21.交流の再開
「親しき王同士、ね……他国の王からのお呼び出しか」
どう思う? と聞けばダンバスとモロウは間を置かずに答えた。
「国家間の交流、並びに王と王の交流。めっきり途絶えて久しいものをあちらから復活させようというのですからな……」
「セストバルの王にもそれなりの思惑あってのことなのは間違いないかと」
二人の間で先に議論は交わされていたのだろう。淀みなく告げられたその言葉に俺も同意を返す。王から王へ宛てられた手紙をなんの報告もなく検分するという横紙破りをやってくれたおかげで、そう悩まずに済むね。
要するにだ。噛み砕かれた内容を更に粉末状にまで粉々とすることでセストバル王の思惑もぼんやりとだが見えてくる──愚王と名高かった先代と先々代にはノータッチで、俺が新王となった途端に三代も前の時代にあった交流を蘇らせようとしてくること。……まあ露骨だよね。穿った見方をするまでもなく政権交代の機に今一度パイプを作りたがっているのがよくわかる。
しかし、とダンバスはある種の懸念もあることを伝えてきた。
「真実我が国との再交流が目的であった場合、動きがやや性急なのが気になるところですな」
「確かに。何せ寝耳に水の新国家誕生だもんなぁ」
前王を討ったのは賊であり、それを退治したのが俺であるというカバーストーリーは用意してあるが、こちらも噛み砕けばクーデターで政権を乗っ取ったのとなんら変わりない。セストバル王国も独自の調査を経てこの手紙を送ってきているはずだが、だとすればあまりにも思い切りというか、割り切りが良すぎる気もする。
「もう少し慎重になってもおかしくない場面──いえ、自国への影響を思えばしばし静観し新王国の情勢と動向を確かめるのが正しい選択と言えるでしょう。仮に前々から交流再開の機会を窺っていたのだとしてもここで事を急ぐのは、百害あって一利なし。悪手です。などと、その程度のことはあちらの王とて承知しているはずですので……」
「急がざるを得ない理由が向こうにはある、ってことか」
俺の結論に今度は二人が同意した。話の持っていき方が上手い。おかげですんなりと先のことまで理解できるぞ。
「なら向こうは向こうで何かしらのトラブルを抱えているのか……?」
その解消のために他国の協力がいるんじゃなかろうか、と最もあり得そうな線を思い浮かべた俺に、モロウは同意を示した。
「ほぼ確実にそれが狙いかと。何を隠そう、僕が育った国こそがセストバル王国。母が黒い森を出た後に逃げ延びた先なのです」
「へー、そうなのか。じゃああちらさんの事情にも詳しかったりするわけだ?」
「はい、ある程度は。セストバル王の抱えているものについても心当たりがございます。そしてそれは、旧リルデン王国の協力を得ようとどうしようもないものでした」
それはそうだろう、こっちの王が王だったもの。手を借りようとしたらそこでまた新たなトラブルが生まれることは想像するまでもない。
こっちが忘れているのを幸いに結ばれたままの条約をしれっとなかったものとするのは結構なやり口ではあるが、当然の自衛でもある。そもそも先代が継いでいるものを確認していないのが論外だしね。
「それも交流を断ち切った原因の大きなひとつではあるでしょうが、協力を取り付けられたとしてもそもそもの国力の問題もありますので」
苦笑混じりのモロウの言はもっともなものだった。そうだ、まずもって旧王国には貸せるだけの力もなかったんだった。国の力と書いて国力。国民から捻出されたそれを吸い上げて贅沢三昧のために費やしていたのが王族と貴族であり、国そのものは瘦せ細っていた。そんな国家から借りられるものなど何もあるはずがない。
ん……? ちょっと待てよ、とそこまで考えて俺はあることに気が付いた。
「じゃあまさかセストバル王が借りたがっているのは、新王国の力っていうよりも──『始原の魔女』の力なんじゃ?」
リルデン王国はイデア新王国に名称を変え、王は移り政策も一変し、まさしく生まれ変わったのだと言えるだろう。けれども、それが国力という実情へと反映されるのはまだ先のこと。オーリオ領を初めとする再生させた各地からの還元に時間がかかるのと同じで、未来を見据えて国庫から吐き出し続けている『今』に限って言えば、新王国は旧王国と同程度かそれ以下の国力しか持てていないことになる。
そうでなくとも新政権を信用するための担保がない。仮にセストバルという国とその王が慧眼の持ち主であり、モロウの進める政策が滅私の極致にあるとんでもないものだと外野から見抜いていたとしても、しかし政治とは水物だ。
正しいことが上手くいくとは限らないし、為政者の理想が歪まないという保証もない。現在の新王国は一見華やかながらに触れれば弾け飛ぶシャボン玉としかあちらには映らないはず──だがそこで例外的に、ただひとつだけ保証されていることがある。
俺という存在が持つ力だ。
「式典の際、広場にはセストバル王国の人間も混ざっていたようですのう」
「イデア様の御力をその目で確かめた者がセストバル王へ見たままに伝えたのでしょう。そして彼の王はすぐに書簡をしたためる決断をしたのだと思われます」
「なるほど、それでこんなに早いタイミングか。……ところでモロウ。お前が思い当たる向こうの国のトラブルっていうのは、実際に俺の力でどうにかなる類いのものなのか?」
いくらエイドス魔法が使えると言っても、俺にもできることとできないことがある。そして国が抱えるトラブルともなれば俺にどうこうできるものじゃない率のほうが遥かに高い。
セストバルの王様はもしかするとそこを読み違えているんじゃないかと危惧しての質問だったのだけれど、モロウは俺の不安に反して至極あっさりと言い放った。
「どうとでもなるでしょう。イデア様であれば、確実に」
……これは真に受けていいやつー?
