゃない。その推薦、オレクテムから変な影響でも受けてるんじゃないでしょうね?」
生みの親が同じみたいだし、とティアラは懐疑的な眼差しで俺をねめつけるように見る。姉弟みたいなものなんだから性格や考え方も似通ってもおかしくない、ということらしい。発想の起点はともかくオレクテムを取り込んだ身としてその考察自体は鋭いものと褒めたいところだ……が、生憎と彼のクラエルたちと違って彼の意識は俺の中に残っていないのでただの空論でしかなく。また創造主が同じだからといって似通るかどうかは別の問題だ。
「ティアラは自分とルナリスをよく似ていると思うかい?」
「は……? いいえ、全然。そんなのあんたから見てもわかるでしょ」
「そうだね。君らは俺から生まれた姉妹みたいなものなのに、まったく違う。容姿も思想も言動も。同じ部分を探すほうが困難だ」
「…………」
うむむ、と小さく唸ってティアラは黙り込んだ。言いたいことはきちんと伝わったようだ。
「オレクテムに絆されて彼の忘れ形見に入れ込んでいる、なんてことはない。誓ってね。オーゼムを起用するのはあくまで俺の意思であり俺の判断だよ。彼に真っ当な仕事を与えてやりたいんだ」
「敗残兵の捕虜に仕事をさせる。確かにそれも合理的ではありますが」
「だろう? それに一旦は何かに没頭する時間があってもいい。そのために中央賢者の忙しさはうってつけだ、今後魔女も増やしていくのであれば余計にね」
そこでルナリスは顎に手をやって考え込む様子を見せた。
現実問題、これからの会談を思えば早急に中央賢者は欲しい。クラエルたちの復帰が未定である以上中央主要国や各地方との付き合い方は引き続き新しい体制を基にしなければならず、そのために欲しいのはまさしく緩衝材。会談の意思決定をスムーズにするための人員である。
あるいは双子賢者のうちどちらかをその立ち位置に据えようかと考えもしただろうが、しかしモーデウスもスクリットも既に賢者かつ学術院長と魔法省長だ。賢者の中でもとりわけ重い立場を持つ彼らにこれ以上の負担を強いようとすると、仮に役職から外すにしてもメギスティンに多大な影響を与えることになる。魔法のメッカであるかの国への影響は即ち世界中への影響に等しく、おいそれと行えたものではない。
魔女の不足と並べて先延ばしにするしかなかった課題。その解決の糸口がまだ見つかっていない以上、ルナリスが何を悩んでいるか、そして最終的にどういう答えを出すかはもはや確定したも同然だった。
「──わかりました。私は賛成に回りましょう」
「げ。あんた正気なの? ルナリス」
「ええ、至って冷静ですよティアラ。ディータの言う通りに何はともあれやらせてみて、試してみること。長らく安定していた以前までとは異なり、現在の会談にはそういった姿勢が必要であると判じたまでです」
言ってルナリスは重くため息をついた。それは、自分で自分の言葉にうんざりしている。如何にもそういった雰囲気であった。