◇◇◇
「そういうわけだからさ、セリア。ちょっと他所の国にお邪魔することになった。返事とか向かう日取りとかはモロウと一緒にそっちで考えてくれるかな。都合は俺が合わせるから」
「承りました。……ですがイデア様はそれでよろしいのですか?」
「うん? ああ、呼ばれるがままに国を出るってところ?」
「はい」
真意を見定めでもするかのように真っ直ぐこちらを見つめてくるセリアだが、生憎と俺にそう大それた考えなんてない。これはとても単純な話なのだ。
「こっちの協力が要り様だっていうのなら、それを商品にできるだろう? 売り手は俺で買い手がセストバル王だ。俺にとってこれは日雇いに駆り出されるくらいの安い取引だけど、向こうにとっては高い買い物になりそうだと思わないか?」
「伝説の魔女、それも一国一城の主となった者を呼びつけるだけに飽き足らずその力まで使わせようというのですからね。交渉の場の算段がどれだけ立っているのかはともかくとして、場合によっては諸々を度外視してでもイデア様を頼りたい意思が透けて見えます。仰られる通り、有利なのは断然こちらかと」
「だよね。例の『国交ノ結ビ』には立場に上下のない、完全な対等関係であることが交流の条件というか約束になっていたけどさ。この条約が生きているのを前提に新王の俺と対談を望むってことは、既に俺とセストバル王は同じ目線にいるってことになる。何を求められるかにもよるけれど、そこもモロウの予想通りであれば──うん。たっぷりと謝礼金を貰えそうだ」
「イデア様はそれを、王城で働く者を増やすために使いたいとお考えなのですね?」
「ああ。いきなりモロウやダンバスと同じ仕事はできなくても、事務作業や書類の管理には手伝いがいたっていいと思うからさ」
これはモロウたちを少しでも楽させるためでもあるし、人に任せられる部分は任せてしまったほうが肝心の政務もより捗るだろうという勘定もあってのことだ。浮いた時間が結局仕事に充てられるのでは楽をしているとは言えないけれど、まあ同じ作業量でより進捗が良くなるならそれは相対的に楽になっていると見做せなくなくなくもないのかもしれない……何言ってんだろう俺。
「セストバル王国に出向いて用件を聞き、できるならささっと解決。なるべくお礼をたんまりと貰って凱旋。それからセリアの学友探しとその勧誘。これを当面のスケジュールとしたい。細かい調整は頼んだよ」
かしこまりました、と秘書然と礼を取った彼女に「ああそれから」ともうひとつ言っておくべきことがあったと付け足す。
「付き人としてセリアには当然ついてきてもらうとして」
「はい」
「いい経験だからマニも連れて行こうかなと思っている。ほら、使用人強化合宿をしているって前に教えただろ? 晴れてそれが終わったところなんだ」
あのアルフがひとまずにしろ合格判定を出したからには、マニもおそらくメイドとしてそれなりの腕前になっているはず。なのだけど、ここ最近は俺もチェックすべきことが多くて王城に籠りっきりだ。自宅に帰るのは専ら地下室の様子を見ておくためであり、それが済めばすぐ王城へ出戻るのが日常になっている。その間マニは掃除くらいしかやることがないので、せっかく成長した彼女の腕前も地下室の綺麗さでしか確認できていないのが現状である。
「だったらこの際、出掛け先でそれを確かめようかなって。セリア的にはどう思う?」
「あまりよろしくはないかと」
やけにきっぱりとした口調でセリアはそう言った。……おっとと? 訊いておいてなんだけど、ここまで明確に否定されるのは予想外だぞ。




